となりのみいちゃん

作 山下泰昌


11月3日 金曜日 はれ


 ぼくが学校から帰ると、となりの家の前に小さな子ネコがにゃあにゃあないて

いました。

 でもぼくはまたか、と思いました。

 となりの家は居酒屋さんなので、ぼくはそのゴミを食べに来たネコだと思った

んです。

 今までもそういうネコはたくさんいたからです。

 ネコはこげ茶と茶色と黒と白をまぜこぜにした毛皮を着ていました。小さく

てむくむくしかわいらしかったけど、ぼくはさわりたくありませんでした。

 だってぼくはネコがきらいなんです。

11月4日 土曜日 はれ

 朝、学校に行くときにはいなかったとなりのネコは帰るときにはもどってい

ました。お昼のカレーライスを食べて、公園にあそびに行こうと思っていたら、

4才になる妹が、だれからきいたのか知らないけど、

 「ねこちゃんみたいよう」

 といってぼくの手をひっぱりました。ぼくはよっぽど

 「自分でみてこいよ」

 といいたかったのですが、がまんしました。

 妹の手をひっぱって子ネコの前に行きました。子ネコの前ですわった妹は、

目をきらんきらんさせて

 「ねこちゃん、ねこちゃん」

 と話しかけていました。でも話しかけるだけでさわったりしませんでした。

 ネコがこわいのでしょう。

 ぼくもこわいのでさわりませんでした。ぼくは小さいとき、妹くらいのとき、

ネコにひっかかれたことがあったのです。

 それでも子ネコはぼくたちに

 「みいみい」

 と話しかけてきました。

11月5日 日曜日 はれ

 日曜日でいつもよりちょっとおそくおきたぼくは、かおをあらってからテレ

ビでセーブマンをみました。セーブマンは今日も悪物をやっつけました。

ぼくはいい気持ちになりました。

 妹がやってきて、また

 「ねこちゃんみにいこうよう」

 とぼくの手をひっぱります。ぼくはしぶしぶ行きました。

 ネコは今日もとなりの家の前ですわっていました。ネコの前にはだれがあげ

たのかスルメイカがちょんとおいてありました。すこし食べたらしく、半分に

なっていました。

 妹は

 「ねこちゃん、ねこちゃん」

 といって、またネコの前にすわりこみました。そしておそるおそるネコのあ

たまをなでました。ネコはごろごろいって気持ちよさそうに目をきゅっとさせ

ていました。妹はそれで安心したのか、こんどはもっと近づいてのどをくすぐ

りました。

 だけどぼくはネコをなでませんでした。

11月6日 月曜日 はれ

 いつも思うんですけど、月よう日はきらいです。朝、学校に行く時はものす

ごく行きたくないです。でもほうかごになるとそんな気持ちはどこかにぶうん

と飛んでいってしまいます。

 家に帰ると、もうようちえんから帰って来ていた妹が

 「ねこちゃんになにかあげようよ」

 といってキャンディーやガムを用意していました。

 ぼくが

 「ネコはそんなの食べないよ」

 というと妹はなきそうになりました。ぼくはあわてて

 「ミルクをあげようよ」

 とつづけました。それからぼくと妹はミルクを入れる入れ物をさがしました。

 戸だなからお皿を出すとお母さんが

 「なににつかうの」

 とききました。ぼくが

 「ネコに、ミルクをあげるんだ」

 というと

 「そんなことにつかうんじゃありません」

 とおこられました。

 ぼくと妹はつかってもおこられないような、お皿のかわりになる物をさがし

ました。ぼくはバーベキューでつかった紙皿が台所の引き出しの中にあること

を思いだしました。こんどはお母さんも

 「オーケーよ」

 といいました。

 ネコの前に行ってミルクの入ったお皿を差し出すとネコはすごいいきおいで

なめはじめました。妹は

 「おなかがすいていたんだね」

 といってネコのあたまをなでました。ぼくは

 「うん」

 といって、そのようすを見ていました。

11月7日 火曜日 くもり

 妹といっしょにネコにミルクをあげたあと、家に帰ったぼくたちはネコに

名前をつけてあげようと話し合いました。妹は

 「『コロン』てなまえがいいな」

 といいました。テレビのマンガに出てくるネコの名前です。ぼくはそんな

まねっこはつまらないといいました。すると妹はなきそうなかおをしましたが、

うんうんかんがえて

 「『しゅりり』は?」

 といいました。妹にしゅりしゅりよってくることからかんがえたそうです。

 ぼくは毛皮が茶色のところから

 「『ちゃーちゃん』」

 はどうかといいました。すると妹はふくれっつらをして

 「くろやしろやこげちゃがまじっている」

