退転宣言!ぬわにい〜?!!

 

それは今から十五年前の出来事でした。

私が夕べの勤行を終えた時、当時高校3年生だった弟が突拍子もない事を言い出しました。

「兄貴。おれ、たった今から退転するよ。」

「?」

「俺さ、兄貴と違ってさ。生まれてすぐこの信心についたわけジャン。だから、この信心の確信と言うものがさ、まるでないわけ。だからさ、おれ、信心やめるよ。」

それは実に明確な「退転宣言」でした。

 

<俺が信心 辞めてく前に 言っておきたい ことがある。

<かなり厳しい 話もするが 俺の本音を 聞いておけ

(その頃はやった関白宣言の節で。以下同様)

 

私の家族が「創価学会」に入会したのは昭和41年の7月。弟は翌年の昭和42年2月28日に生まれました。即ち、弟はまさに「二世」。俗に言う「福子」だったわけです。

その彼が信心を自覚し、活動を開始し始めたのは小学校の高学年の頃。そのころ我が家では大きな事件が立て続けにあったときでした。

その第一は家族共通の「念願」であった、兄の公立高校の入学。これによって我が家の家計は非常に楽になったわけです。もし失敗して「私立」の高校に入ることになれば、入学金・授業料を含めると100万を越える額を一気に払い込まなくてはならない。これは当時の我が家の家計では「大きな出費」になる事は間違いありませんでした。

続いて第二。

家計が楽になると、突然降って沸いたようなマイホームの購入話が持ちあがり、半年後には「購入決定」となりました。それまで「アパート暮らし」が続いていた我が家にとって、マイホームは夢又夢の話だったのです。

そして、第三。

良い事ばかりは続きませんでした。まさに「好事魔多し」です。まもなく念願のマイホームに移り住もうとした矢先。母親が高血圧症から来る血行障害で倒れたのです。

母はその「危機」を自らの信心を立て直す事によって乗り切りました。その「背中」をみて弟は、勤行を始め、曲がりなりにも学会活動に参加するようになったのです。

中学生の分際で「折伏」もはじめました。とーぜん相手もまだ中学生ですから、入信に至る事はありません。やがて近所に住む友人の母親からはあからさまに「宗教キ○ガイ」と罵られるようにまでなりました。

中等部として会合にも出席し始め、やがて県立商工高等学校電子科に入学。同じクラスにはなんと、高等部の活動家が2名居ると言ったまさに「恵まれた環境」にいる事になったのです。

同志であるクラス友達ができた事が励みになり、当然活動にも熱が入りました。人は弟をはじめ3名の活動家を指して「商工の三羽カラス」と呼ばれるようにまでなりました。やがて彼は高校二年の時、人に推されて高等部本部長の任命を受けるようになったのです。

本部長としての1年間はあっという間に過ぎました。男子部支部責任者や本部責任者と共に「本部長」として部員の中を走り回った彼は、その頃は本部長引退後高等部幹事として高校生最後の1年間を過ごしていたのです。

その彼が、とある日の夕方。夕べの勤行を終えた兄に向かっていった言葉が「退転宣言」だったのです。

 

<男子部幹部に 会うのは良いけど 会合なんかに絶対出ない

<勤行唱題 するのはいやだ やりたいやつが すればいい

 

「おい。」一瞬なにがなんだか、兄である私は掛ける言葉を失っていました。「なんて事を言うんだお前。御本尊さまの目の前だぞ。」

「構わないさ。俺は本気だ。」

仏壇の扉は開きっぱなし。中のお厨子も開いたままでした。

「兄貴はいいよ。交通事故の体験があるからさ。信心やっていても確信があるんだろうけど、俺は何にもないもんな。そんな凄い体験を積んだわけでもないしさ。生まれたときには既に御本尊さまが家にあったからしただけだもん。」

私は兄としてなにも言えませんでした。ただ、妙に感心してもいました。さすがだな。よくまあ、思いきった事が言えるな。しかも、御本尊さまの前で。

「知らないぞ、なにがあったって。俺は責任もたネエからな。」

「いいさ。バチがあるもんなら当たるがいいさ。明日から俺は勤行も題目も上げねえぞ。」

もうなにを言っても無駄だろう。私はため息をつくしかありませんでした。

 

弟はその頃、一つの悩みを持っていました。それは「進学」でした。高校卒業後、彼は進学を希望していました。親はてっきり兄と同じく「工学系専門学校」への進学だと考えていたのです。幼い頃に兄に秋葉原のビットインに連れて行かれ、PC-8001のデモ機の操作を教えられてよりコンピューターに興味をもち、高校でもコンピューターを選択科目にして実習をするほど彼はのめり込んでいたのです。

