- 4月10日(月)
- いよいよ授業開始。朝8時前に起床、下宿での初めての朝食をとる。下宿の食事はまずい、という話を聞いていたが、それほどまずくはない、というより、おいしい(^^;)。山盛りのご飯(白いご飯)とスープ、それにメインの料理(肉だったり、魚だったり)、海苔、キムチ、ナムル2品、といったところ。朝から豪勢だと思ったけど、夕食より朝のほうが手がこんでいるのだった。
9時前、やや緊張しつつ大学へ行くと、事務室の前にクラス分けの名簿が張り出されていた。9時から10時の書き方の授業と、10時から1時の会話、聞き取りの授業ではクラスが違うのだけど、僕はどちらも4級のBクラスだった。
9時からの授業は、「書き方」が中心の授業で、先生はおもしろい女の先生。クラスメートは日本人が5人、メキシコ人1人、カナダ人1人、在カザフスタン韓国人1人、アメリカ人1人。この学期から新規に入ってきたのは、僕のほかに日本人の女性が1人だった。とりあえず自己紹介をしてから、授業。発音とか、つづりとか、そういう細かい点を勉強するのかと思っていたら、ぜんぜんそうではなく、かなりざっくばらん。韓国語はヒッポでやってきたので、文字を書く事はあまり慣れていなくて、かなり間違いが多いけど、まあ、話すとおりに書いていけば、8割がたはできる感じ。我ながら、よくこんなに書けるなぁ、と感心する。宿題はできるだけ出しません、と言っておきながら、出た(^^;)。
10時からの2時間は会話主体。ここでメンバーがちょっと入れ替わり、今度のクラスは日本人が5人、カナダ人1人、在カザフスタン人1人、アメリカ人1人、台湾生まれでアメリカ育ちの人1人、台湾人1人。先生は、この道10年のベテランの、女の先生。やはり自己紹介から始まったので、どうせやるなら、と、かばんの中に偶然入っていた(^^;)、紙しばいを出して、自己紹介した。まさか大学でやるとは予想していなかった。
会話の授業も、特に発音などの練習があるわけではなく(1級〜3級でやったのだろうか?)、テキストの例文を使って、学生どうしで会話をしつつ、習得していく、という感じ。これは、そんなに難しくはない。先生はやはり女性だった。宿題は出しません、といいつつ、やはり出た(^^;)。
12時からの授業は「聞き取り」の授業で、同じメンバーで、先生が変わる。先生はやはり女性で、フランスに留学していたということで、英語はわからないけどフランス語はわかると言っていた。聞き取りが主体の授業で、テープを使ってすすむのだけど、さすがに、これはついていくのが難しい。まだ韓国に来て1週間だから、しかたがないか。ここでも、宿題は出しません、といいつつ出た。
(でも、宿題に関しては、この週はこの日以外はほとんど出なかった。)
初日の授業はやはりちょっと疲れた。教室を出ると、岡本さんが待機していくれたので、一緒に図書館脇の喫茶コーナーへ。300ウォンのコーヒーを飲みつつ、あれこれ話をして、岡本さんは授業へ、僕は下宿に戻ってから、ちょっと竜山の電子商街へ。電子辞書を買いたかったのと、携帯電話でインターネットにつなぐ方法とか、LANカードとか、見たかったのである。しかし、竜山はあまりに広大で、適当に歩き回っているうちに疲れてしまい、なんだかもう、目的のものはどうでもよくなっていた。疲れたので、竜山をあとにし、鐘路にできたTZONEを見に行く。思ったよりこざっぱりとした店だった。さらに、歩いて世運商街も久しぶりに訪れてみた。
家に戻って、下宿で初めての夕食。いなり寿司のようなものと、キンパブのようなもの、それに汁物で、朝よりさびしい(^^;)。それからこれまた下宿で初めての洗濯。初めてなので、たまたまいたアジュモニの娘さん(らしき人)に聞きながらやってみたが、全自動なので、簡単。ただ、時間がかかるので、次回は洗濯しつつ、自分もシャワーをしてしまおう、と思った。(同じ部屋にある。)
