HIPPO 井内(アチャヘ)Famille Carta

※新世紀を記念して、アチャヘFにしましょう!!

No153(2001.2.8)


 新世紀を、インドという国で踏み出しました.早く…みんなにおたよりを書きたいと思いながら2月になってしまってごめんなさい!!
 私、左の地図、ちょっと気に入っています。(コッキリ注:もとのカルタではインドネシア、モンゴル、インドを含んだアジアの地図が載っています。) インドって、遠い国かしらと思っていたのに、なんか、アジアのすぐお隣の国だったのですね!!Let's go India!というのを“チャロ ヒンドゥスタン!”とヒンディ語で言うのですが、この地図を見ていると、何と、タジギスタン、アフガニスタン、パキスタン、ウズベキスタン、カザフスタンetc.…〜スタンの多いこと!!
 HomeStayに入ってヒンディ語を聞いていると、アラビア語と似た音がいっぱいあるのです。例えば大丈夫!をムシキラ!と言ったり、Sweetをハルワと言ったり…そうして、この地図を見るとアラビア海に面しているのですね!…又、マレーシア語やインドネシア語によく似た音もいっぱい!ハティは象だったり、ごめんなさいはマアーフィーだったり、タイ語の音のスワーイは豚だったり…又、この地図の右の方を見ると、ああ、お隣の国だったんだ〜と、一目瞭然!!…こうやって、はじめてのことばヒンディ語も、多言語で遊んでいると、すぐに口に出せてみんなに大喜びされ、可愛がられた、インドパイオニア隊の10人でした。
 そしてまさに、インドは多言語の国!!みんな、日常会話は(家族同志でも)時にヒンディ、パンジャプ、そして時に英語と、相手に通じさせる道具が“ことば”で、別に何語でもいいという感じ。英語だって、多くの人達がインドなまりで、発音などおかまいなく、堂々とわたり合っているので、日本から言った10人もすごい勢いでしゃべりまくっていて(日本を出る時はボクは英語が苦手でーと言っていた人も多かったのに)、これ程英語をしゃべりまくっているグループは見たことがないなぁと思いました。みんな、ことばがとても上手になりました。特に英語が。−この事は、多言語という沢山のなまりの中に放りこまれた時、誰もが勝手な音で人と通じ合おうというシンプルな部分のみが見えてきて、相手がどんなに訛っていようと、その言葉のウラにある“何かを言おうとしていることだ”を解ろうとしてくれるので、とても心地よく、(アメリカやイギリスではちゃんと英語をしゃべらないといけないという強迫観念にとらわれて、結局は英語(ことば)が出せなくて、帰国する人が多い)何とか、かんとか言っているけど、中学、高校、それ以上−と、一番日本人にとってなじみの深い音の英語が自然にみんなの口から飛びだしてきたのでしょうんね!!−
 でも同時に思ったのは、Host家族達の心からの歓迎の気持の暖かさでした。みんなインドが初めての人ばかり(1人…バードのみ2回目)だったのに、10人が10人とも誰も下痢しなかった…いつもミネラルウォーターを持ち、家庭料理で辛いのもあるけど、あまり辛くないのも多い!!ニューデリーのファリダバドという所のホスト達はすごい大きなお家ばかりで、日本から行った私達にとってはマハラジャの家!!コキリの家など150人位の人が集っても、そこで歌い踊りまくっても平気!!清潔!!2ヶ所目のムンバイ(ボンベイ)から少し離れた所のプネでは、それ程の大きな家ばかりではなかったけれど、歓迎の気持と暖かさは大きくて誰もが可愛がって頂き大感謝でした。
 この受け入れ団体は、AOTSの同窓会で、これは、土日で1泊ホームステイをしているTKC(東京)、YKC(横浜)、CKC(中部)、KKC(関西)などの人達が自分の国へ帰って作ってくれている団体で、HIPPOでは約15年位前からみんなで受け入れをしていますが、その時にHIPPOのHomeStayを体験してくれた人や、そうでない人も混ざっていて、自分達が研修させてもらった企業や日本政府に対しても、心から感謝している人達です。ここでもやっぱり、みんなのお蔭だなぁと感謝しました。でも、パイオニア交流なので、10人みんなで力を合わせて、何度もWhat's HIPPO(ヒッポ キアーヘ?)をやりました。全国から参加してきているので、成田で会うのが初めての人も多かったけれど、皆、HIPPOのメンバーなので、会った時からTapeを大波で言ってみた…準備の段階でファミリー訪問し合っている人達はまるで自分のファミリーのメンバーの気持。…そうでない人もEmailのやりとりでお互い、解り合っている所もあり…何もない所から、みんなで創る交流、HIPPOを伝えようというものがあったので、みんな全開で自分を出し、自分の出来る多言語で、お互いに助け合いながら創っていった“HIPPO キアーヘ?”のお蔭で、とてもとても仲良し(早く)になりました。
 年代も20代〜60代、HIPPO歴も1年位〜20年と大きな幅のGroupだったけど、みーんなが平らで嬉しい交流になりました。
 フクローが帰国の時に言ったことばが印象的。“すごーく楽しかった!!大学生交流で行った韓国よりずーっと平らで気持良かったなー!!”
 (世の中、一般的には年令が同じだと平らだと思っているけど、人間の平らというのは(自然は)違いを認め合い、尊敬し合って、その中にお互いに人間として同じだなぁと感じること、なのでしょうね!! これは、多言語の自然習得をしている人間でないと(頭だけでなく)身体で解ることはできないことだと思うのです)
 インドでは、沢山、驚くことがありましたが(お父さんもお母さんも、どんなエライ人も踊るマハラジャだったとか…etc.…)一番心に残った風景は、1つの道路上に、野良牛、野良豚、野良犬、野良ヤギ、そして野良人間が混って、その中を自動車やリキシャ(三輪自動車)、自転車が走りまくる。時々、象やラクダも混じる…そしてメチャクチャに見えるんだけど、1人1人が“自力”で“今”の自分を生きていて、何か活力があって、ハーモニーがあるのです。沢山のことば、沢山の宗教、文化が長い歴史の中で存在しているこの国は、“自然”の見本かも知れません。