 のに、ちゃーちゃんはおかしいというのです。

 ぼくたちはさんざんはなしあったあげく、やっぱり

 「『しゅりり』」

 にすることに決めました。

11月8日 水曜日 はれ

 学校から帰ったあと、ぼくと妹はミルクを持ってネコのところに行きまし

た。ぼくたちがつけた名前でよんであげようと思ったからです。

 ぼくたちがとなりの家の前まで行くと向かい内田さんのおばさんがネコに魚

のようなものをあげていました。

 おばさんは

 「さあ、みいちゃんや、たんとお食べ」

 といって魚を食べやすいように小さくちぎっていました。ネコはおばさんが

 「みいちゃん」

 とよぶたびに

 「みいみい」

 とうれしそうになきました。

 「もう名前がついていたんだね」

 ぼくと妹はがっかりしました。

11月9日 木曜日 くもり 

 妹はきのうの夜からとなり町のおじいちゃんの家におとまりに行っているの

でいません。ぼくは学校から帰ってきて家でテレビゲームをやっていました。

ときどき強い風が窓ガラスにあたって外はさむそうでした。ぼくはみいちゃん

がしんぱいになりました。

 ゲームをポーズにして、となりの家に見に行ってみるとみいちゃんはやっぱ

り、さむそうにぶるぶるふるえていました。だけどみいちゃんを家の中につれ

て行くことはできません。お母さんにおこられるからです。それにぼくもみい

ちゃんがこわいのでさわることができません。

 ぼくは部屋のおもちゃ箱につかっている小さいダンボール箱を持ってきて、

みいちゃんの近くにぽんとおいておきました。みいちゃんはしばらくダンボー

ルのにおいをかいだあと、うれしそうにダンボール箱の中に入りました。

 ぼくはほっとしてゲームのつづきをしました。

11月10日 金曜日 雨

 かさをさして妹とみいちゃんを見に行きました。みいちゃんはいちおう雨の

あたらない場所できのうぼくがあげた箱の中に入っていました。だけど元気が

ありません。いつもぼくたちがちかよっただけで

 「みいみい」

 となくのに、今日はじっとうずくまっただけです。みいちゃんをよく見てみ

るとはな水をじゅうじゅうだしていました。

 妹は

 「みいちゃんおかぜひいたの?」

 とききました。ぼくは

 「うん」

 とこたえました。

11月11日 土曜日 くもり

 学校がおわってひろくんとサッカーをやって家にかえると妹がみいちゃんの

前でじっとすわっていました。

 「みいちゃん、おかぜなおんないよう」

 と妹はいいました。ぼくは

 「くすりをあげればなおるんじゃないか」

 といいました。

 妹はそれをきくとすぐにうちのきゅうきゅう箱のところに行こうとしたので

ぼくは

 「人のくすりはだめだ」

 ととめました。ともだちのゆうちゃんがネコをかっていたのをおもい出しま

してぼくは妹といっしょにゆうちゃんちに行きました。

 ゆうちゃんはじゅくに行っていませんでしたがゆうちゃんのお母さんにその

ことを話すと

 「ちょっとまっててね。まえウチのネコがかぜをひいたときのが残っている

と思うから」

 といってふくろに入った白いくすりをくれました。

 「ミルクにとかしてのませるのよ」

 とゆうちゃんのお母さんはいいました。

 ぼくと妹はありがとうといって帰りました。

 帰ってからみいちゃんにミルクにくすりをとかしてあげても、ぜんぜん

のもうとしません。あいかわらず、はながぶしゅぶしゅいっています。ぼくと

妹はみいちゃんの前にお皿をおいて帰りました。

11月12日 日曜日 はれ

 今日はちょっとねぼうしたのでセーブマンをとちゅうからしか見れませんで

した。がっかりしました。セーブマンを見おわったあと、妹が部屋に入ってき

 「みいちゃん、おかぜなおったよ」

 というので見に行きました。

 行くとあいかわらず箱の中でじっとしていましたが、はながぶしゅぶしゅは

直っていました。お皿のミルクはきれいになくなっていました。

 「よかったね」

 といって妹はみいちゃんのあたまをなでました。ぼくはまださわることが

出来ませんでした。

11月13日 月曜日 くもり

 学校へ行く前にみいちゃんにミルクをあげることにしました。ちょっとはな

れたところでみいちゃんがミルクをぺろぺろなめるのを見ていたら、向かいの

内田さんのおばさんがお米とかつおぶしがまざったきたならしそうなごはんを

持ってきました。おばあちゃんはみいちゃんにそのごはんをあげると

 「みいちゃんとは明日でおわかれねえ」

 といいました。ぼくはびっくりして

