作 山下泰昌
序
大理石のように硬質な印象の石材で囲まれた空間だった。
調度品はほとんどなく、床の上に敷いてある薄い布だけの冷めた印象のだだっぴろい部屋だった。
その他、部屋に存在するのは二人の男のみ。
一人は敷き布の上に足を組んで座っている老人だった。もう一人はこの国特有の幾重もの布を重ねて作った民族衣装を身に纏っている中年の男。異質だったのはその民族衣装が黒と白のみの色調で統一されていたこと。茶系統を好むこの国の伝統から考えるとかなり異質であった。
一方、布の上に座している老人は粗末な貫頭衣を着込み、その両の目を閉じている。
否。
閉じていた、のではない。自ら閉ざしていた。まるで禍禍しい悪魔でも封印されているがごとくその両の目は縫いつけられていた。
「何者か」
だが何も見えないはずなのに老人は落ち着いた声で、そう誰何する。
民族衣装を身に纏った中年の男はそれに対して何も答えようともせずに、ゆっくりと老人に近づく。気配が近づいてくる中、老人はあわてる様子もなく言葉を続ける。
「そこまでして求めなければならぬ力とは一体なんなのか?」
男は歩を止めた。そして意外そうに片方の眉をつり上げる。
「分かっているのか」
老人はそれには答えず、沈黙している。男はそれを肯定と受け取った。
「さすがは『目』だ」
そして嬉しそうに頷くと、何かを呼び寄せるかのように右腕を大きく振った。
忽然と、男の隣に一人の女性が現れた。赤毛の長い髪が印象的な女性だった。女性は男の余裕のある表情とは対照的に緊張の面もちで立ち尽くしている。
「行け、『盗人』」
盗人と呼ばれた女性はこくんと頷くと老人に近づく。そしてまるで老人を抱き締めるようにふうわりと両腕を広げた。
「な、なにを」
老人は思わず呻いた。だが次の瞬間、老人は我が身に何がなされたかを悟ることになる。
「!」
老人は声にならない絶叫を上げた。その見えないはずの両の目を押さえて「見えない。見えない」と連呼していた。
そんな老人をまるで嘲るように見下ろしていた男は隣の女性に問う。
「どうだ」
女性はまるで何かを咀嚼するような動作をしながら答える。
「まさしく。『神の目』です」
それを聞き、男は初めてその顔に笑みを浮かべた。そう、邪なる笑みを。
「行くぞ」
男はそう一言だけ言い放つと一瞬にして女性とともにその部屋から風のように姿を消した。空気の中に焦臭さい匂いが漂った。
部屋にはその目を押さえ、うめき、のたうち回る老人だけが残されていた。
一
「そこそこ! そこで魔法だよ!」
クラシカルな曲をバックに爆発音やら擦過音などがテレビから聞こえてくる。
慣れない手つきで必死にコントローラのボタンを押しまくる。
「ああ! もう! 何だって言った通りにしないかなあ! 次のターンでそいつ変身しちゃうんだって! ほらあ!」
北村の言う通りに画面の中ではサブキャラ的存在だったモンスターが画面一杯に膨らんで来る。それと共に今まで必死こいて減らした敵のヒットポイントやマジックポイントが完全復活する。汚ったねえ、インチキだ。
「ええ? 何でそこで攻撃するの? うわっ、莫迦! ほら、やられちゃったじゃん!」
派手な爆発音と悲しげなメロディーに送られて、俺の使っていたキャラクターは戦死した。画面一杯に『続けますか?』の文字が現れる。
「やってられっかあ!」
俺はコントローラを床に叩き付けた。
「ああ! 俺のゲーム機に何すんだよ!」
北村は俺の顔を一睨みすると大事そうにコントローラを拾い上げた。
「話題作だからやってみたいって言ったのは俊輔じゃん。勝手だよな」
北村はそう言って慣れた手つきで自分の記録をロードする。
ゲームが再び始まった。電子音が俺の部屋の宙空をくるくると回り出す。
俺の名前は神山俊輔。私立C第一高校という男子校に通う高校二年の十七才だ。