宿題をして、寝た。宿題をするのに、HIPPOのソノコのテキストが非常に参考になった。
- 4月11日(火)
- 授業2日目。1時間目は「ガ、ワ、クリゴ」で、これもHIPPOのテープが思い出されて、なるほど、そういうことだったのか、と納得することしきり。
休み時間に、メキシコの人にスペイン語で、カザフスタンの人にロシア語で挨拶したら、びっくりしていたけど、みんな、韓国語で、「どこで覚えたの?」とか言ってて、頭の中は韓国語モードのようだった。
6級のクラスの人で、マレーシアの人がいるのを発見、ちょっと話をした。やはり、マレーシア語で話し掛けても、韓国語で返ってくる。
昼食は、学生食堂で食べてみた。まずいという前評判だったが、それほどでもなかった。
★左:学生食堂の定食。1400ウォンと激安。これはチャジャントッパブといって、ハヤシライスのようなものですが、韓国風中華料理だと思います。キムチもありましたが、食べないのでとりませんでした。★
夜は、城南のプンダンのファミリーへ。地下鉄のヤッタブという駅で、下宿から1時間半かかる。遠いけど、火曜のファミリーはここだけ。フェローのサラは、昔、ラボの時代からやっている人で、僕を見たことがある、とのことだった。旦那さんが脱サラして牧師になったという話を聞かせてもらった。サラは日本語も英語もよく話す。メンバーは4,5家族で、SADAをやって、アンジュセヨ。やはり日本語を話す人が多い。あと、フランス語とか中国語とかも飛び交う。来週は僕のために持ち寄りにしてくれることになった。帰りは、メンバーのシャロームの車で三成駅まで送ってもらった。
★左:プンダンのファミリーで。★
李大駅に着くと11時近くで、お腹が空いたので駅前のコンビニでカップラーメンを買うが、なんのことはない、家に帰る途中のうどん屋がまだ開いていた。ウドンとマンドゥを食べた。それぞれ2000ウォン。さらに驚くことに、家に着くまでにある店のうち、大半はまだ開いているのだった。
- 4月12日(水)
- 朝ご飯を食べていると、コドから電話。今日のファミリーへの行き方を教えてもらう。「新村から2号線に乗って、新道林で1号線に乗り換えて、ブピョンでまた乗り換えて、新ヨンス駅で降りて・・・」という説明。
授業3日目は、偶然にも、地下鉄でどこかに行く時の案内のしかたなどで、さっきの電話の内容そのもの。それと、地下鉄のアナウンスを印刷したものをくれて、11年間、毎年聞きながらもよくわからなかったアナウンスが氷解。
今学期、100名弱の学生が受講しているが、タイの人を発見。さっそくタイ語で挨拶。
さて、明日は選挙のため、全国的に休日。これはカレンダーには無い休み。僕は仁川のコドのファミリーに行って、そのあとコドの家にステイさせてもらことにした。電車に乗っていると、携帯電話が鳴った。誰からだろう、と思ったら、日本のわかちゃんからだった。実は出発前に、ファミリーニュースをFAXでLEX KOREAの事務所経由で僕宛にFAXで送ってもらうよう、頼んでおいたんだけど、FAXじゃなくて郵送で送りたいから、FAXで住所を教えてくれ、ということだった。コドの家にFAXがあったら送る、ということにした。それにしても、こうして話していると、日本にいるのと変わらない。(で、ファミリーニュースは翌週、無事に届きました。)
コドのファミリーは、やはり4,5家族で、小さい子が多くて、やかましくて、日本と同じ(^^;)。それと、九老でフェローをしているドナ、ドナの家にステイしているフランス人のマチュー、さらに、日本に遊びに行った時に、伊勢原のミントちゃん宅にステイさせてもらい、今回はじめて韓国のヒッポを見にきたというお嬢さんも来て、にぎやかなファミリーになった。
