99-10-12追加

レーザポインタと色覚異常

三楽病院 眼科部長 岡島 修

1.色覚異常者と社会環境
1994年に進学用調査書の色覚欄の廃 止という形で、国立大学の全ての学部 の入学基準から、色覚異常の項目がは ずされた。多くの公立・私立大学がこ れに続き、現在では大学入学に際して の制限はほとんどなくなっている。長 い間「理科系は無理」とされてきた色 覚異常者にとってこれは画期的な改革 であった。色覚専門外来を担当してい ても、これを聞いた本人や家族が示す 深い安堵感からそのことが痛感される。
このように色覚異常者の大学進学に 関しては、学校側による厳しい制限の あった時代から、受験者の自由意志に よる選択へと180°転換した。その背景 には一部の眼科医の、色覚異常者は学 業や業務遂行上なんの問題もないとい う主張があった。しかしこの主張は行 き過ぎである。筆者らのものを含めた 多くの論文が示す通り、色覚異常者は 色誤認をする。そしてその一部は彼ら の社会生活に少なからぬ影響を与える。
 これまで制限されていた職業に就い た色覚異常者は、各々が工夫をし、一 見なんの支障もなく仕事を遂行してき た。筆者らがかつて行った色覚異常の 医師に対するアンケート調査でも、そ れがうかがえる。  
しかし最近、コンピュータのカラー 化が色覚異常者の社会環境の悪化に拍 車をかけている。日常的には、遊びに 使われるゲームソフトの一部や、天気 予報の気温分布・選挙速報などで見ら れるTVの色分け表示には、色覚異常者 に識別の難しい色の組み合わせが目立 つ。筆者らにとって身近な医療機器で も、同様のコンピュータ処理画像を使 う機種が増加している。また職業上の 影響も大きく、企業や学会で使われる プレゼンテーション用のスライドから 一般事務に至るまで、カラー化したコ ンピユータを使いこなすことが要求さ れるようになった。このため色覚異常 者の社会適応の問題は、特定の業種か ら社会全般に広がった感がある。これ は深刻な事態であり、その村策にディ スプレイ上の色を測色して数字で表示 するソフトを開発した色覚異常者もい るほどである。  
色覚異常者は日本人男性の5%、女 性の0.2%を占める。彼ら自身の努力が 重要であることはいうまでもないが、 進学・就職時の制限がようやく緩和さ れた硯在、彼らの活躍を再び阻まない ためには、無意味な色の濫用を避け、 色によって情報の伝達が妨げられない よう、社会全体が変化する必要がある と筆者らは考えている。
2.色覚異常者の色誤認

3. 見やすいスライド使用色

4.レーザポインタについての要望
 前略
 問題になるのは、レーザ光の波長、 輝度および面積である。面積は大きい 程良い。大さすぎると使用目的に合わ なくなるが、仮に現在の2倍になれば、 波長、輝度が変わらなくても視認性は 改善される。輝度も高いことが望まし い。筆者が非常勤講師をしている某医 学部で、学生側から「A講師のポイン タは暗くて見にくい。教室備え付けの ものを使うよう指導してほしい。」と の要望が大学当局に寄せられた。機種 や電池の消耗度によっては輝度に差が 生じ、色覚正常者でさえ見にくくなる ことを示すエピソードである。まして 色覚異常者には、輝度の低下は大きな 影響を与える。
 現在のレーザポインタには赤が使用 されているが、人間ではこの波長域に 対する感度が低く、黄などと比べると 同じエネルギーでもはるかに暗い色に しか見えない。さらに色覚異常者にと つては飽和度も低く感じられるため、 背景が暗い青や黒の場合には、小さい 赤は視認が困難となる。
 これに比べて黄は明るい上に、蝕和 度も色覚正常者と同様に知覚され、暗 い背景では非常に見やすい。ただし背 景が白であったりオーバーヘッドプロ ジェクタに使われる時には、明度差が 減少し視認の難しいことがある。色覚 正常者でも白内障があると黄の飽和度 が低下するため、その傾向が顕著にな る。このような場合には、色覚異常者 にとってやはり飽和度感覚が正常者と 差のない青の使用が望ましい。
 色覚異常者の立場からは、黄と青の 可変のレーザポインタというぜいたく な提案をしてみたい。背景色によらず 比較的視認しやすい、輝度の高い 590nm付近のオレンジが次善の案である。

                       optonews 1999 No.4(光技術振興協会発行) より


 スライド使用色に関する学会への提言

岡島修 (三楽病院)  中村かおる(女子医大)

 再び,スライド使用色に関する提言を行う。
 近年,色覚による大学入学制限が著しく緩和され医学をはじ めあらゆる分野に色覚異常者が進出してきている.社会の側には 彼らを受け入れる環境の整備が要求されることは当然であり,ス ライド使用色の問題もこの一環として考えるべきである.
 第51回臨床眼科学会において,我々は色覚異常者の立場から スライド使用色の現状を検討し,見やすいスライド作成について の問題提起を行った.その後は多色使用の欠点を意識したと思わ れるスライドも散見されるが,一般に未だ事態が改善したとは言 い難く,色覚異常者への配慮は十分に浸透していない.
 今回我々は,学会のスライド規定に次の項目を付記することを 提案したい.
 色覚に異常のある参加者のため,次の点に留意して下さい.
  1.使用色の数は最小限にとどめる.
  2.黒・白・青・黄を基本とする.
  3.赤と緑の同時使用は避ける.
  4.色以外の情報を付加することが望ましい.
 今後は眼科学会のみならず,多方面の学会に向けて啓蒙を拡大 する必要がある.

  色覚異常者におけるコンピュータ処理画像の間題点

中村かおる(女子医大)   岡島修 (三薬病院)
 フルカラー表示のコンピュータシステムが急速に普及している が,色先異常者には判別しにくい色の組み合わせも少なくない.  この間題は,進学・就職制限が大幅に緩和され色覚正常者と同 様の社会進出が可能となった色覚異常者に多くの業種で深刻な影 響を与えている.
 医用検査機器にも疑似カラー表示を採用した画像が急増してお  り,色覚異常者の混同色が段階的に用いられることが多い.今回 はいくつかのコンピュータ処理画像の問題点を色覚異常者の立場 から検証した。
 眼科検査機器のうち,Optical Coherence Tomography(OCT)や レーザースペックル画像では面積の小さい赤・黄・緑が点在し, 色覚異常者には場合によっては判別困難であった.
 一方,各種核医学診断装置や超音波診断装置にも多彩な色が用 いられているが,ほとんどの場合,表示される色は任意に変更可 能である.従って色発異常者にも見やすい色の設定は容易である が,得られたデータを学会や医療チームで共有する際には赤・ 黄・緑が多く用いられ色覚異常者に対する考慮が全くなされて いないのが現状である.
 コンピュータ処理画像の使用色が色覚正常者の利便性に沿って 決められるのは,ある程度はやむを得ないであろう。しかし色覚 異常者の見やすい色について社会に注意を喚起することは重要で ある.

(日本臨床眼科学会1999抄録より)


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