09-06-07追加更新 )

眼科学用語ノート21. Hirschberg test(日眼113:534-539 2009 大庭紀雄 他より抜粋)
乳幼児斜視の診療で常用される検査にHirschberg testとKrimskytestとがある.こうした視診による 他覚的斜視角測定(objective strabismometry)のgold standardは,それぞれ130年, 60年も前に創案され た長い歴史をもつが,原理も手技もそのままであるこ とは特筆に値する。
 Juhus Hirschbergは19世紀後半から今世紀前半に活躍した。1879年か ら1900年までGraefe亡き後のBerlin大学臨床教授 を務めた。
 Hirschbergは日本の眼科学界と格別に緑が深い. Hirschbergが収集した文献資料『Katalog der Bucher- Sammlung』は世界的に貴重な蔵書として有名であっ た(図1 C).東京帝国大学眼科学講座教授就任準備の ために時の文部省から欧州各国へ派遣された河本重次 郎は, 1888年度(明治21年)の1学期間Hirschberg の下に滞在して教えを受けた その縁で1920年(大正 9年)にHirschbergの蔵書を代金4万数千円という巨 費で購入したのであった。
  『河本文庫(旧ビルシュベルグ蔵書)』と命名され .現在,東京大学総合図書館が所蔵して公開されている。
(図1A.ト Hirschberg testの原著『Centralblatt fur praktische Augenheilkunde Centralblatt fur praktische Augenheilkunde 1 885; 9 : 325-327
第1論文 『斜視角の測定と斜視手術の定量』
第2論文 『斜視角の測定について』
第3論文 『斜視角と眼筋手術量の定量』
第3論文:斜視角測定の意義や問題点について実際 の方法とともに記述している(図3A).
角膜反射像の 位置を視診で求め,瞳孔線と角膜輪部とをランドマー クとして相互位置関係から斜視の程度を割り出すのが 測定の原理であった 程度を5段階に分類し,各段階 に応じた術式の選択基準にふれている。(下図-原著より).










眼科学用語ノート22. Krimsky test(日眼113:628-634 2009 大庭紀雄 他より)
Emanuel KrimskyKrimskyは米国陸軍病院に勤務した後, 1940年代 後半から1970年代前半までNew York Medical College( Brooklyn)の臨床教授として斜視外来(strabismus clinic)を担当して
角膜反射像(Purkinje-Sanson the first image)の位置を適当なプリズムを用いて補正し て斜視角を測定するのが原理であり,角膜反射像の視 診ということでいえばHirschberg testから発展した 検査法である.プリズム遮閉試験(prism cover test) など臨床検査へのプリズムの応用は19世紀以来の歴 史があったが, Krimskyがprism reflex testと称し, やがてKrimskytestと名付けられることになる検査 法を発表したのは1942年であった。
  コメント
プリズムを用いた他覚的斜視角測定法をKrimsky が案出したのは第二次世界大戦中であった この検査 法が発表された1942年は,日本との開戦を機に第二 次世界大戦に米国が参戦した翌年のことだった.米国 では American Academy of Ophthalmology and Otolaryngologyの学会活動は平時と変わりがなかっ たようだが,緊迫した時代背景での報告であったから Krimskyが提案した新しい検査法が追認され,普及 するには今では考えられないほど長い期間を要したの だった.やがてKrimskyは,角膜反射の臨床検査へ 日限会誌113巻 5号 の応用を開拓したHirschbergの後継者とみなすべき 研究者として評価され, Krimsky test, Krimsky methodというエポニムが定着したのであった. Krimsky testの手技でプリズムを斜視眼に置くの か固視眼に置くのか, Krimskyの原典を点検したの だが今ひとつすっきり読み解くことはできなかった 1943年の第1論文や1967年の第3論文において,料 視眼の前に置く方法を図示しながら詳しく説明してい る.加えて,非共同斜視や麻痺性斜視の場合には斜視 眼の前にプリズムを置くことを強調している.ところ が, 1942年の学会報告,その他の原著論文や単行書 の随所で,共同性斜視であればどちらでもよろしいと 書いている.また,プリズムを通して角膜反射像を観 察することが容易であるとはいえないことにまったく ふれていないこともKrimskyの説明をわかりにくく している.いずれにせよ,臨床の実際においては, modified Krimsky testと称する固視眼の前にプリズ ムを置く方法をとるのがふつうである. Krimskyの 筆致は明瞭ではないが, "斜裸眼をプリズムで矯正す る"ということを本意とみなし,固視眼の前に置くの を変法とするのが自然ではなかろうか.
)第1論文: 『Fixational corneal light reflexes as an aid in binocular investigation』 Arch Ophthalmol 30 : 505-520, 1943.
第2論文: 『The binocular examination of the young child』 Am J Ophthalmo1 26 : 624-625, 1943.
第3論文: 『The seven primary positions of gaze』 Br J Ophthalmo1 51 : 105-114, 1967.