★左:フェローのコド(向かって左)と、日本に来たときにHIPPOを知ったというアガッシ。★
★右:今日、初めて紙しばいをしたというコドの息子、ヨハン。★
ファミリーの後は、コド、コドの息子のヨハン(これはクリスチャンネームだそうな。)、ドナ、マチューで、ピザハットで夕食。久しぶりの洋食は、とても美味しい。が、ちょっと食べ過ぎてしまった。
★左:ピザハットにて。マチューは典型的なフランス人で(?)、食事中に写真を撮るのを嫌がっていました(^^;)。★
家に帰ってから、日本のメンバー向けに、カルタを書いた。コドのナンピョンの会社から、わかちゃんの家にFAXで送ることができるそうだ。住所、電話番号、HIPPOのこと、下宿のこと、学校のことなどを簡単に書いた。コドのナンピョンは、かつて一緒にインドネシアに行った多摩のやっちゃんに似ていて、おもしろい人だった。夜遅くまで昔のアルバムを見せてもらったり、日本に仕事で行った時の話を聞いたりした。
- 4月13日(木・選挙のため休日)
- 寝坊して、10時過ぎに近所のメンバーと出発。手作り豆腐の店でアチョム(アチムパブ(朝食)とチョムシン(昼食)が一緒)を食べて、上陸作戦記念博物館、記念塔、隣の仁川博物館を見学。
★左:朝ご飯と昼ご飯を兼ねて、手作り豆腐を食べました。手前が豆のお粥、奥が豆腐。★
★右:博物館にて、コドの家族と。★
2時過ぎに、座席バスで新村へ帰る。
夜、FAXが届いたかどうか確認するのと、チョン君に連絡を取りたいのとで、わかちゃんに電話をした。チョン君というのは、数年前に日本に来ていた韓国の若者で、その時、一緒にHIPPOをしていたのだった。(ちなみに電話をかける時は、下宿から徒歩数分の電話ボックスまで行く。携帯でかけると高いし、音もよくないので。)が、まだファミリーから帰っていないらしく、不在だったので、後でまたかけよう、と思って歩き出したところで、携帯が鳴った。誰からだろう、と思ったら、そのチョン君からだったので驚き。土曜に会うことにした。
- 4月14日(金)
- 9時〜1時まで、授業。夜は、先週泊めてもらったリュウがフェローをしている新村ファミリーのメンバーの1人のオンマーがイタリアへ料理を習いに留学するとのことで、持ち寄りがあると聞き、出かけた。李花女子大学のすぐ脇のアパート。去年の夏、サバイ(東京・巣鴨プクプクFのフェローで、去年の夏の青少年交流のグループフェロー)がステイしたのも、このへんだったんだろうなぁ、と思いつつ行ってみると、まさにそのイタリアへ行くというオンマがサバイのホストだった。西江大学の外国語コースで9ヶ月イタリア語を勉強したということで、先輩である。あと、アラレちゃん(東京・板橋のフェロー)も、このへんにステイしたという話を出発前に聞いて、ホストの名前、住所をきいてきたのだけど、その人も来た。
去年の夏に韓国で撮ったビデオ、帰国直後のサバイのファミリーで撮ったビデオを持ってきたのだが、部屋においてあるのを思い出し、オンマの自動車で一度下宿に取りに帰り、みんなで見た。
★左:李大横の、サバイのホスト宅にて。手前、向かって左がイタリアへ行くサバイのオンマ。その後がアラレちゃんのオンマ。★
下宿で生活するにあたり、必要なものがあるか、ということで、冷蔵庫・・・これは冗談、テレビ・・・これも冗談、と言っていたら、アラレちゃんのホストが、家に小さいテレビがあるので来週くれる、とかいう話に。何でも言ってみるものだ。それと、机か、テーブルが欲しいと言ったら、別のオンマが「それならアパートの粗大ゴミ置き場にあるかも・・・。」というわけで、帰りがけにちゃぶ台をゲットした。
帰りはリュウの車で下宿まで送ってもらった。さらにコーヒーカップ、湯飲み茶碗も貸してもらった。すっかりお世話になっている。