今日は二学期最初の日。
つまり昨日までは夏休みだったというわけで、俺たちの気分は超最悪だった。
またいつもと同じ日常。朝、早起きして遅刻しないように学校に行って、約一時間事の拘束を受けて、ある一定の課題を授けられ、そして一日が終わる。
耐えられない閉塞感。なぜ、自分の人生がこうまで拘束されねばならないのだろうか。
こんな息苦しい生活が再び三ヶ月近くも続くのだ。
だから、こうして悪友の北村伸司を家に呼んで、今話題のゲームを持ってきて貰って、これから始まる二学期のことを忘れようと努力しているのである。
よく、夏休み明けに教師が「夏休み気分が抜けていないな!」などと言って怒るが、俺らとしては一年中『夏休み気分』でいたいのである。だいたい、毎日『夏休み気分』でいて何が悪いのだろう。毎日が楽しく過ごせればそれは素晴らしいではないか。
「でもさあ」
北村が視線をテレビ画面に向けたまま呟いた。
「現実にこんなRPGみたいな冒険してみたいよなあ。怪物を倒して、人々に感謝されて、お姫様と恋に落ちて、みたいなさ」
北村は憧れに満ちた目で更に続ける。
「一度でいいからさ、こんな風にワクワクする展開に遭ってみたいもんだよな。退屈な授業や試験の毎日じゃなくてさ」
ぎくりと俺は一瞬、身体をびくつかせた。北村に今の挙動を気付かれなかっただろうか?
「うーん。でも意外とそういうのって身近なんじゃないか?」
俺は微妙に視線を逸らしながら答える。北村は怪訝な表情で画面から目を離した。
「そうか?」
と、その時だ。「俊輔ぇー。レイリアちゃんが見えたわよー」という俺のお袋の快活な声が俺の耳に聞こえて来たのは。
俺は大げさにのけぞる。
レイリア! よりによって、こんな時に?
俺は舌打ちして北村の顔をちらちらと盗み見る。
「ん? なんだ? 『れいりあ』って?」
北村が不思議そうな顔をしている。
北村にレイリアだけは絶対会わせちゃいけない。それだけは絶対に、だ。
「いや、別に、何でもねえよ」
俺はこれ以上はないというくらい動揺しつつも、素知らぬ振りをする。
「おい、なんか怪しいぞ。俊輔。女か?」
案の定、北村は余計な詮索をした。
女に飢えまくっている男子校生はこういうことには鋭い。俺は力技に出ることにした。 「いいから、さ、もうお前帰れよ」
「な、なんだあ? いきなり! このゲームの続きはどうすんだよ!」
「分かったから。さあ、帰れ」
「お、おい!」
俺はゲーム機本体を強引にテレビから引き抜いて北村の手に持たせると、ドアの方に押しやった。そしてそのまま、廊下へ、階段へ、階下へと押しやる。
「おい、おいおい!」
ずどどどどと階段を下りていく、というより落ちていく北村。
俺はそのまま、力士なみのつっぱりで玄関まで奴の背中を押していく。
「ちょ、ちょっと待て! 靴くらい履かせろ!」
と、その時。応接間のドアがガチャリと開いたのだ。
俺と北村は反射的にそちらを向く。
そこには女の子が立っていた。
いや、ただの女の子じゃない。とびっきり可愛い女の子だ。
その子は俺を見て、目を丸くした。
俺も驚いた。
腰まである艶のある長い栗毛の髪。吸い込まれるような漆黒の黒い瞳。すらりとした顔立ちに、優しそうな目尻。何もさしていないのにくっきり紅い唇。女性らしいゆるやかな曲線をおっとりと隠している異国情緒あふれる幾重にも重ねた薄い服。そしてトレードマークの日本ではそうそう見かけない模様のカチューシャ。
三年ぶりに見たその女性は眩しいくらいに綺麗になっていた。
たった三年でこうも変わるか、女って。
北村は彼女に軽く頭を下げたが、どぎまぎして俺の方を振り向く。
「お、おい。この娘は一体誰なんだよ」
「いや、その」
俺があわてまくっているのを後目に、彼女は優雅に、そして淑女のように会釈した。