しかし、高校に入って「興味」の対象が変わりました。

「おれはアニメーターになる。」

弟は東京デザイナー学院のアニメーション科に進学したいと言い始めたのです。

実はこれも、当時からアニメファンであった兄の影響が少なからずあったのです。

最初は兄である私に相談し始めたのです。私は少なからず驚きましたが、弟は絵が好きで「マンガ」を本格的に書き始めていた事や、一度小学館の新人賞募集に応募し、第三次選考まで作品が残っていた事も知っていましたから「無理もない。」と思い、母を説得する事を引きうけました。

私から話を聞いた母も、弟の進学についてはかなり渋っていました。母もなんとなくですが、兄と同じような工学系専門学校への進学を希望していたのです。

私は母を説得しました。

「工業系の専門学校に進むのは俺一人でいい。弟には自分の好きな事をさせてやりたい。」

そのように説得したウラには、私があまりにも親の言う事に従順に「レール」を走ってきた事に対する反動がありました。「親の望む子に育つのは俺一人でたくさんだ。」という想いだったのです。

母はついに折れました。そしていよいよ最大の難関。父親にどう話すかという問題があったのです。

父は「古風な人」でした。文化的なモノに対する理解はこれっぽっちもありませんでした。まして、絵を描く職業なんて言うモノは「道楽」以外のなにものでもないと思っているような人でした。

自分の子供が「絵を描く職業」につくなんて言ったら激怒するに決まっている。兄の就職の時だって、自分が入っている鉄道会社にはいれ、といきなり言い始め、自分が学んでいる専門分野とは違うから嫌だ、と言っただけで「自分をなにさまだと思っているんだ。」と怒り狂い、おお暴れするような人だったからです。

それでも入学金と最初の半年分の授業料約60万円を工面する為にはやはり、父親の協力が欠かせなかったのです。

母親は父親の機嫌のいい日にそれとなく話をしました。すると私達が予想した通り、父親は顔色を変えて激怒したのです。怒りにわれを忘れた父親は、弟の進学のことだけでなく、普段からの生活のこと、既に昔のことになった兄の就職のことまでも引っ張り出して怒鳴り散らし始めたのです。

「そんなマンガを描く為だけに育てたんじゃないぞ。」

「お前等はいつもそうだ。勝手なまねばっかりしやがる。そんな子供にどこのバカが金を出すか。」

「兄ちゃんのときもそうだ。俺がいった鉄道会社に入らなかったじゃネエか。」

感情に任せてむちゃくちゃ怒鳴り散らす父親でした。その勢いに任せてついに言ってはならないことまで言ってしまったのです。

「そんななァ、バカなことに金を出すくらいならなァ、競艇に使った方がな、ナンボもマシだ。お前等みたいなバカに金なんか一銭も出してやるか。どうしても行きたいなら自分で出せ!バカヤロウ。」

それで話は終わってしまったのです。

弟は悔しくてベソをかいていました。自分の進学のことで大騒ぎになってしまった事に対する申し訳なさと、父親にああしてまでコケにされた悔しさでいっぱいだったのです。母親も目を真っ赤にして泣いていました。母親も一応は外に出て働いていましたが、自分で自由に使えるお金はありませんでした。すべて、家計に組み込まれたお金だったからです。

「お兄ちゃん、何とかならないの?」

母親は就職していた兄である私に助けを求めていました。

その当時私は、就職した直後より積みたててきた「住宅財形」が100万以上ありました。それさえあれば取りあえず入学と半年間の授業料は支払えます。私は即座にOKを出しました。

「親父が出せないって言うんだったら俺が出してやる。」

私は即座に住宅財形の解約を決意していました。そして、学校への支払い期日が迫っていた。その矢先だったのです。

弟はその苦悩の真っ只中に退転宣言をブチかましたわけです。

 

<忘れてくれるな やる気のでない祈りに 功徳を感じる

<ことなど ないって事を

<お前には お前にしか 出来ないこともあるから

<それ以外は 口出しせずに 黙って俺を 捨てておけ

 

ところが、一週間もしないある日。私が帰宅すると仏間から唱題の声が聞こえてきたのです。その声は退転したはずの弟の声でした。

「なんだぁ?、あいつ、何で唱題してんの?」

私は母親に聞きました。

「実はね、今日。学校へ行ってきたのよ。午後になっていきなり学校から呼出がかかってね。お子さんがケガをしたから学校へ至急来てもらいたいって。びっくりしたわよ。」

母親も多少興奮気味でした。私は弟に話を聞こうと部屋に行きました。弟は私が部屋に入ってきたのを感じると振り向きました。そして開口一番、

「はは…。お兄、見事にバチが当たってしまったよ。」

その笑う弟の開いた口には、前歯が一本も残っていなかったのです。

 

弟から聞いた話はこうでした。

学校も二学期に入り、三年生は授業もあってないような状態になりました。就職や進学に関係する授業は続きますが、それ以外の授業はほとんど「遊び」の状態。まして「体育」の授業は、就職や進学のために勉強に専念している生徒達にとって、つかの間のストレス解放の時間となっていたわけです。

