冒険に行こう! 

第三章  神の身体

作 山下泰昌


                            三
 意識が少しずつ戻ってくる。さすがに二日連続で『跳んだ』せいか身体も慣れてきたと見え、前回ほどの気持ち悪さはない。
 俺は頭を軽く振って辺りを見渡した。
 昨日、たどり着いた部屋とはイメージが違う。昨日は確か物置小屋みたいなところだったはずだ。だが、今日、降り立った場所は暖色系の色を基本のほんわかとした感じの部屋だった。そこに充填されている空気も心なしか甘く感じる。
 どこだ? ここは。
 その時、ふいに俺は自分の背後に人の気配を感じた。弛緩していた神経が一瞬にして緊張する。俺は肩に掛けている竹刀入れの留め金を一瞬の動作で外すと木刀を抜き取りながら素早く振り向く。そして―――
 ―――そこにはレイリアがいた。
 ……いや、言葉が少し足らなかった。正確に言おう。
 そこにはほとんど半裸状態のレイリアがいた、のだ。
 恐らく、着替えの途中らしいレイリアは突然の俺の出現に顔をひきつらせて硬直している。俺もその予想だにしない光景に固まった。
 だが、視線だけはその脱ぎかけの服と両腕の間に挟まれた胸に行く。
 スラクーヴァ風のぴっちりとした下着に包まれた、二つの丘陵。
 へえ。服の外からは分からなかったけど、意外になかなか。
 と、そんな安穏な状況はそこまでだった。轟風のような気がレイリアを中心にして膨れ上がったのだ。
 「な、な、な!」
 レイリアはわなわなと身体を震わせる。
 やば。神の声が俺の脳に囁いた。『さっさと逃げろ』と。
 「なに、見てんのよおおおおおおおお!」
 俺は脱兎のごとく、レイリアの部屋から跳び出る。
 間一髪だった。
 俺がつい数秒前までいた空間が飴細工のようにねじ曲がった。それだけに留まらず、ねじ曲がった空間は更にねじ曲げられ、空間としての場をその地点に維持出来なくなる。
 極限までねじくれた後、の破壊。
 その何も無い場所は、何も無いはずなのに、爆発した。
 床を構成している木造物や、敷物などは四散し、空気が擦過した時特有の、鼻の奥がツンと来る匂いが立ちこめている。
 俺は部屋の外から首だけ出して中の様子を覗き込み、額から脂汗をたらす。
 たかが下着姿を見ただけで、容赦なさすぎじゃないか? 逃げていなければ即死だぞ。

 「知らないっ! 本当に、信じられないっ!」
 「だからさあ、これは事故だろ?」
 部屋の端にあるベッドの上に座り、視線すら合わさずに怒り狂っているレイリアを必死に俺はなだめていた。俺はそんなレイリアの隣にさり気なく座る。
 「だいたいさあ、何でレイリアの部屋に『本』があるわけ? そのせいでこんなことが起きたんじゃねえの?」
 この不思議な異次元空間を移動する本は、互いにその『本』が存在する場所にしか行けない。つまり俺が日本で『本』を読むと、スラクーヴァにある『本』の前に現れるという具合だ。だから『本』がレイリアの部屋にあると言うことは必然的に俺はレイリアの部屋に現れてしまうってことになる。全くもって俺に非はない。だが今のレイリアにはそんな物の道理など通用しなかった。
 「何よ! 私が悪いっていうのっ!」
 「いや、そういうわけじゃ……」
 っていうか、そう言いたいんだけど。
 レイリアはふくれっ面でこちらりをちらりと睨み付ける。
 「『本』は私が移動したのっ。母さんが『どうせあんたしか使っていないんだから、持って行っていいわよ』って言うから」
 ということはこういう事態が起こるってことは予測範囲内じゃないか。俺だけが咎められる筋合いはない。だけど、そんな話を蒸し返してもたぶん何の解決にもならないだろう。今のレイリアは感情的になり過ぎている。俺は意図的に話題を変えた。
 「ところでさ。何? 急の用事って?」
 「え?」
 突然話が変わったのでレイリアは目を丸くした。そしてはっと思い出したように強く縦に首を振ると、勢い良く口を開いた。
 「そう! そうなのっ! リベンジよ! リベンジをかませるのよっ!」
 その『リベンジ』というところだけレイリアは日本語―――だからといってリベンジが日本語っていうわけではないけど―――で強調した。
 俺は興味深そうにレイリアの瞳を覗き込む。
 「へえ? 敵が分かったの?」
 「ううん。敵は分からない。でも敵の次の狙いが分かったの」
 ……俺はうんざりする。
 「お前は人に物事を順序立てて説明しようという気がないのか」
 俺はそう言うとレイリアは頬を膨らませて「シュンスケはどうしてそう細かいのよ!」と咎めた。
 ……いつものパターンだ。ここはいつも通り俺が折れるしかない。
 「分かった。俺が悪かった。話を続けてくれ」
 「ったくもう」
 レイリアはそう言いつつも話を続けた。
 「父さんが今、王宮の方で仕事しているのは知っているでしょ? で、その仕事がどうやら、この前の私たちの事件と関係があるらしいの」
 「え? それはどういう……」
 俺がそう訊き掛けるとレイリアはにっこり笑ってそれを遮った。
 「それは父さんに訊いて」