「レイリア=アルケムスです。シュンスケの幼なじみです。はじめまして」
その時、レイリアの後ろからひょっこりお袋が顔を出した。満面の笑みを浮かべて。
そして、こう言った。ああ、言ったとも。
「そして、俊輔の許嫁よ」と。
「は?」
北村の視線はしばらく俺の顔とレイリアの顔を行ったり来たりしていたが、最後に俺のところで止めるとわなわなと口を開いた。
「い・い・な・ず・け・だとう!」
俺は右手で顔を覆った。
俺の平凡な高校生活はこの瞬間、終わったに等しかった。
俺は食堂のテーブルで不機嫌に頬杖していた。テーブルにはお袋と、レイリア、そして俺の三人が付いていた。北村は気合いで帰した。帰り際、何事か喚いていたがそんなことは知らん。三人の目の前にはよく冷えた麦茶がガラスのコップに注がれていた。おいしそうに汗をかいている。
「レイリアちゃん、ずいぶん日本語が上手くなったわね。それにとっても綺麗になって」
するとレイリアは照れた笑いを浮かべて、
「いやあ、そんなこと無いですよう。私こそ驚きましたよ。シュンスケがこんなに男っぽくなっちゃってるなんて思わなかったから」
そう言って俺の顔をじっと覗き込む。俺はあわてて目を逸らした。どうも調子が狂う。
「昔は私の方が大きかったのにね」
そう言ってぺろっと舌を出した。いちいち仕草が可愛い。これがあのレイリアか? 本当に変われば変わるもんだ、女の子って。
「ところで今回はいつまで居られるの?」
レイリアはお袋の問いにしばらく、うーんと悩んでから
「実はそのことなんですけど」
レイリアはそう言ってちらりと俺の方を見た。
な、なんだ?
「ちょっと私的に相談があって来たもので」
「え? もしかして?」
お袋は声のトーンを一段跳ね上げて、嬉しそうに言った。
「けっこんしきのひどりの……」
「ちがうだろ!」
「ちがいますっ!」
俺とレイリアは真っ赤になって、お袋の言葉を強硬に遮断した。お袋はそんな必死の形相の俺たちを見てからからと笑った。
「もう、冗談に決まっているじゃない。ほんと二人とも堅いんだから」
そしてすぐに真剣な表情に戻す。
「で、何の相談なのよ」
「それは……ちょっと」
レイリアは上目遣いで俺を見やると、もごもごと口ごもった。
なんだ? やっぱり俺に関係があるのか?
俺は自分で自分を指差し、目で「俺?」と訊く。レイリアはこくりと頷く。
「ふうん、そういうことねぇー」
その様子をつぶさに見ていたお袋は嫌らしい笑いを口元に浮かべる。
ああ。また妙な想像をしているに違いない。
俺はさすがに否定する気もなくしてがっくりと項垂れた。
「はいはい。二人っきりの秘密の話って訳ね。おかあさんは仲間外れって訳ねー。いいわよ、じゃあ、さっさと自分の部屋にでも行ってきなさい」
「てめえのせいで思いっきり誤解されたじゃねえか!」
俺は自分の部屋のドアを閉めるなり開口一番そう言った。
しばらく俺の部屋のレイアウトを興味深そうに眺めていたレイリアはそれを聞いて頬を膨らませる。
「誤解って何よ。シュンスケに話があるってのは本当なんだし。それに……」
「ん?」
レイリアはいたずらっ子のように俺の瞳を覗き込む。
「それに本当に『そういう』話だったらどうするの?」
「『そういう』話って……」
俺はどぎまぎして口ごもる。
じっと俺の瞳を覗き込むレイリア。俺は至近距離でその瞳を目の当たりにする。きらきらしていて優しそうで、そしてどこか舐めると甘そうな、そんな感慨を抱かせる瞳だった。
俺は真っ赤になってレイリアの顔を見つめていた。しかしレイリアは突然、その紅い唇を大きく開いて「あはははは」と爆笑する。俺は少し気分を害されてむっとする。
「な、なんだよ」
「シュンスケって、ほんとからかうと面白ーい」