 「どうして」

 ときくとおばさんは

 「昨日ね、猫が好きで5匹も飼っているっていうおばあさんがね、ぜひこの

猫を欲しいっていうのよ」

 といいました。そして

 「それでね。その時、そのおばあさんがみいちゃんを捕まえようとしたんだ

けど、あんまり逃げ回るもんだから、あさって、つまり明日ね、猫用のバッグ

を持ってやってくるんだって」

 といいました。ぼくは少しかなしい気持ちになりました。ネコがきらいな

ぼくでさえこうなのだから、妹がきいたらきっとなきだすにちがいありません。

 行きたくない月よう日の学校がますます行きたくなくなりました。

 でも行きました。

11月14日 火曜日 はれ

 今日はみいちゃんとおわかれの日です。

 けっきょく妹にはなんにもはなしていません。ぼくはくらい気持ちのまま学

校に行きました。

 学校から帰ってみるとみいちゃんはとなりの家にまだいました。ぼくは

みいちゃんがずっといることになったのかとおもって向かいの内田のおばさん

にききに行きました。

 「これから来るのよ」

 というへんじでした。ぼくはまたくらい気持ちになりました。これでさいご

だとおもってみいちゃんにミルクを持っていきました。妹といっしょにあげた

かったけど、妹は今日は遠足でもう少ししないと帰ってきません。

 ミルクをぺろぺろなめるみいちゃんを見ていたらぼくはきゅうにみいちゃん

をなでたくなりました。おそるおそるみいちゃんのあたまに手をのばそうとし

たとき、うしろからがらがらのおばあさんの声がきこえてきました。

 「ああら、みいちゃん。今日はつれてかえるわよ」

 ぼくはうしろをふりかえりました。そこにはしわくちゃなかおで体がすごく

小さいおばあさんがいました。63さいのうちのおばあちゃんより年をとって

そうなのに、うちのお母さんより若そうなふくをきています。

 みいちゃんは体をびくっとふるわせにげようとしましたが、おばあさんが

びっくりするくらいのすばやい動きでみいちゃんのしっぽをつまみました。

 「さああ、みいちゃん。おばあちゃんちに行きましょうね」

 おばあさんはそういってらんぼうにみいちゃんをネコようのバッグの中に

入れます。みいちゃんはがりがりおばあさんの手をひっかきましたが、おばあ

さんはすましたかおでバッグのチャックをとじました。

 そのようすを見ていた向かいの内田さんのおばさんは

 「これから寒くなるし、いつまでもここにいたらみいちゃん死んじゃうわ。

 みいちゃんのためにもこれがいいのよ」

 といいました。

 ぼくもそうおもってかなしいのをがまんしようとおもいましたが、バッグの

中からきこえるみいちゃんの

 「みいみい」

 という声をきいて気がかわりました。

 ネコが好きなおばあさんだというのに、ネコをあんなにらんぼうにあつかう

でしょうか。

 ネコが好きなおばあさんだというのに、ネコのしっぽをひっぱるでしょう

か。そしてみいちゃんがあんなにいやがるでしょうか。

 ぼくはおばあさんのあとを『びこう』することにしました。


 『びこう』というのは人のうしろをこっそり、あとをつけることです。

 この前、学校のとしょかんでよんだ本に出ていました。ぼくはその本の主人

公の少年になったみたいでどきどきしています。

 おばあさんは通りをこしてとなり町まで来てしまいました。ぼくはおばあさ

んが歩くのがおそいのでうっかりおいついてしまいそうになり、ぼくも少し

ゆっくり歩くことにしました。

 『びこう』というのは少しはなれて歩かなくてはいけないからです。

 ときどき、おばあさんがうしろをふりむくのでびっくりしました。ぼくは

そのたびに、でんちゅうにかくれなくてはなりません。

 しばらくして、おばあさんは小さなたて物の中に入って行きました。

 そのたて物はレンガで出来た古くさい家でした。かべにはつたがはっていま

す。

 ぼくはこれからどうしたらいいかかんがえました。げんかんから入るとおば

あさんに見つかってしまうので出来ません。

 家ぜんたいを見回すと庭の方にぼくの背がとどくところに窓があります。ぼ

くはそこの窓から中をのぞくことにしました。

 しんちょうにおばあさんの家のまわりをつたって庭の方に出ました。ゆっく

り窓までたどりつくとぼくはそのはしっこから中をのぞきこみました。これだ

けでも足がぶるぶるふるえました。

 家の中は少しうす暗くてはじめは良く見なかったけど、だんだん目がなれて

きました。

 中には大きな丸いテーブルがあって、その上には大きなカゴが2つありまし