 「『神の身体』というのは知っているかな? シュンスケ」
 「『神の身体』?」
 俺はドラガンおじさんに歩きながらそう唐突に切り出しされて、思わず鸚鵡返しに訊き返してしまった。そして「知らないよ」と首を小刻みに横に振る。
 俺のそんな仕草を見て、おじさんは大きく頷いた。
 ここはスラクーヴァの王都ヴァドーツ。レイリアたちが住むラ・ウから馬車―――一応断って置くがこちらの馬とは似て非なるものだ―――で約一日の距離にあるスラクーヴァの政治の中心だ。俺とレイリアとウスラの三人はまる一日掛けておじさんの待つヴァドーツに到着したってわけだ。
 お察しの通り、約一名部外者がいる。ウスラは俺たちがヴァドーツへ向けて旅立とうとしたその時、強引に割り込んで来たんだ。どうやらヤヤに俺たちがこの前の事件の後始末に行くという話を訊いたらしい。俺たちは当初、一緒に行ってもウスラレベルじゃまず役にたたないということと、これはおじさんが依頼された失敗の許されない『仕事』という現実的な理由からウスラの同行を断ろうとした。だが「俺もヤヤのかたきを取りたいんだよ」と下唇を咬みながら語るその姿に対してそこまで冷徹な態度は取れなかった。
 結局、ウスラはこの前の事件の目撃者の一人でもあるわけで、おじさんの了承も取れたのでも同行することになったのだ。
 「この国、スラクーヴァの神話にこういうのがあるんだ」
 おじさんは王宮の中を案内しながら俺たちに語りかける。現在地は城壁から中庭を通って宮殿に向かっているところ。その至る所に兵士が立っており、一々俺たちに鋭い睨みを利かせている。否が応でも緊張してくるってもんだ。
 「その昔、一人の神が居た。その神は万物の創造主であり、大陸を造り、山脈を造り、大河を造った。そしてスラクーヴァ中に満ちあふれる動植物たちを造ったのも彼だ」
 「全知全能の神ってやつだね」
 「そう。そうやって全てを創造した神だったが、神は最後にもう一つ大事な物を造ろうとした。それは自分の姿に似せた動物―――」
 「―――人間ね」
 レイリアの合いの手におじさんは頷く。
 「だが、人間を造ることは思いの外難しかった。神は人間を造ることに二度失敗した。一度目は確かに神の姿に似ていたが心を持っていなかった。それはやがて悪魔となった」
 おじさんは舌で唇を湿らせ、話を続ける。
 「二度目に造ったのは今度は上手く出来たように見えた。善き心も持っていた。だが、その二度目の作品は繁殖能力が無かった。この二度目の人間は天使と呼ばれた。何度やっても上手くいかない神はついに最後の手段を用いることにした。それは自らの身体を利用したのだ。神は自らの身体を二つに分割した。その二体の神は元の神の能力を半分ずつ受け継ぎ、それぞれ男と女と名付けられた。二つに分割した神は今までの能力とは別に新たなる能力を有していた。それは互いの身体を結合することにより子孫を産み出すという能力だ。両親の持っていた神の能力はその子供たちにそれぞれ受け継がれることになった」
 と、ここでおじさんは深い息を吐く。ここまで一気に話していたから疲れたのだろう。
 俺たちもようやく中庭を通り抜け、王宮にたどり着いた。おじさんは真正面に扉があるというのにわざわざそこを迂回して、脇にある小さい扉の方まで俺たちを連れていく。
 「正面の扉は王族か、もしくは儀式の時にしか使われないんだ。私たちが通れる扉はこっち」
 そう言って扉の前にいる守衛に何やら身分証を提示する。ここに至るまで何十回も見た光景だ。おじさんはスラクーヴァを救うような仕事を何度もこなしているというのにそれでもフリーパスというわけにはいかないようだ。
 俺たちの認証が終わり、やっと中に入れた。中はひんやりと薄暗い。そして壁や天井、そして床までにふんだんに使われた『月光石』が幻想的な光を放っている。
 「うわ、ぜいたく」
 レイリアが辺りを見回し、思わずそう口走った。おじさんは少しその荘厳な迫力に気圧され気味の俺たちを先へと促しつつ、話の続きを再開した。
 「で、その子孫たちはどんどんその数を増やして行き、スラクーヴァ人となった。というわけでスラクーヴァ人の全ては神の子孫であり、神の一部であるんだ。ほぼ全国民が魔法を使えるのはこういう理由だ。だが、これは飽くまで神話だ。この話を本気で信じる人間は神官以外にはほとんどいない」
 そしておじさんはその瞳を暗く沈める。
 「ほとんどな」
 「つまり本気にする人間がいたんだ」
 俺の言葉におじさんは頷く。
