97−02−12更新

スポーツと目・常識のうそ?

                    小澤哲磨  横浜逓信病院名誉院長 

  眼から入る情報量は厖大なものですが、それを支えている眼球運動系は大変精巧

 に出来ていて、日常生活のほとんどの場合、我々はそれを意識することもなく支障も

 なく過ごしております。しかし、極端な眼球運動を必要とする場合には、その上手下手

 が問題となってきます。日常生活では球技などのスポーツがこれにあてはまります。

 眼球運動は4っの型に分類することが出来ます.ある視点から、次の視点にジャンプ

 する運動ー衝動性眼球運動ーは大変速くて角速度が400度/秒以上になります。

  0. 1-0.2秒間の動きですが、動いている間は視覚が抑制されています.移動している

 物体をずっと継続して追視する運動ー滑動性眼球運動ーはかなり遅くて最大50

 度/秒程度です。この運動よりも速い速度で物体が動いた時は視標の遅れを取り戻

 すために衝動性眼球運動が発現します。近くを見ようとすると目が内側に寄ってき

 ますー輻輳ーが、これも独立した運動系です。この3っは随意的な運動ですが、

 もう一つ反射運動として前庭眼反射があります。これは頭が動いたら逆の方向に

 眼を動かす反射で視線を出来るだけ元の位置に保ち安定した視覚情報を得られる

 ようにしています。

  スポーツでは頭を動かすな。ボールから目を離すなとよく言われます.衝動性

 眼球運動中は視覚が抑制されて視機能が十分には発揮出来ません.また、頭を動

 かすと前庭眼反射で視標を保つ必要がでてきます。中枢神経系はからだを動きの

 制御に時間との勝負で忙殺されていますから、なるべく別の仕事はしたくありま

 せんし、やると両方とも精度が落ちてしまいます。スポーツで頭を動かすな、球

 から目を離すなということは真実です。でも球足が速ければどうなるでしょうか。

 野球の場合を考えてみますと、ボールは打者の正面ではなく横を通りますので、

 ボールを追う視線の角速度は投手の近くで遅く、手元では大変速くなります。

 従って、途中からは視線は球に追いつかなくなってしまいます。打者はボールを

 見ないで打っているのでしょうか。そんなことは有るとは思えません。また

 ホームランを打つ場面が新聞によくでていますが、画面からは、打者はボールが

 バットにあたる所をしっかりと見詰めているようです。視線が遅れる筈のところ

 が遅れないで見ていることになります.これはおかしいと実験をした人が

 います(Bahill,1984)。それによると、プロの選手は一般の人よりも倍も速く

 滑動性眼球運動が出来るそうですが、それでも追視しているとやはり視線は遅

 れてしまうそうです。何かうまい解決方法が有りそうです。. 実測してみると,

 上手な人は眼はずっとボールを追視してはいません。 途中から衝動性眼球運動

 でボールよりも先に打撃点に視線をもって来るそうです。待ち伏せ状態です。

 勿論、この運動では予測が大事でそれが間違うと、とんでもないことにはなります。

 しかし、速いボールに対処するには、これしかないようです。

  ボールから目を一度離しましょう。これで少し上手になるかもしれません。

 試して見てください。 (本文は神奈川区医師会報1996−5に掲載したものです)

 うまくいきましたらメールをください。 mail to editor

 文献:Bahill,A.T. & LaRitz,T. :Why can't batters keep their eyes on the ball?,  American Scientist 72:249-254,1984


スポーツ中の小児の眼外傷

1.はじめに
 スポ−ツ中に球や身体の一部が眼に当たって生じるスポ−ツ外傷は日常で しばしば経験される。外傷の特徴として重篤な後遺症を生じることも珍しい ことではなく、その予防が極めて重要なことであるが、小児の場合には更に 一時的な外傷による視機能障害によってさらに弱視や両眼視機能の喪失など 中枢性の視覚異常をきたし、外傷自体は治癒しても視機能障害が残ってしまうことがある。 これは年令が低い程起こりやすいもので、その予防も考慮に入れた外傷の早期治療が小児の場合特に必要である。

2.外傷の種類
 小児の眼外傷における原因をみると穿孔性のものは、おもちゃ、刃物、 ガラスコップ、水中メガネ、鉛筆、おもちゃ鋏、コンクリ−ト、物差し(石垣) などが上位を占めている。水中メガネがどのような取り扱い方で外傷を生じた ものかは不明であるが、ほとんどの場合、日用品が原因となり、スポ−ツ中 の障害は少ないと判断される。
 大部分は鈍的外傷によるものであり、前方から打撲されると眼瞼、角膜、水晶体など前眼部の障害を生じるのは当然のことであるが、眼球、眼窩の解剖学的特徴により眼底に外力が伝達され視力低下を生じたり、眼窩内圧の上昇、眼窩骨の変形により、眼窩床の骨折(Blow out fracuture、吹抜け骨折)を生じる。また、眉毛の外上方を打撲すると、その力が視神経管に伝達され、視神経管骨折による重度の視力低下を生じてしまう。

