恋人レッスン 

第五話 後編

作 山下泰昌


二月十四日 午後一時十分 職員室

 連絡事項は教師から伝え終わり、各クラスの保健委員は三々五々に自分の教

室へと帰っていく。

 俺ものんびり戻ろうかな、と思っていた矢先に「飯尾先輩」と呼び止められ

た。

 ちょっと怪訝な顔をして振り返る。 

 しかし、そこには誰もいない。

 いや、本当はいた。

 背が低すぎて、俺の視界から外れていただけだった。

 俺は視線をずずっと下に下げる。

 身長百五十センチあるかないか、ってとこだ。

 そこにはショートカットが似合う快活な印象の子がいた。

 目がきついけど可愛い。一歩間違えると、小学生だ。

 学年を現すスカーフの色は赤。一年生、後輩だ。

 「おお、壬生、じゃん」

 「先輩、お久しぶりー!」

 その一年生の名前は壬生一絵(みぶ いちえ)。

 同じ保健委員で昨年は彼女と組になっていろいろ仕事をさせられたのだ。

 それで面識がある。

 「どうした元気か」

 「うん。もうバッチリ。先輩、最近、保健委員の集まりサボりまくっている

でしょ。全然、敢えなくてめっちゃ淋しかったんだから」

 「あ、そう? 悪ぃ、悪ぃ」

 俺は軽く流す。

 一種、意味深に聞こえる壬生の言動だが、これが彼女の『通常』なのである。

あまり深く受け取ってはいけない。

 「でも、今日はラッキー。まさかバレンタインに先輩に会えるなんて思わな

かった」

 「はは。チョコでもくれるのか?」

 俺はさらに軽く受け流す。

 「うん」

 「へえ。そいつは嬉しいね」

 壬生はにこやかな顔でポケットに突っ込んでなにやらごそごそやっていたか

と思うと、小さな薄ピンクの包みを取りだした。

 そしてそれを俺の方に突き出す。

 「はい、どうぞ」

 「はは、壬生。もういいよ。冗談はそれくらいで、さ」

 俺は差し出された包みを押し返した。すると、壬生は俺の押しを交わし、首

を横に振る。

 「え?」

 俺はびっくりして、その包みを凝視した。そして何のてらいもない壬生の顔

をじっと凝視する。そして再び、包みに視線を移す。そしてまた、壬生の顔。

 そんなことを少なくとも俺は三回は繰り返した。

 そして口を開く。

 「これって?」

 壬生は眉をしかめる。

 「先輩、二月十四日に女の子が渡すものといったら、一つしかないでしょ!

 はい、どうぞ!」

 壬生は目の前の、包みをさらに、ずずいと押し出した。

 しかし、そこまで説明されても依然、戸惑った表情を隠せない俺。

 「な、何で?」

 「好きだからです」

 壬生はCDケースからCDを取り出すような気軽さで、さらりとその言葉を

言った。

 「俺が?」

 俺は自分で自分を指さした。

 青天の霹靂。

 はっきり言って好かれる理由が見つからない。

 これはあれか? いつもの軽い《壬生トーク》の延長線上なのか? 

 つまりこのチョコは義理チョコで、壬生の今の『好きです』発言もごくごく

軽い意味ということで。

 そうか。そうに違いない。

 俺はそのチョコを受け取ろうと右手を動かした。

 が、直前でその手が止まった。

 壬生の目を見たからだ。

 軽い口調や、態度とは裏腹にその瞳は真剣そのものだった。覚悟を決めた人

間が放つ、光を携えていた。

 俺は思わず口に出す。

 「本気なの?」

 「何で、冗談でチョコを渡さなくちゃいけないんですか? マジです。大マ

ジ!」

 「本当に?」

 「本当に、です」

 壬生は頷く。

 「なんで?」

 俺は正直言って、自分が好かれる理由が分からない。顔はまあ、平均値だと

は思うけど、取り立てて格好良い方ではない。スポーツや勉強なんかで、飛び

抜けて優れた技能があるわけでもない。そして、この壬生に対して優しく接し

た覚えはないし、何かをしてあげたわけでもない。

 自分が好かれる理由が、自分で分からない。

 だから壬生のその言葉を簡単に鵜呑みに出来なかった。だが、壬生は俺の目

からうろこが落ちる言葉を言い放った。

 「好きになるのに理由がいるんですか?」

 理由?

 『好き』に理由なんて、いらないのか?