レイリアは腹を抱えてころころと笑う。
「ふざけんな」
俺は自分の心の中を見透かされたような気がしてふてくされる。そして俺のベッドにちょこんと座っているレイリアの反対側に行き、背を向けて寝ころぶ。
「ちょっと。拗ねないでよ」
「拗ねてなんかねえよ」
俺はレイリアに背を向けたままそう言った。
「もう!」
背中越しにレイリアの不満そうな声が聞こえてくる。その時だ。
背後にいるレイリアの身体に纏っていた雰囲気とでもいうべきものが急激に変化していったのは。
そう、例えて言うならば、磁極のN極が急にS極に変わるようなそんな異質感。
部屋の空気が硬質化していく。俺の背筋に電流が走った。そして身体中に信号が走る。
これは、やばいぞ、と身体の細胞が脳より先にそう告げた。
俺は全身のバネを使って思い切りその場から後方に飛びずさる。 そのとたん、今まで俺のいた空間が飴細工のようにぐにゃりと曲がった。目で見て分かった。何もない空間がねじ曲がるのを。
そして掛け布団が鈍い音を立てて四散する。
布団の中に入っていた綿がスローモーションで雪のように目の前を舞う。
その先ににっこり笑ったレイリアの顔があった。
「腕を上げたようね、シュンスケ。あの攻撃をかわすなんて」
俺の額に脂汗が伝っていた。心臓が強制的に運動を始めた為か、バクバクいっている。 あと、コンマ一秒判断が遅れていたら、まず間違いなく俺は病院行きだった。それほど、遠慮のない攻撃だった。しかも、レイリアの奴こそ腕を上げている。
呪文の詠唱なしの魔力による直接攻撃。地味であるが魔法戦においてもっとも実践的でかつ、即効性のある攻撃だ。
魔法?
そう、魔法だ。
その異国から来た少女、レイリア=アルケムスは俺の幼なじみであり、俺の許嫁―――認めちゃいないけど―――であり、そして魔法使いでもある。
そしてその事実は意外でも何でもない。だってそんなことはレイリアの国では珍しいことでもないし、なんたって俺自身、ガキの頃からレイリアの国に良く行っていたからだ。ま、このことは後でまた話そう。
「おい、レイリア。俺に対してなんか恨みでもあるのか」
俺は戦闘態勢のまま、訊いた。そのとたんレイリアはふっと気を緩める。
「試させて頂きました」
レイリアは生意気そうな表情で言う。
「だって、私より弱い人なんて、パートナーとして認めないもん」
俺はガードを降ろした。まだ心臓がドキドキ言っている。
「パートナーって、なんだよ?」
俺は手をさしのべるレイリアを見上げながら訊く。
「仕事よ、仕事。これが今回の『話』」
レイリアはすっと右手を出してきた。
「合格よ、シュンスケ」
「何が『合格』だ。偉そうに」
俺は苦笑いしながらその右手を握り帰す。
こういう無茶苦茶なところは相変わらずだった。どうやら変わったのは外見だけらしい。
俺はようやくレイリアと正式に再会した気がしてなぜかほっとしていた。
二
「ゲーム?」
「そう、ゲーム」
すっとんきょうな声で聞き返す俺にレイリアは澄まし顔で答える。
「第二十八回『ラ・ウ』杯争奪大会に出場するの。OK?」
「いや、いきなり『OK?』って訊かれてもさ」
俺はかなりの困惑顔で言う。
「順番に説明してくれよ。その何とかっていう大会はなんなの? 『ラ・ウ』杯って? 何で俺が引っ張り出されるわけ?」
俺がそう矢継ぎ早に問いかけると、案の定レイリアは不機嫌そうな顔をする。
「ったく男らしくないなあ。二つ返事で引き受けられないの?」
「だいたいお前の頼み事って昔からろくでもないだろうが」
俺はそう吐き捨てる。
そうだ。レイリアの持ちかける事柄は全てとんでもないやっかいごとばかりだった。