Nyctalopia and hemeralopia: the current usage trend in the lilerature
N. Ohba and A. Ohba
BRITISH JOURNAL OF OPHTHALMOLOGY. December 2006, Vol 90, p 1548-1549

nyctalopia と hemeralopia、英語圏では 前者は夜盲night blindnes、後者は昼盲day blindnes のことであるが、著者が1951年−2005年の167論文を調べたらnyctalopiaを使った85編(英語72,非英語13 )はいずれも正しい用語として用いられていた。hemeralopiaを使った82編では15編は昼盲として 用いられていたが、残る67編は夜盲、即ち英語圏の用語としては誤用されていた。正しい15編は英語圏、誤用の67編は仏独 をふくめ非英語圏からのもであった。最近は誤用が少なくはなってきているが、著者は誤用、誤解のない様に night blindnes、day blindnesを用いることをすすめている。(編者略訳)

神経眼科文献データベース

文責 大庭紀雄

1.神経眼科の用語メモ

眼科には『medical ophthalmology』『surgical ophthalmology』『neuro-ophthalmology』があり、診療や教育や研修、学会組織はこうした枠組に準拠して運営されている.視覚系に加えて眼球運動系や瞳孔系など広い範囲の課題をカバーする『神経眼科』は、国の内外でかなり古い歴史を誇っている.『神経眼科』の現況を能率よく正確に展望する近道はインターネットの活用で、米国 NLM の on-line データベース PubMed (2003年12月15日)からデータを収集した. 世界各国から最近10年間(1993-2002)に発表された英文原著論文(journal article)を標準医学検索用語(Medical Standard Headings, MeSH)の route MeSH [Eye Diseases]、major MeSH [optic nerve], [visual pathways], [visual cortex], [ocular motility disorders], [pupil] を用いて集めた.こうして収集した論文は総数10,106篇であった.書誌情報としてタイトル・抄録・著者所属・著者名・索引用語・雑誌名を抽出してデータベースソフト FileMaker にダウンロード、『神経眼科文献データベース』を作成した.このデータベースを利用するといろいろなことがわかってくる.

日本神経眼科学会が昨年刊行した『神経眼科用語辞典』は、隣接領域を含む専門用語を網羅して克明な解説を加えたもので、診療や教育や研究のレファレンスとして大いに活用されるであろう.和文用語はこなれていないものが多いことから英文表記を主とし和文表記を従としているが、英文論文においても同じ用語が異なる綴りで表記されることがある.たとえば、視神経乳頭は optic disc であったり optic disk であったりする.以下は、『神経眼科文献データベース』で調査したいくつかの重要用語の使用実態である.

1.optic discoptic disk

「視神経乳頭」は神経眼科論文で頻繁に現れる用語の一つである.162 論文のタイトルに現れ、7割強の表記がoptic discで約3割がoptic diskである.disk の使用頻度を国別にみると米国、ドイツ、日本からは約3割だが、英国と豪州からは皆無である.ちなみに、『神経眼科用語辞典(神眼用語)』は もっぱらdisc と表記し、日本眼科学会『眼科用語集第4版(日眼用語)』はdiscを優先している.

2.optic chiasm とoptic chiasma

chiasm/chiasma の割合は 53/9 とchiasmが圧倒的に多用されている.この傾向は発信した国や地域に依存しない.『神眼用語』はchiasma、『日眼用語』はchiasmである.

3.hemianopiahemianopsia

論文のタイトルに半盲(1/4半盲)が現れることは少ないので抄録を含めて調べてみると、hemianopia (quadrantanopia)は 95 論文に、hemianopsia (quadrantanopsia) は 47 論文に現れる. -anopia/-anopsiaの比率は 2:1 である.英国からの論文はhemianopiaだけを用いている.『神眼用語』は hemianop(s)iaとし、『日眼用語』はhemianopiaを優先している.