 最近、理屈好きの立石と屁理屈の言い合いをしているせいか、そんなこと考

えたこともなかった。すっかり物事には全て理由があるものだ、と頭がフォー

マットされていた。

 「もし、理由があったとしたら、それは後から付けた『言い訳』だと思いま

す。私は『飯尾直斗』という男性が、心で好きになったの。理由なんてありま

せん」

 俺はそれでも目の前に突き出されたチョコに躊躇していた。

 でも、これは受け取っていいのか?

 「で、でもさ、俺には一応、付き合っている子がいるわけで……」

 「『一応』?」

 「え? いや、その」

 戸惑って視線を宙に泳がしている俺を見ながら、壬生はほくそ笑む。

 「付き合っている人がいようがいまいが、関係ないです。私が飯尾先輩を好

きになったのは事実なんですから。それに……」

 壬生は上目遣いで俺の目を覗き込む。

 「付き合っている女性って立石真美さん、ですよね。確か『罰ゲーム』で告

白したっていう……」

 なんでそこまで、知っているんだ?

 俺と立石の話は一年のクラスまで伝わっているのか!?

 と一瞬驚いたが、考えたらクラスの誰かに訊けば分かることだ。そう、驚く

ことでもない。だいたい俺のクラスにはその手のゴシップネタが非常に好きな

奴の心当たりが二人ほどいる。あいつらなら、訊かれたらほいほい答えてしま

うに違いない。

 だけど、そのネタをこの子が握っているというのは、かなりヤバい。

 『罰ゲーム』の話を立石にバラされたらどうなるか。

 ……。

 恐ろしくて、想像すら出来ない。

 いわばこの子は爆弾を抱えているようなものだ。

 「割り込む余地アリアリに私は思えますけど?」

 壬生はいたづらっ子のように瞳をきらきらさせて俺の顔を覗き込む。

 そして、強引に俺の手にチョコの包みを握らせた。

 さすがに手渡されたモノを落とすわけにもいかないので、俺は仕方なく、壬

生のチョコを所在なさげに持つ。 

 「はい、チョコを差し上げましたよ! それじゃ!」

 壬生はそう言ってスカートを翻して、にこやかに去っていった。

 後には小さいチョコの包みを手に持った俺が、ぽつんと残される。

 どうすんだよ、これ。

 俺は途方に暮れた。

 「見ーたぜー!」

 「うわあっ!」

 俺は思わず大声をあげた。

 いろんな意味でびっくりした。

 あわてて振り向く。

 案の定、本山だ。

 「モテモテですなあ、飯尾君」

 本山は嫌らしい笑みを浮かべて俺の肩に腕をかける。

 「……てめえだろ。『罰ゲーム』のこと喋ったの」

 すると本山は「え? なんのことかな?」と嘯く。犯人はこいつだ。見え見

えだ。

 「ここのところお前、女性運いいな。やっぱ、彼女がいるヤツは魅力的に見

えるのかね」

 「そういうバイオリズムなんだろ」と俺は吐き捨てる。

 「ところで、さ。お前、あんまり『罰ゲーム』のこと、人に言いふらすなよ」

 「なんで?」

 「『なんで?』ってお前、立石にバレたら、やべえじゃん……」

 「なんで、バレたらやばいんだ?」

 「え?」と俺は本気で言っているのか? というような目で本山の顔を覗き

込む。

 「あのさ」

 本山は俺の肩にかけていた腕をはずした。

 「お前、立石のこと、本気なの?」

 「え?」

 「本気だったら、『罰ゲーム』のことは本人に正直に話して、その上で正式

に付き合え。もし、ただの成り行き、惰性で付き合っているのなら、良い機会

じゃねえか。ここできっぱり別れちまえ」

 「……」

 「そりゃ『罰ゲーム』の発端は俺たちだけどさ。ここまで引っ張ったらお前