子供の頃、裏山の散歩に付き合ってと言われて、着いて行ってやると実は無謀にも火吹きカエルのオタマジャクシを捕まえに行くところだったり、街に買い物に行きたいというので付き合ってやると、実は街のチンピラグループにケンカを売りに行くところだったり、とにかくろくでもない事ばかりだった。
そしてその度とばっちりを喰らうのは俺だった。火吹きカエルの時はあやうく親カエルに焼き殺されるところだったし、街のチンピラどもには殴られるし―――もちろんその三倍には返してやったけど。そうそう、そう言えば山に花を取りに行くって言って遭難しかかったこともあったなあ。
「ああ、もう分かったわよ! 説明すればいいんでしょ! 説明すれば!」
レイリアは大げさな身振りを加えながらそう言った。どうも逆ギレしているようだ。理不尽なことこの上ない。だがレイリアと接するときはこの程度の事くらいは覚悟していなくてはならない。
「さ、どうぞ」
俺は澄まし顔でレイリアを促した。
「ったく、もう」
「『ラ・ウ』は知っているでしょ? 私が住んでいる街で、我が国最大の商業都市よ」
俺は頷いた。
「ああ。あのごちゃごちゃして汚っねえ街だよな」
レイリアは触れば斬れそうな鋭い視線を俺に一瞬浴びせる。
「あんたのところのトウキョウと、どっこいどっこいでしょ」
そしてすかさず気を取り直して言葉を続ける。
「で、その大会ってのはね、その『ラ・ウ』にある古代遺跡エオアヌパに隠した『杯』を探し出すというものなのね?」
俺は目を丸くした。
「エオアヌパ? あの密林みたいな遺跡か?」
「そう!」
レイリアは力強く頷く。
「で、その『杯』に繋がる手がかりはたくみに隠されているのね。それに要所要所では罠や障害物で妨害されているの。それらの全てをくぐり抜けて、誰よりも早く一キュビア―――ええと、こっちの単位に直すと約十日ね―――以内に『杯』を探し出した物が優勝」
「優勝すると何か貰えるのか?」
「そうね、賞金一千万ブウハ―――ああ、いちいち面倒くさいなあ、百万円くらいかな?―――が貰えるけどそれより何より得られるのは『名誉』ね」
「名誉?」
「その『杯』を獲るということは一流の魔法術師という証明なのね。ほら、私もあと、一年で魔法学校を卒業じゃない? 卒業した後は、父さんみたいな仕事をして行きたいの。その為には名誉が必要なの。『ラ・ウ』杯の優勝者って知れれば、仕事は引く手あまたってなもんよ」
「だけどさ、何でその大会に俺が引っぱり出されるわけ?」
「そこよ!」
レイリアはびしっと俺を指差した。
「『ラ・ウ』杯ってのはね、十八才以下の男女一組で出場することが原則なの」
「それで、俺?」
「ご名答」
なるほどね。だけど、なんで俺? わざわざこっちの国まで来て頼むほど、レイリアの国に人材がいない訳じゃないはずだ。俺はそんな疑問を率直にぶつける。
するとレイリアはつまらない質問はするな、とばかりに首を横に二度振った。
「さっきも言ったと思うけど、私、自分より弱い人は認めないの。それに魔法術師と魔法術師の組み合わせは私の国だと当たり前じゃない? そこで剣術使いのシュンスケの力を借りたいなあっと思って」
そう言ってレイリアは俺の顔を正面からぐっと覗き込んだ。その目はきらきらしていてとても綺麗だった。夢や希望、活力に満ちた瞳だった。そうだ。レイリアは昔からこういう目の光を持ったヤツだったな。だけど俺がその大会というやつに参加するにはいろいろと障害がある。まず一つはその日数だ。
「お前は俺に十日間も学校を休めっていうのか」
「別にいいじゃない。幼なじみの私の頼みなのよ。シュッセキニッスウってヤツは足りているんでしょ?」
くそ、レイリアの奴、どうでもいいことを知ってやがる。
「それに賞金金額は一千万ブウ……じゃなくて百万円よ? 山分けよ?」
「日本円でそれが貰えるなら考えてもいいよ」
「ああ、もう!」
レイリアは頬を膨らませてふてくされた。そしてそっぽを向く。