3.スポ−ツの種類
 これまでの報告では、軟式野球、サッカ−、ソフトボ−ル、硬式テニスなどは眼外傷の上位を占めている。しかし、調査を行なった時期や地域により上位を占めるスポ−ツの種類が異なってくる。鈴木等(名古屋大)によると、昭和51−53年と昭和55−57年とでは明らかに異なり、サッカ−は7%から25%に、軟式野球は42%から20%に変わってきている。木村によると57年には野球52%、サッカ−21%であったが、61年にはサッカ−が52%、野球が41%と逆転をしている。近年のサッカ−ブ−ムを考えるとサッカ−ボ−ルによる受傷の機会は更に増加していると考えられる。
4.スポ−ツの種類、疾患、重篤度の関連
 眼球打撲では、外力の大きさ、方向、接触面積、作用時間などが眼外傷の程度を決める主要な因子となる。野球ボ−ルを基準とすると、サッカ−ボ−ルは低速、重量大、接触面積大、作用時間大という特徴があり、バトミントンのシャトルコックは高速、軽量、接触面積小、作用時間少という逆の特徴を持っている。このような因子がその時々の状態で大きく変わってくるので、スポ−ツ外傷での眼外傷は多種多様である。
何が重篤であるか簡単に定義はできないが、頻度が多く非可逆的な、あるいは治療の困難な視力の低下を生じる疾患として多いのは眼底の障害、視神経の障害、長年月の治療が必要な続発性緑内障、視力の低下はないが複視を生じることで日常生活に著しい障害を与える眼窩底骨折などが重篤なものとしてあげられる。

サッカ−:サッカ−ボ−ルによる眼外傷は、しばしば視力の低下をきたす。木村等によると至近距離でのキックが直接眼球を直撃するもので、網脈絡膜萎縮、黄斑円孔など予後不良の重度の視力障害を生じてしまう。特に中高校生に比べ、小学生に頻度が多く事故を生じることなどをよく理解して指導に当たる必要を強調している。
野球:野球の場合は、眼底障害を生じる場合はサッカ−に比べやや低くなるが、眼窩底骨折、視神経管骨折など他の障害を生じる機会が増える。サッカ−による黄斑円孔では、視力は0.1程度であるが、野球の場合、更に強い視力低下を生じる例が多くなる。

眼底障害:網膜、視神経は再生力が全くないので、ある程度以上の損傷を受けると、その変化は非可逆的となる。網膜では、その中心部分である黄斑部が視力及び色覚の機能を持っているため、サッカ−などによる黄斑円孔を生じると視力は0.1前後になり、色覚も障害される。この変化は、非可逆的で視力の改善は望めない。外力は視神経乳頭部分に集中すると視神経線維束に障害が及ぶ。この場合も非可逆的な変化となる。
視束管骨折:眉毛外上方部を打撲すると視神経管部への外力伝導により、視神経障を生じ視力、視野ともに障害を起こす。谷口等によると小児視神経管骨折88例では約10%がスポ−ツ中に生じている。視束管開放術の早期の適応が望まれるところであるが、術前より2段階以上視力が改善したのは60%弱である。術前の視力が悪いものほど予後不良である。
眼窩底骨折:眼球、眼窩前面からの鈍的外力により眼窩内圧の上昇、眼窩の変形により骨のうすい眼窩床に骨折を生じ、さらにその間際に眼窩内の軟部組織が入り込む。このため主に下直筋の伸縮に制限による複視を生じる。スポ−ツ外傷中2〜5%の割合を占めている。小児の眼窩底骨折の中ではスポ−ツに起因するものが約30%を占める。
スポ−ツ中の人体との接触によるものが2/3 、スポ−ツ用具によるものが1/3 を占める。小学校から高校まで同じような比率で生じる。3才以下ではスベリ台、ブランコ、鉄棒からの転落事故が多く、年少者では自分の膝で眼部を打撲するという、大人では考えられないような起因もある。早期治療が重要である。
5.予防
 スポ−ツ中の眼外傷には重篤なものは珍しくない。適切な保護眼鏡具の着用が望まれるところである。

文献: 岩垣厚志 等:小児の穿孔性外傷について.臨眼 47:766-767,1993.  鈴木敬 等:名市大におけるボ−ル眼外傷の統計的観察.眼紀 34:1105-1110,1983。 長坂誠 等:ボ−ル眼外傷による三角症候群の13例.眼紀 38:1339-1344.1987。 鈴木敬 等:名古屋市立大学におけるボ−ル眼外傷の統計的観察( U).眼紀 37:615-619,1986。 笠置裕子:最近4年間におけるスポ−ツ眼外傷の統計的観察.眼臨 7:1241-1245、1951。 谷口重雄:小児の眼外傷について.眼臨 81:76-82,1987。  横山公章 等:Blowout fractureの原因と予防について.日災医 28:699-702,1980。  木村肇二郎:スポ−ツによる眼外傷.眼科。   MOOK 39:10-21,1989。  船田雅之 等:教室における最近5年間のスポ−ツ眼外傷の統計的観察.眼臨 79:1509- 1511,1985 。 木村肇二郎 等:学校スポ−ツにおける眼外傷の重傷例についての検討.日災医 37:693-697,1989。 石井正彦 等:最近3年間におけるスポ−ツ眼外傷の統計.眼臨 79:1287-1289,1985。  小澤哲磨:眼科領域.臨床スポ−ツ医学 8: 153-157,1991 。

(小児科診療57:11号1946−1949,1994掲載)


                      

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