の責任だぜ。今ならまだ、被害は少なくて済む。せいぜい顔の形が変わるくら

いで収まるだろ」

 さらりと本山は怖いことを言う。

 「それとも、あれか? 正直に言うと立石がショックを受けるとか思ってい

るのか? この先、こんな曖昧な状態でずるずる引っ張る方が問題だぜ」

 そりゃ、そうだとは思う。

 だけど、正直言って、今の自分の心情が分からない。

 俺はたぶん、立石に対して恋愛感情は持っていないと思う。

 でも、立石と一緒にいると落ち着くし、それなりに楽しい。その立石が俺の

日常から全くいなくなると思うと、その喪失感は想像しただけでも大きいと思

う。

 これが恋愛感情というのなら、そうなのかも知れない。

 でもあくまでも『そうなのかも知れない』だ。はっきり断言出来ない。

 自分で自分の心が分からなかった。

 そういう意味では、感情のまま行動出来る壬生は羨ましい。

 「ま、『罰ゲーム』について話したのはあの子だけだから安心しろ」

「安心出来るかっ!」

 俺は軽く本山をこづく。

 「おおい、二人でなにやってんだよ」

 その時、学食から出てきたばかりの北村が俺たちに声をかけた。

 なんだ、あいつ。弁当食べた上に更になんか食ったのか。

 俺は北村の将来の胴回りを想像し、憂う。

 北村は目聡く、俺が持っている小さい包みを発見する。

 「お? チョコレート? 立石からか?」

 「いや、その」

 俺が曖昧にそう言葉を濁しているのにも気が付かず、北村は言葉を続ける。

 「お前、チョコ嫌いじゃん。俺にくれよ」

 「お前、食い過ぎだよ」

 「食後のデザートだって」

 と北村は言う。

 「駄目だって。確かにチョコは食べないけどさ。こういうものは『気持ち』

なんだからさ、あげられないだろ」

 俺がそう言ってチョコを背中に隠すと北村は「ちぇっ」と舌打ちをした。

 「へえ。じゃあ、お前『気持ち』は受け取るんだ」

 本山がそう突っ込む。

 俺が言葉に詰まりうろたえていると、本山は更に言葉を続けた。

 「それはそれで問題アリ、だな」



二月十四日 午後四時 放課後

 教科書やらなんやらは、ほとんどロッカーに置いてあるので、やたら軽いカ

バンを抱え上げて、俺は教室を出た。

 すでに西日が窓から侵入して来ているので、廊下はオレンジ色に染まってい

る。

 「飯尾」

 呼び止められた。

 お察しの通り、立石以外の何ものでもない。

 俺はすぐさま立ち止まる。

 「今日はやたら、呼び止められるな」

 「そうか?」

 立石はそう言って、俺と並んで歩き出す。

 「まあ、そういう日もある」

 下校時の廊下は込み合っている。

 俺たちはランダムに現れる障害物たちを巧みに避けながら、階下の昇降口に

と向かう。

 昇降口の下駄箱で靴を履き替えて、さあ、帰るか、という時になって俺は背

後から声をかけられた。

 「直斗!」

 俺は振り向く。

 俺を名前で呼ぶ人間はこの学校では一人しかいない。

 数学教師の青木であった。

 俺の姉ちゃんの旦那でもある。

 「なんですか?」

 俺は怪訝な顔をしながら、一応敬語で訊く。

 義理の兄というより、やはり、教師という立場の方が気になってしまうので、

青木と話すときはどうしても敬語になってしまう。

 「お前、忘れてるな。今日は数学の補習だって言っておいただろうが」

 「ああっ!」

 「やっぱり、そうか。ほら、さっさと支度してこい。視聴覚教室で補習だ」

 だが、完璧に帰る気になっている時に、「補習だ」と言われても、おいそれ

と心の準備が出来るものではない。

