冒険に行こう! 

エピローグ

作 山下泰昌


 敵の鋭い差し面が俺に襲いかかった。
 なかなかの切れ味を持った打突だった。全国大会クラスと言ってもいいくらいの切れ味だった。まあ普通の高校生であればまともに喰らっているほどの差し面だ。
 だが、そいつにとってツイていなかったのは、相手が俺だったということだ。
 俺は余裕の表情で身体を沈ませると、手首の返しだけで竹刀を寝かせる。
 そしてそれは敵の胴を薙ぎ払った。ぱあん、と景気の良い音が会場中に鳴り響く。
 「胴アリ! 一本!」
 主審一人、副審二人の旗が一斉に俺の側に上がる。合わせて二本。俺の勝ちだ。
 俺は主審から勝利の宣告を受けて意気揚々と自陣に帰って行く。
 本山が嬉しそうに俺を迎えた。
 「良くやったあああ!」
 主将の浜崎が感極まってガッツポーズを取る。それは礼儀を重んじる剣道の試合では禁じられている行為だ。だが、コート内ではなかったので、特に審判からは咎められなかった。苦い顔をされただけだ。
 「やった! これで念願の県大会進出だあ! 部創設以来の快挙だ!」
 あまりに低いレベルでの歓喜に俺は苦笑いする。でも、まあ勝利というのは例えレベルが低くても決して気分の悪いものではない。
 俺は観客席となっている二階席を見上げた。観客席を埋めているのは出場チームの部員たちであるのでそのほとんどが学生服を着ている。だが、その中で私服姿で応援に来ている数名を俺は素早く見つけた。
 嬉しそうに栗毛のロングヘアを振り乱しながら、大きく両手を振っている女性がいる。
 そうレイリアだった。レイリアと俺のお袋、そして麻菜とビー、北村の五人は、俺が「この程度の試合ごときで応援に来るな」と言ったのに来やがったのだ。凄まじく恥ずかしいことこの上ない。ま、麻菜の隣にちゃっかり座っているビーだけは目的が違うだろうけど。
 「へえ、あれがお前の許嫁か?」
 本山は俺に肩を組み、視線をレイリアの方に向けて訊く。
 「ああ」
 俺は否定するのも面倒なので素直に頷いた。視線の先のレイリアは少し興奮気味に立ち上がり、階下に降りるための階段の降り口に駆けて行った。
 「行ってこいよ」
 本山が俺の背中をばんと押す。俺は数歩、前につんのめる。
 「え? でもこれから表彰式が」
 「一人や二人いなくても問題ねえよ。行って来いって」
 そして俺の耳元で「女はまめにケアしないと離れて行っちまうぜ」と囁く。俺は腕を振ってそれを払った。
 「余計なお世話だ」
 本山は軽そうな笑いを口元に浮かべ、俺の攻撃を軽く躱す。
 「ったく」
 俺は軽く悪態を付いて、会場の外へと向かった。二階席からの階段は会場の外の廊下に繋がっているからだ。廊下では剣道着を着た選手たちが往来している。その中を掻き分けてレイリアが俺の方に近寄ってきた。その私服姿と栗毛、そしてその美貌は非常に目立つ。皆が一様にレイリアのことを振り返る。少し気恥ずかしい。
 「シュンスケ! 凄いじゃない。全勝ね!」
 「まあね」
 俺は余裕の表情でそう答えた。実際、試合は余裕だった。この程度の相手なら敵の竹刀が止まって見える。それにスラクーヴァでそれこそ命を懸けて闘ってきた後だ。逆に緊張感が無くてぬるすぎる試合に感じられたくらいだ。
 「あ、そこ擦りむいている」
 「え?」
 レイリアに指摘されて初めて気が付いた。俺の右肘が赤く腫れていた。そう言えば、試合の途中、敵が狙った胴打ちが外れて俺の右腕をかすめたことがあった。あの時か。
 「別にどうってことねえよ」
 実際、何でもなかった。それこそ蚊にさされた程度って奴だ。だがレイリアは「いいから見せてみなさいよっ!」と言って俺の右腕を覗き込む。至近距離でレイリアの甘い匂いが漂ってきた。
 「私が直してあげるわ」
 「え? レイリアが?」
 俺が素っ頓狂な声を上げるとレイリアは自信たっぷりに頷く。
 「そうよ。知っているでしょ。私、回復魔法を使えるようになったんだから」
 そうか。そう言えば、俺が死線を彷徨った時に俺を救ってくれたのはレイリアだったな。
 ま、大した傷じゃないけど、目の前でレイリアのワザを見るのも一興だろう。
 「分かった。頼むよ」
 「まかせておいて」
 レイリアはそう言って瞳を閉じ、何やら呪文を唱え出した。
 ……だが数秒が過ぎ、レイリアの呪文詠唱が終わっても、俺の右肘の傷口は、ちっとも直っているようには感じられない。レイリアは困惑の表情で目を見開いた。
 「あれえ? おかしいなあ」
 そして呪文を再履行する。だが、結果は同じだった。
 「なんだよ。駄目じゃん」
 そう突っ込むとレイリアは少し苛立たしげに首を振った。
 「こんなわけないよ。あの時はちゃんと出来たんだから」
 と言いかけて、一言「あ、まさか」と呟くとレイリアは真っ赤になった。
 相変わらず訳の分からない奴だ。そしてこいつは更に訳の分からない行動に出る。
 レイリアは俺の右肘にその顔近づけると、傷口に唇を寄せて行ったのだ。
 「お、おい。レイリア」
 「うるさい。黙って」
 俺の戸惑いも余所にレイリアは俺の右肘にキスをした。
 とたん―――
 白い光が俺の右肘を包み込み、傷は跡形もなく消えてしまう。
 「やっぱり」
 レイリアは俺の身体から顔を放した後も、わずかに恥ずかしそうに顔を紅潮させていた。
 レイリアが回復魔法を使えるようになったのは分かった。だけどこれって?
 「あのさ、まさか、これって……」
 「うるさいなあ。何でもないんだって!」
 レイリアは俺から逃げるように身体を反転させる。栗毛の髪がふさりとなびく。
 「おい、ちょっと待てよ。お前、相変わらず説明不足だぞ!」
 俺は逃げるレイリアを追いかける。
 レイリアは恥ずかしそうに、だけどそれでいて嬉しそうに廊下を駆け抜けて行く。
 「知らないっ!」
 レイリアの声だけが午後の日差しが差し込む廊下に響き渡った。


あとがき

昔、角川スニーカー大賞用に書いた話です。ベタな異世界ファンタジーもので、今見るとさすがにこれで新人賞は無理だろうと思うのですが、この話のために抱えたネタがまだまだいっぱいあるので、今回掲載することにしました。続きを書いてこの物語を終わらしてあげたいな、と思うのです。
父親が異世界で勇者として名をはせたという設定も書いた当初は誰もやっていなかったと思うのですが、今では「世界平和は一家団欒のあとに」などがありますよね。まあ、ホームページでのお遊び用の作品としてはふさわしいのではないでしょうか。
今後も気楽に書いていきたいと思います。