ドッペルゲンガーって何?




昔聞いた話に「この世には、自分に良く似た人間が必ずいる」というものがある。 

また、何の本で読んだかは忘れたけれども、伝説としてかの有名な作曲家であるモーツァルトが、自分に良く似た人間を街角で見つけ、自らの死期を悟ったというものがある。 

さらに、小松左京という作家が書いたSF中編小説に「影が重なる時」という作品があり、その中で自分自身にしか見えない自分自身そのものの「幽霊」というか、「影」が現れてそれと「重なる時」に大惨事が起きるというようなストーリーが語られている。 

自分自身に良く似た影。幽霊というもの。それが「ドッペルゲンガー」と呼ばれるものらしい。語源はドイツ語らしいがそこのところは良くわからない。 

なぜ今これを語るのかといえば、実は私自身、実に奇妙な体験というか経験があり、それが今、脈絡もなしに突然思い出されたからだ。 

それはまだ私が中学生の頃だったように思う。まだ、小学生の低学年であった弟を連れて神奈川県横浜市の自宅から、都内の某所に向うべく電車を乗り継いで行く途中の出来事だった。 

相模鉄道線の横浜駅で東急東横線に乗り換えて渋谷方面に向かっていたときだ。記憶では菊名駅から綱島へ向う途中だったろうか。車内がえらく混んでいて席に座る事が出来ず、やむを得ず車両と車両の間の「幌」の部分に立って満員電車の人いきれにまみれながら、それでも私は席が空かないかなとわずかな期待を胸にしながら周囲を見回していた。 

そのとき、年のころは23,4歳ぐらいだろうか。背に赤ん坊を背負い、髪の毛を巻いてピンで留めている女性の後姿が目にとまったのである。何故に彼女の姿が目にとまったのかというと、その後姿がとある自分の良く知っている女性に似ていたからだ。 

色は時の彼方のことゆえはっきりしないけれども、おぶい紐で赤ん坊を背負った姿が妙に懐かしく感じ、じっと彼女の後姿を見詰めていた私は、だんだんと自分の目が驚きの為に見開かれていく事を感じながら、それでも視線を外す事が出来ないでいた。 

そう、彼女の後姿がじつは、自分の母親の若い頃にそっくりだったのである。 

実家には一冊のアルバムが保管されている。それには父と母の若い頃の写真と、自分がまだ赤ん坊の頃の写真が貼リつけられていた。小さい頃からよく見せられたアルバムだったので、母の若い頃の姿を覚えていた。 

それがいきなり、眼前に実物大で現れたのだから驚くのも無理はない。しかも次の瞬間、私はもっと驚いたのだ。 

その女性が私の視線を敏感に感じ取ったのか、私のほうを振り向いたのである。なんと、顔立ちまで母の若いときそっくりだったのである。私は思わず興奮して、一緒に立っていた弟の肩を叩き、「みろ、みろ」を連発していた。 

しかし弟は満員電車の中、人に埋まるようにして立っていたために、どうしても彼女の顔どころか姿さえ見る事は出来なかったようだ。見たくてもその間にたくさんの大人たちがスシヅメ状態にして立っていては、まだ十分小さい弟には無理な話だった。 

まるでアルバムから飛び出して来たような彼女は、じっと見つめる私の視線を奇異に感じたのか、怪訝な表情を見せながら人ごみの向こうへと移動してしまった。やがて綱島の駅で降りてしまったのか、いくら探しても見つからなくなってしまった。 

ただ、私の前から消える直前。多分、連れがいたのだろうか、その人に向って一言二言しゃべったとき、その声がまるで「裏声」のように甲高く聞こえたのである。そのことがなぜか自分をほっとさせた。それは母の声とは似ても似つかぬものだったからだ。母はどちらかというと「ハスキー」な声で、彼女が発した声とは全く質の違う声をしていた。 

自宅へ帰り、私は興奮気味に母に報告をした。しかし、母は興味こそは示したが「他人の空似だろう」と深くは取り合わなかった。唯一の証人になりえたのは同行した弟であったが、弟も遂に彼女の姿を見る事は出来なかったので、私の話は単なる「冗談話」にしかならなかったのだ。これについてはいまだに残念に思っている次第である。 

もし、これから後、私自身が私自身に良く似た人物に出会う事があったならば、是非とも写真かビデオに撮って見たいものだと思っている。しかし、その確率はきわめて低いであろうこともわかっているつもりである。それでも、撮ってみたいと言う気持ちは変わらない。 

このことだって私がこの世から去れば何れ、時の流れに埋没してしまう「事実」のひとつになってしまうだろう。あのときの一瞬は確かに私の記憶の中では鮮明に残っている事だが、残念ながらそれを他人に見せる事はできない。将来、自らの記憶がまるでビデオデッキのように、第三者に見せる時代が来るかもしれないけれど、私の寿命がその時代まであるとは思えない。実に残念な事だが、それも致し方あるまい。 

そんな母も今年64歳になる。かの美空ひばりと同年代を生きてきたが、美空ひばりの方が先に逝ってしまった。母は美空ひばりの歌が好きで、家事の合間に良く口ずさんでいる。美空ひばりの映像を見ると殊更に母の事が思い出されるのも、その所為であろうか。 

あの彼女はいま、どのような暮らしをしているのだろうか。もう一度出会いたいものだ。 

2001/06/25発表

舞雨 寛


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