 俺はもの凄く嫌そうな顔をして、

 「今度じゃ、駄目?」

 と聞いてみた。

 「駄目」

 無情な返事が即座に返ってくる。

 俺はがっくりと肩を落とす。

 そして立石を振り返った。

 「悪ぃ。今日はそんなわけで一緒に帰れないや。先、帰ってくれ」

 「ああ。分かった」

 立石は軽くそう返した。

 でも言葉とは裏腹にその表情は、かなり複雑な表情をしていた。

 一瞬、目を瞑り、何か観念するように深呼吸したかと思うと、いつもの無表

情の立石の顔に戻る。

 「じゃあ、また、明日」

 立石はそう言って俺に背を向けて歩き出す。

 「ああ。じゃあな」

 俺はその背中に声をかけた。

 立石は後ろ向きで右手をあげた。

 立石の姿が夕日に包まれていった。



二月十四日 午後五時三十分 立石邸

 ドアがばたりと閉まる音が聞こえた。

 それまで居間でマンガを読んでいた美奈はその音を聞きつけ、ぱたぱたと玄

関に向かう。

 「どうだった? おねえちゃ……」

 美奈はその言葉を最後まで発することが出来なかった。

 そういう雰囲気では無かったのだ。

 立石真美はその眉間に皺を寄せ、近づいたモノは全てはじき飛ばさんばかり

の妙なオーラを身に纏っている。

 真美は無言で靴を脱ぎ、玄関を上がり、そのまま階段を上がっていく。

 「ちょ、ちょっと!」

 美奈はその真美に追いすがる。

 真美は不機嫌そうに階段の途中で振り返った。

 「なんだ?」

 「『なんだ?』って、お姉ちゃん。まさか、ふられちゃったの?」

 「そんなわけないだろう!」

 「じゃあ、どうしてそんなブス顔なのよ」

 「ブス顔は余計だ」

 真美はため息をついて、自分の心を落ち着けた。そしてしっかりと美奈に向

き合う。

 「とにかくふられた訳じゃないから」 

 「じゃあ、あれね。チョコ渡しそびれたのね」

 「ぐ」と真美はつまる。

 「ばっかじゃないの!? せっかく一週間も前から準備していたのに」

 「そんなもの私の勝手だ」

 そう言って真美は前を向き、自分の部屋に飛び込んだ。

 「あ、お姉ちゃん!」

 美奈の声が階段にむなしく響いた。



   部屋に入った真美は、乱暴に机の上にカバンを放り投げ、そして自分はベッ

ドの上に身を投げた。

 俯せになった状態で、机の上をちらりと見る。

 カバンの留め金が外れ、中から、水色の包みが顔をのぞかせていた。

 ぽつんと転がったチョコ。

 真美は手を伸ばして、それを手に取る。

 そしてぞんざいに包みを破り、中身を取り出す。

 中から現れたのは、少々不格好ながらも、それなりな体裁をしたチョコレー

ト。

 渡すチャンスは何回もあったのに。

 真美はそんなことを考えながら、そのチョコを一つつまんだ。

 そして口に放り込んだ。

 チョコはしばらく舌の上で転がったかと思うと、次第にその正体をなくして

行き、甘さの領域を口の中で広げていく。

 「ふん。我ながら、良い出来じゃないか」

 真美はそうひとりごちると、続けてもう一つ食べる。そして、もう一つ。

 何かの腹いせのように次々にチョコを口の中に放り込む。

 そして、終いには箱の中にはチョコが一つだけしか残らなかった。

 口の周りをチョコで汚したまま、真美はベッドに俯せ、顔を枕に埋めた。

 「何やってんだろうな、私」 



二月十四日 午後六時二十分 飯尾邸自室

 「で、どうすんだよ、これ」

 俺は薄ピンクの包みを掌の上でもてあそびながらそう呟いた。

 壬生に貰ったチョコ。

 バレンタインにチョコを貰うと、それは告白を受けた、ってことになるのか?