4.Fisher syndromeMiller Fisher syndrome

『神経眼科文献データベース』10,106 論文中 86 論文のタイトルにFisher syndromeが現れる.Miller Fisher syndromeの頻度が大きく(70/86)、Fisher syndrome は例外的(7/86)である.この症候群はオンタリオ州出身でハーバード大学神経内科教授Charles Miller Fisherが1956年に発表した古典的論文にはじまる.Miller-Fisher syndromeというハイフン付き表記(8/86)は冠病名の人名表記ルールに抵触する.我が国ではFisher 症候群がよく使われるが、国際発表ではMiller Fisher syndromeとするのが無難だろう.『神眼用語』ではFisher syndromeとして解説されている.

5.Adie syndromeHolmes-Adie syndrome

Adie syndromeとHolmes-Adie syndromeとが相半ばして用いられている.『神眼用語』では両者が併記されている.AdieやHolmesに先行した他者の論文発表がいくつかあるが、表記の経緯は調査中である.

6.症候群の収載

『神経眼科文献データベース』に収載された 10,106 論文のタイトルに神経眼科関連の syndrome が現れるのは 1,140 件と1割強である.ランキング 10 位までを挙げると、Horner, Miller Fisher, Kearns-Sayre, Duane, Wolfram, Tolosa-Hunt, Brown, Steele-Richardson-Olszewsky, Adie, Guillain-Barr の各 syndrome である.1位の Horner syndrome には Claude Bernard-Horner syndrome と表記した論文が1件ある.近代実験医学の開祖というべきパリの Claude Bernard が Horner に先行してウサギで頚部交感神経切除によるユニークな現象を記述していることから、フランスからの論文は現在でもBernard-Horner syndrome あるいは Claude Bernard syndrome を用いている.Argyll Robertson syndrome (pupil) はこの 10 年姿を消している.pseudo-Argyll Roberton syndrome をタイトルに含む論文が1件ある.なお、『神眼用語』のみならず教科書や参考書は昔も今も Benedikt syndrome, Fovile syndrome, Millard-Gubler syndrome という中脳被蓋症候群を掲載しているが、『神経眼科文献データベース』には見当たらない.

7.Pseudo 病名

似て否なる病態を表わすために付加されるpseudo を接頭語とする病名として、『神眼用語』は pseudo abducence palsy, pseudo Argyll Robertson pupil, pseudo-Foster Kennedy syndrome, pseudo-MLF syndrome, pseudopapilledema, pseudoptosis, pseudotumor cerebri, pseudotumor orbit, pseudo-von Graefe sign を収載している.いずれも『神経眼科論文データベース』に現れる.最頻は pseudotumor cerebri である.『神眼用語』に収められていない pseudo 病名には pseudoaneurysm, pseudo-superior oblique overaction, pseudo-Brown syndrome, pseudo-oculomotor nerve palsy, pseudo-double elevator palsy, pseudotonic pupil がある.また、 orbital pseudo-pseudotumour, pseudo-pseudotumor cerebri, pseudo-pseudo-Foster Kennedy syndrome を主題として珍奇な症例報告がみられる.

harlequin syndrome (道化師症候群) Medlineには29件の論文が収載されている.道化師を想起させる片側顔面の皮膚紅潮と発汗過多とを主徴とする症候群で、非紅潮側の頚部交感神経麻痺による自律神経障害である.眼科との関連では、Horner症候群でharlequin signを呈示した事例やAdie症候群との鑑別に難渋した事例の報告がある.

Alice in Wonderland syndrome (AIWS) 33件の論文が主として小児神経学や精神医学の雑誌に掲載されている.精神科医Toddが1955年の論文でLewis Carrol (1865)の小説『Alice's Adventures in Wonderland(不思議の国のアリス)』にちなんで名付けた症候群.作家Carrolは片頭痛持ちで、自己体験をもとにこの小説を書いたとされる.自分の体の一部や全体が大きくなったり小さくなったり感じる、周囲のものが大きく見えたり小さく見えたり、遠ざかって見えたり近づいて見えたりする、といった症状を訴える.時間感覚の異常を訴えることもある.片頭痛・てんかん・薬物使用(LSD)などが原因疾患として挙がっている.