た。

 1つのカゴはふたがあいていました。中にはなにも入っていません。

 もう1つのカゴはとじていて、中にはなにか生き物が入っているみたいです。

ときどき、ごとごと動くからです。だけど、カギがかかっているので、中の

生き物は外に出られないようになっているみたいです。

 しばらくするとおばあさんがその部屋に入ってきました。

 おばあさんはバッグをテーブルの上にどんとおくと、中からみいちゃんを

とりだし、あいているカゴの中にらんぼうに入れました。

 そしておばあさんは大きな口を『にいっ』とつりあげるともう1つのカゴを

あけました。もう1つのカゴにはみいちゃんとは別の子ネコが入っていました。

 おばあさんはその子ネコをとりだしました。そのネコはにゃあにゃあいって

おばあさんの手をひっかきましたが、おばあさんはなんとも感じないようです。

 そしておばあさんはテーブルの下にあったナイフをとりだしました。

 ぼくはどきどきしました。

 あのナイフはいったいなんにつかうのでしょうか。

 子ネコにナイフをどんなふうにつかうのでしょうか。

 おばあさんはぎらぎら光るナイフをぐうっと上にもちあげました。そして

ふりおろしました。

 ナイフはぐさっとその子ネコにつきささりました。

 子ネコは

 「ふぎゃああ」

 とさけんで血をいっぱいだしました。

 ぼくはこわくなってにげだそうとしましたが、体がふるえて動きませんでし

た。体が自分のおもうように動かないことがあるってはじめてしりました。

 おばあさんは真っ赤になった自分の手なんか気にせずにネコを台所の方へ

持って行こうとしています。おばあさんはネコを食べようとしているのです。

あのかわいいネコを食べようとしているのです。

 ぼくの歯はがちがちいっていました。あの子ネコの次はみいちゃんです。

 あのみいちゃんがナイフでさされて、血をどくどく出して、あのおばあさん

に食べられてしまうのです。

 ぼくがミルクをあげると

 「みいみい」

 といってぺろぺろなめていたみいちゃんが死んじゃうのです。

 ぼくはにげたかったけど、にげたらみいちゃんは死んじゃうのです。

 ぼくはセーブマンをおもいだしました。セーブマンはいつも悪いやつとたた

かっています。きっといつもすごいこわいのでしょう。

 今のぼくみたいに。

 だけど、いつもがんばって悪いやつをやっつけているのです。

 ぼくは勇気をふりしぼって足もとにあった石を持って窓をがらあっとあけま

した。

 そして

 「うわああ」

 とさけんで部屋の中にとびこみました。

11月15日 水曜日 はれ

 あのあと、けっきょくぼくはみいちゃんをたすけ出しました。近所の人が

あまりにさわがしかったのでおまわりさんにつうほうしてくれたのです。

 おばあさんもぼくもけいさつにつれていかれました。

 おばあさんはネコをころしたことで、ぼくは人の家にかってに入ったことで

おこられましたが、おばあさんもぼくもけいむしょに入れられずにすみました。

 おまわりさんはちょっとこわかったけど、すごくやさしかったです。

 ぼくにはおばあさんがつかまらなかったのはふしぎでしたが、のらネコを

つかまえて食べるだけだったので、ほうりつにはふれないそうなのです。

 あとでそのおもわりさんからきいた話なのですが、あのおばあさんは昔、何

日も食べ物が食べられなくて死にそうなとき、つかまえたのらネコを食べたこ

とがあって、それ以来ネコを食べるのがやみつきになってしまったそうです。

 でも今回のことで反省してもう2度とネコは食べないそうです。

 さて、みいちゃんはどうなったかといいますと、あいかわらずうちのとなり

 「みいみい」

 とないています。少し大きくなったような気がします。そのうちまただれか

がひろっていくかもしれませんが、その日まで大事にかわいがって行こうと

思いました。

 ぼくはみいちゃんのあたまをなでました。

 みいちゃんは

 「みい」

 といって目をほそめて、ぼくの手に体をこすりつけました。


あとがき
 この話はウチの姪と甥をモデルにして書きました。実際は姪と甥の年齢は逆で

すが。私の創作が入っているのはおばあさんが猫を食うところです。それ

以外は全部実話。どちらかというと大人によませる童話ではなく、子供に読ま

せる童話を意識して書きました。隣の野良猫一つとっても冒険は転がっている

んだよ、というメッセージを込めたつもりです。

あと、イギリスのことわざで「おいしくないのは猫の料理だ」というのがある

らしいことを付記しておきます(笑)