俺はそんなレイリアの眺めながら心の中では全く別のことを考えていた。
レイリアの頼みは聞いてやってもいいかな、とは次第に思ってきている。こっちで退屈な学校に通っているよりはましのようだ。だけど俺に二の足を踏ませているのはレイリアの国のことだ。
実は俺、レイリアの国には行きたくない。
レイリアの国は良い国だ。人々は陽気で朗らかで、殺伐としていない。自然も結構あってのんびり出来る。だけど、俺がその国へ行くことを躊躇させる理由があるんだ。
それは……。
「シュンスケさあ。そんなに私と一緒にいるのが嫌なの?」
「え?」
俺はレイリアの顔をまじまじと見返す。いつもの軽いノリの逆ギレじゃあなかった。その声は重く静かに響き、瞳には真剣な光が宿っている。
「だってもう三年もこっちに来ていないじゃない。会うのは私がニホンに来た時ばっかりだし。そりゃあ、親が勝手に決めた許嫁なんて嫌だってのは分かるけどさ」
「え? いや」
話が予想外な方に跳んで行くので俺は、あわてた。
「いや、ほら。やっぱりさ、中学くらいになると友達と遊んでいる方が楽しくなるじゃん? ついつい行きそびれちゃってさ」
「嘘」
レイリアは俺のそんな戯れ言には全く取り合わない。さすがにこういうことには鋭い。
「許嫁のこと、気にしないでいいよ。どうせ、親の口約束だけなんだから。こっちの世界―――ニホンできっと好きな女の子もいるんでしょ?」
「いや、いないって」
「嘘」
本当のことなのにレイリアは信用しない。まいったな、なんて言えばいいんだろう。
「俺、許嫁のこと嫌だって思ったことないぜ」と言えばいいのだろうか。でもその言葉はどうしても口から出て行かなかった。
「私だってさ、こっちに好きな男の子の一人や二人、いるんだからさ。本当に気にしないでいいよ」
「本当かよ?」
俺はおもわずレイリアの肩を掴んだ。レイリアは、はっとして俺の目を見返す。
なにやってんだ、俺。レイリアに彼氏がいようといまいと関係ないじゃないか。
そう自問自答してレイリアの肩から手を下ろそうとした。
そして―――
「お姉ちゃんが来ているんだってぇー!」
バアンと爆発するように扉が開いた。
セーラー服を身に纏ったお下げ髪の女子中学生が乱入して来た。
そいつは息せき切って扉の所で仁王立ちしている。
俺とレイリアは真っ赤になって互いに部屋の対角線上の隅に分かれていた。
まさに瞬間移動の早業だった。もう一度やれと言われても出来ないかも知れない。
その乱入した女子中学生―――神山麻菜。中学二年の十四歳の俺の妹―――は嬉しそうにレイリアに飛びついて行く。
「お姉ちゃん!」
「マナちゃん!」
レイリアと麻菜は抱き合う。
「マナちゃん、大きくなったわねえ。もうすぐ私なんか追い抜かれちゃいそうねえ」
「そんなことないよー」
麻菜は嬉しそうに声を跳ね上げる。
麻菜は小さい頃からレイリアに遊んで貰っていたからな。良くレイリアになついている。麻菜は麻菜で実の姉のようにレイリアに接している。
「しばらくこっちに居るの?」
麻菜はカバンをソファに投げ飛ばし、レイリアの隣にちゃっかりと座る。
「ううん、一日だけ。早く帰らなくちゃいけないんだけど、ほら『本』は半日経たないと使えないじゃない?」
レイリアはにっこりと笑った。
「えー、つまんなーい」
麻菜は口を尖らせてそう言う。
「じゃあ、今日は麻菜の部屋にお泊まりしてよ! 話したいことがいっぱいあるんだ!」
レイリアは嬉しそうに「いいよっ!」と頷く。すると麻菜はようやく俺の存在に気が付いたように顔を向け、舌を小さく出した。
「ごめんね、お兄ちゃん。奥さん取っちゃって」
「やかましい、マセガキが!」
俺がそう吐き捨てると麻菜は顔を顰めた。レイリアはそんな俺たちを見て楽しそうに微笑んでいた。