1997年6月11日更新
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今日のひとこと
1997年6月11日
6月9日は、いつものように広島のホテル泊まり。
夜、テレビをつけると、NHKで白神山地の核心部の保護のあり方に関する問題を扱った番組をやっていました。
世界遺産「白神山地」を今後どのように守って行くべきか、ブナの森と人はどのように関わって行くべきか、ということが番組のテーマでした。
白神山地の内、世界遺産に指定された地域は青森県と秋田県にまたがっていますが、その多くは青森県側に含まれています。これは、秋田県側ではブナの原生林の伐採が早くから進んでしまっていて、世界遺産に指定する価値がある地域が極めて限られていたためです。
このような事情もあり、秋田県側(秋田県藤森町)では、人とブナの森の直接的な関わりが既に薄れており、秋田県側では白神山地の核心部分は入山禁止にして、保護していくべきだということを主張しているそうです。
これに対して、青森県側では古くから人は白神の森とともに生活しており、現在も山菜採りやイワナ釣り、クマなどの狩猟などを行いながら、この森が育む自然の恵みを利用して、それを生活の糧として生活している人がいるため、完全な入山禁止には基本的に反対のする姿勢をとっているそうです。
つまり、白神の森を「人間と切り放した状態で守るべきか」それとも「人間が利用しながら守るべきか」ということが、問題となり、その中でいろいろな試みがなされている、というのが番組の主旨でした。
さて、私は弘前大学に在学していた4年間(1978年〜1982年)、青森で生活し、白神の森へもチョウを求めて出かけていました。白神の森を守ろうという運動が盛んになって来たのもちょうどそのころで、私が大学に在学中に、津軽昆虫同好会のメンバーで弘前大学農学部の学生だった佐藤隆志さんが、はじめてクマゲラを発見し、スライドを見せてくれたのを今でもよく覚えています。やはり、弘前大学農学部の出身で動物写真家の江川正幸さんと知り合ったのも、この頃です。
白神の森のようなブナを主体とする原生林(本当の意味の原生林は日本にはありませんが)には、豊かな自然が残されているとか、自然のダムだとか、よくいわれますが、生物の種類数そのものは、このような極相林よりもむしろ遷移の途中の林の方が多いのです。ただ、クマのような大型哺乳類やクマゲラのような大型鳥類は、白神の森のように広大な自然林がないと生活できません。そういう意味では、白神の森は確かに貴重な自然です。
さて、日本にはおよそ230種強のチョウが土着していますが、この中でブナに依存しているのはフジミドリシジミだけです。白神山地の赤石川上流域で、フジミドリシジミの乱舞を見たという人もいますが、私は白神でフジミドリシジミの乱舞にお目にかかったことはありません。その他、ミズナラを植樹とするアイノミドリシジミやジョウザンミドリシジミなどのいわゆるゼフィルスは数多く生息していますが、これらのチョウは別に白神まで出かけなくても、岩木山や八甲田山などでも目にすることができます。
白神山地に生息する貴重なチョウとしては、まずオオゴマシジミ、ついでツマジロウラジャノメがあげられるでしょう。どちらも、かつては十和田〜八甲田にかけての地域に広く分布していたようですが、近年、目にするのが困難になってきたチョウです。両種とも白神山地ではまだ健在のはずですが、旧弘西林道が観光道路化した現在、道路の周辺の生息地は壊滅状態になってしまったようです。両種とも主な発生地は急峻なガケやガレ場ですから、もちろんまだ、人が容易に立ち入ることができないような場所には生息しているハズですが、人の出入りを完全に禁止してしまったら、彼らが元気で生活しているのかということを確かめるすべもなくなってしまうでしょう。人知れず生き残ってくれればまだしも、誰にも知られないまま姿を消してしまう・・・そんな心配がないわけでもありません。
人が入るとゴミを持ち込み、森を痛めるから、一切、人の立ち入りを認めるべきではない・・・という考え方も、わからないではないのですが、人もまた自然の一部であるということを考えると、人との関わりをまったく断ってしまった森というのも、また不自然なもののように思えてなりません。
森とともに生きるからこそ、森の大切さがわかる・・・私はそう思うのです。入山制限の必要性はむろん認めますが、「人が入るとゴミを持ち込む」というのなら、そうならないように人を教育するなり、啓蒙するなりすればよいのではないでしょうか。人がまったく入らなくなったら、山に関する情報も得られなくなります。人と切り離して守るということは、結局何もしないでほったらかしにするということですが、私はつい天然記念物に指定するだけ指定して、結局、何の保護対策もとって来なかった行政の過去の過ちを重ね合わせてしまうのです。
世界遺産というのは、人が人類の遺産として指定したものではないのでしょうか。だとすれば、それは人のために十二分に活用されてこそ意味があるものではないかと、私はかように考える次第です。
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