弟も既に「専門学校進学」が決定していましたから気楽なモノでした。体育の時間は自由にスポーツをやれる時間となっていたために、弟は得意のソフトボールに参加していたのです。

弟は小学校の一時期、少年野球のチームに所属していた事もあり、野球がとても好きでした。昔はピッチャー専門でしたがその頃はキャッチャー専門に変わっていたのです。

弟はそこでもキャッチャーを志願しました。弟の他に誰もなろうというメンバーがいなかった事もあり、すんなりと決定したのです。弟はとても上手にキャッチャーをこなしていたようです。

そして、ある打席での事です。打席にたったクラスメートはあまり上手に球を打てそうにない人でした。弟はピッチャーに指示しました。当然、空振り狙いです。

ところが、そのクラスメートが振ったバットが、偶然かどうか球に当たったのです。球は打った直後、ほぼ真上に上がりました。弟はとっさに「キャッチャーフライだ」と判断し、その場で立ちあがりました。其の時です。

クラスメイトが振り抜いた金属バットが、大振りに一周回って来て、その場に立ちあがった弟の顔面に激突しました。運悪く「ジャストミート」でした。

「やった。」激突した直後、弟はそう思ったそうです。“ついに出たか!” と。

金属バットは弟の「口唇部」に激突。前歯上部四本、下部三本、計7本を打ち砕き、折れた歯は多量の血と一緒に吐き出されたのです。事態は急変。大騒ぎになりました。体育の教師は駆け寄って来て「大丈夫か?」を連発。差し出されたタオルを口に当て、保健室へ連れて行かれました。

暫く血が止まるまで保健室で休んでいると、商工三羽烏の一人で「角間くん」というクラスメートが近づいてきました。何かを察知したか角間くんは、弟の姿を見て一言云ったそうです。

「お前、なにかやったべ?」

弟は頭を縦に振りました。それだけで十分に意思が通じたそうです。

「バカが。」

角間くんはいたずらっぽい笑みを浮かべていたそうです。

「退転宣言なんてやった俺がバカだったのさ。こうなったのも天罰覿面ていうことさ。」

弟は落ち込んでいる様子がありません。むしろ、当たってすっきりとしたと云わんばかりに爽やかで、ニコニコと笑っているのです。

「じつはさ、おれ、護られていたんだヨナ。」

「へ?」

「普通さ、顔面に、まして金属バットが命中したらどうなると思う?それも力いっぱい振り抜いたバットだったらさ。」

「そりゃ、大怪我するだろな。顔面の骨折や、当たり所が悪ければ頭蓋骨陥没であの世行きだ。」

「だろう?」

「それがどうした?」

「おれ、ケガしたのは『歯』だけなんだよ。7本の歯が折れただけ。顔面には擦り傷一つありゃしないんだ。それだけじゃない。『歯』がバキバキ折れたのに口の中には切り傷一つ無いんだぜ?こんな事ってあるかい?普通。」

言われてみればそうでした。

バットが当たったのは見事、ピンポイントだったのです。丁度口の真上から垂直に当たり、その衝撃は前歯が折れる事で吸収されたわけです。歯以外の傷が無かったのも、位置と衝撃、破壊のタイミングが絶妙のバランスとタイミングで加えられたからでした。

弟はやっと「体験を積む事が出来た」という喜びと、御本尊さまから護られたという確信に「喜び」を感じていたのです。

「やっぱり、この信心はすごい。」

と胸を張って語る事の出来る体験ができたことを。

しかし、これにはなお、続きがあったのです。

 

弟のケガは、学校での体育の時間に起きたケガでした。だから、学校から校長先生によるお詫びの言葉と、治療代のほか、慰謝料もでたわけです。学校がかけている障害保険の適用で100万を越える金額が弟に手渡されたのです。

弟は前歯の治療に三ヵ月ほどかかりました。毎週毎週、学校の指定医である歯科医院に通院し、治療代を支払って手元に残った金額を見て驚きました。

なんと!弟が悩んでいた「専門学校」の入学金+半年の授業料と同額のお金が、まるまる残っているではありませんか!弟が喜んだのも無理ありません。

これで、兄に迷惑をかけずに進学が出来る。

弟は早速銀行に行き、専門学校への支払いを済ませたのでした。

半年後は父親との誤解も解け、授業料は父親の口座から振り込まれる事になりましたがね。

何はともあれ、これが切っ掛けで弟も真の「信心」に目覚める事になったわけです。

それから15年余りの年月が過ぎました。弟もいまはとあるコンピューターソフト会社の開発担当取締役として、また、地元のラインでは男子部本部長として、公私に渡り忙しい日々を送っているようです。

今回はちょっと「長め」のお話になりました。

2000/03/12 執筆


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