(コッキリ注:実際のカルタには、2月3日に保谷小学校で行なわれた国際理解教室の新聞記事(読売新聞2月4日朝刊・多摩版)のコピーが、ここにありますが、インターネットでは省略します。)
 3ヶ月位前、保谷小の有澤校長先生から、HIPPOで国際理解授業をして欲しいと依頼されて、JICAのHOMESTAYも入れながら…と、いろいろ段取りをしてきましたが…やっぱり普段のHIPPOの活動が、そのまま反映してとても楽しい授業になりました。各国の人達も、日本へ来て一番楽しい思い出となったし、一生この家族のような出会いを忘れない、と熱く語ってくれました。
 それにしてもSADAの偉力はスゴイ!!と改めて感じました。200名近くの全員でやったSeven Stepsは最高!!どんな人ともアッというまに壁がなくなってしまうのです。又、小さい時からHIPPOで育った高岡まやちゃんの多言語のスピーチや、即席で校長先生の話や海外メンバーの通訳をしながら司会をしていった高校生のアッコ、“百聞は一見にしかず”と全てに感動して下さった校長、教頭先生!!より、今、教育をみんなで考え直す時ですね。自分の子供を大きく豊かに育てたいと思った時、やっぱり、その子供のまわりの環境作りなしには大木にはならないのです。家庭でやっているHIPPOだから、こんなにお父さんも一緒に入って、こんなに自然に子供達がいろいろな外国語を話すことに、先生達も、自分も一緒に遊ぶ仲間になりながら感じて頂けた様です。自分の学校でも、こんな授業ができたらいいのになぁと心から思った人は多いと思います。でも、土台はHIPPOの活動を家族でやってくれる人を、自分と子供達のまわりに日常的につくることしか、いい方法はないのです。それには、まず自分が腹をくくって、ことばと人間にむかうこと…そして友達にひと声かけてゆく勇気をもつことですね!近隣の田無でシエスタが、清瀬でりっちゃんが、新しいファミリーを立ち上げ、講演会を組んでいます。是非、一緒に創る人になって、ポスターはったり、ちらしを友達に渡したりしながら、自分のHIPPOを話して下さい。外へむかうことで、自分の中にあったことばに気づかされ、大きく成長することができるのです。


(コッキリより注)
 FELIZ INFORMACION(うれしいニュース)、ATTENTION PLEASE(お知らせ)、カレンダーは省略しました。

 このCartaは、わかちゃんが手書きで書いてみんなに配っているものを、僕が入力したものです。できるだけ原文に忠実にしてありますが、イラストは省略し、電話番号などの個人情報は伏せてあります。インターネットでも読むことができます。
URL: http://www2h.biglobe.ne.jp/~zou/news153.htm


2001.2.14
西武線地域・井内F・コッキリ

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