 今一、バレンタインのルールが良く分からない俺はそんなことを考えていた。

 それともチョコを食べると、告白を受けた、という意味になるとか。

 ばかばかしい。

 俺は頭を振って、その包装紙を開け始めた。

 俺はチョコを貰った。

 それだけだ。

 それ以上のなにものでもないし、それ以下でもない。

 まして壬生の告白を受けた、ってわけでもない。

 薄ピンクの包装紙を全部取ると、中から高級そうなチョコが現れた。

 見たことがないようなメーカーのチョコ。

 少なくとも明○とかロ○テとかではない。

 「あらあ。直斗がチョコを貰ってくるなんてねえ。母さん嬉しいわあ」

 「うわああっ!」

 突然、誰もいないはずの背後から声をかけられ、俺は飛び上がる。

 こういうことをするのはウチでは一人しかいない。

 お袋だ。

 「勝手に部屋、入ってくるなよ! プライバシーの侵害だ!」

 「だって直斗、チョコ嫌いでしょ? 私が食べてあげるわよ」

 「いい! 余計なことしなくて、いい!」

 「くれたのはこの前のお嬢さん? ええと立山さんだっけ?」

 「誰でもいいから出ていってくれ!」 

 お袋は「まったく、もう恥ずかしがっちゃって」とぶつぶつ言いながら、俺

の部屋を退散する。

 あー、全く、心臓に悪い。

 俺は扉を開け、廊下にお袋が隠れていないことを確認してから、再び部屋に

入り、チョコの箱を開けた。

 箱をあけると、中には高級そうなチョコと、小さいカードが入っている。カ

ードには色とりどりのペンで、可愛いらしい文字がこちょこちょと書かれてい

る。

 そこには告白の内容と、壬生の携帯電話の電話番号が書いてあった。

 で、俺にどうしろ、と。

 とりあえず、チョコは何だかんだ言いながらも、親父、お袋行きになるのは

間違いない。 問題は、このカードの方だよな。携帯の番号は、つまり電話を

かけてくれ、ということだよな。

 俺は、ぽいとこたつの上にカードを放った。

 まあ、いいや。気が向いたらかけるとするか。どちらにしてもその気になれ

ば学校で会えるんだし。

 「直斗?」

 「うわあああっ!」

 俺は再度、飛び上がった。

 「お客さんよ」

 あわてて振り返った俺の視界に入ったのは、お袋の嬉しそうな姿。

 「頼むから気配を消して部屋に入ってくるのはやめてくれ!」

 しかしお袋は俺のそんな不平にも全く動じずに話を続ける。

 「ええと、何て名前だったっけ。この前、お見舞いに来てくれたお嬢さん。

ええと、中山さんだったっけ?」

 「全然、違う!」

 俺はそう一応、突っ込んでから、どてらを上に着込んで廊下に飛び出た。

 立石だ。

 どたどたどたと階段を落ちるように駆け下り玄関に出る。

 立石はかなり難しい顔をしてそこにいた。

 そして俺の方をちらりと一瞥すると、

 「よう」

 と遠慮がちに右手を上げる。

 そして間髪入れずに、無言で小さい包みを俺に差し出した。

 それはおひねりだった。白い紙で何かが包んであり、上の方をぎゅっと捻っ

ている。

 掌に乗るサイズで大きさ的に言うとピンポン玉くらいであろうか。

 俺は戸惑いながらもそれを受け取る。

 「なに? これ」

 立石はかなりうろたえながら、一度たりとも視線を合わさないで俺の問いに

答える。

 「チョコだ」

   そりゃあ、そうだろうけどさ。

 だが、ほとんど義理チョコの代名詞のチロルチョコのように、こじんまりした

固まりは一体なんなのだ。

 でも悪い気分はしない。俺は嬉しそうな顔を隠そうともせずに、

 「ありがと」

 と、一応そう言って丁寧にその包みを広げていく。

 中には包み紙の形が写ってしまった不格好なチョコがあった。

 「立石が作ったのか?」

 「ああ」

 俺はそれを人差し指と親指でつまんだ。

 そして口に放り込む。

 自分で自分のその行為に驚いた。チョコ嫌いの俺が取った行動とは思えない。

 だが、立石のそれはチョコという感じがしなかった。

 出来が悪い、というわけではない。

 チョコ嫌いの俺でも口に運んでしまうそんな何かがあったのだ。

 一口サイズのそれは簡単に口の中に入り、俺の舌を甘く刺激した。

 数年ぶりに食べたその味は、思ったよりもおいしかった。

 「意外に良く出来ているじゃん」

 「まあ、チョコなんて簡単に作れるからな」

 そんなもんなのかな。

 俺は頷いた。

 立石はそんな俺を満足そうに見つめ、そしておもむろに口を開く。

 「やっぱり、飯尾もチョコを貰うと嬉しいのか?」

 「え?」

 俺は戸惑った。俺はチョコが嫌いだ。自然に考えればチョコを貰っても嬉し

くもなんともないはずだ。

 だが、現実のこの高揚感は何なんだろう。

 この、浮遊感はなんなんだろうか。

 たぶん、男ってすべからく自信がないのだと思う。

 本当にその女性に好かれているのか、それとも嫌われているのか不安なのだ。

 バレンタインの時の男は、チョコという確かな存在で、それを確かめたいのだ。

 「嬉しい、よ」

 俺は言葉をつむぎだすように言った。

 そして、更に言葉をこう続けた。

 「でも、誰からのチョコでも嬉しいってわけじゃないぜ」

 立石は顔を真っ赤にした。   


あとがき

 毎度、季節はずれの話ばかりですみません。バレンタインのお話をお届け

致します。

 この話を書く前に、別の長編の話を書いていたせいで、そちらの文体に引き

ずられて、かなり難儀しました。あと初めて別視点から書かなくてはいけない

状況になったので、一部三人称が混入しているのが個人的にはちょっと不満。

 話も難産で、展開や構成が二転三転しましたね。いままでの話の中で一番、

書くのが大変だったような気がします。

 でも、新キャラも登場し、いよいよクライマックスに向けて動き出したかな

って気はしています。最終回まであと4話。よろしくお付き合いして頂けたら

と存じます。

 今回もK女史、しまじろうさん、義姉に参考となるお話を伺いました。

 ありがとうございます。

 次回、予定通りですと《デートの仕方ver2》でしたが、変更致しまして

《ケンカの仕方》となります。それでは次回をご期待下さい!



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