 「今年に入ってから先天的に特殊な魔法を持つ人間が次々と狙われて行っているのだ。その数はヤヤを含めて計四人。しかもその事件の全てに赤毛の女が関わっている」
 赤毛の女。
 俺たちは覚えている。目の前でヤヤに対して不可思議な魔法を行使したのを。
 「赤毛の女の魔法はどうやら他人の魔法を奪い取る能力らしい。今までバラバラだった神の七つの能力がこの魔法によって一つにまとめられる恐れが出てきた。それで私がヴァドーツに呼ばれたってわけだ」
 「え? 七つの能力って?」
 さっき「これは飽くまで神話だ」って言ったじゃないか。まるで本当に神の能力が分散されているような口振りだ。
 「実は神話だ、迷信だと言いつつもヴァドーツの魔法庁はこのことについて調べているのだ。神話のベイロン外典によると各世代ごとに神の能力の一部を色濃く受け継いだものが七人現れるらしい。すなわち全てを破壊することの出来る『神の右手』、全ての攻撃を防御する『神の左手』、世界の全てを見通せる『神の目』、空間を跳躍して距離を無にする『神の足』、この世の全ての生命体に変化することの出来る『神の皮膚』、与えられた情報を的確に分析し先々のことを予測することの出来る『神の頭脳』、そしてその口から発せられた契約は決して破ることの出来ない強制魔法『神の口』の七つだ」
 「……てことはヤヤは神の……」
 「そうだな。ヤヤ嬢は『神の皮膚』の能力の持ち主だったんだろう。外典によると神の能力の持ち主は身体のどこかに『神の紋章』にそっくりのアザがあるらしい。知っておるだろう? 教会のマークと同じ奴だ。どうかな?」
 おじさんがレイリアに問うような視線を投げ掛けた。だがレイリアより先にウスラが口を開く。
 「あ、そういえば、太股にあります」
 「何で、お前が知ってんだよ」
 俺はウスラを肘で小突いた。思わず話の流れで口走ってしまったウスラは赤面して俯く。
 ち。何だ。そういう仲かよ。
 「この七つの能力というのは本当にスラクーヴァの神話と関係があるのかどうかは分からない。ひょっとすると大昔に大魔導師が掛けた永続的な呪いなのかも知れない。ただ、このようなことが本当にあるのは確かなのだ」
 「ヴァドーツでは一応そやつらに対して監視態勢をとっていたのだがな」
 突然、俺たちの背後で低くしわがれた声が聞こえてきた。
 俺は飛び上がるほど驚いた。なぜなら全く気配を感じなかったからだ。前も言った通り俺はこの手の感覚に敏感だ。だから俺がここまでの至近距離に気付かせずに近づかせるということはこの男がそれだけの実力を持った男だということだ。
 「おお、これはコロニア殿」
 おじさんは驚きもせずに、普通に応対する。ってことはおじさんはその気配に気付いていたってことか。さすが伝説の魔法術師。実力が違う。
 「こちらは第十近衛隊、隊長コロニア=ウインズブル。今回の事件を担当しておられる」
 おじさんはそのままその男を紹介した。
 そのコロニアと呼ばれた男は、嗄れ声からは想像の出来ない甘いマスクでぎろりと俺たちを睨み付ける。声からだと老人を想像していたが、実際は三十代くらいの男のようだ。
 「コロニア?」
 ウスラが呟くように言う。コロニアはそれに気づき、ウスラの顔を睨み付けた。ウスラはあわてて口をつぐむ。
 「知っているのか?」
 俺は小声でウスラに訊く。ウスラは頷いた。
 「『八影』の一人だよ。王国内の八人の最強攻撃魔法術師の一人」
 「へえ」
 コロニアはそう返事した俺の顔をじっと凝視していた。
 な、なんだよ。俺はわずかに緊張する。
 「……貴様がマサタカの息子か」
 また、こういう呼ばれ方か。俺はため息を付く。
 「ああ、そうだけど」
 しかしコロニアは俺の答えに何の反応もせず背を向けると、ぼそりと呟いた。
 「ここからは私が案内する」
 コロニアは後ろを振り返りもせずにどんどんと先を行く。俺たちはあわててその後を付いていく。しばらく先を歩いてからコロニアは唐突に言った。
 「はっきり言わせて貰うが、私はお前ら民間の人間は信じない」
 俺たちは何の言葉も返すことができない。ただ、コロニアの言葉を訊いているだけだ。
 「姫様もなぜこんな輩を信用なさるのか分からない。我々だけで十分だというのに」
 コロニアの言葉は廊下の暗がりにしんと沈んでいく。実にいやな空気、時間だ。
 「だから私はお前らとは馴れ合うつもりはない。そして協力するつもりもない。その辺り、わきまえていて欲しい」
 そう言い放った後、コロニアは一言も喋らなかった。実に息苦しい時間帯だった。
 「俺たちはどこに連れていかれるの?」
 俺はその空気に絶えかねて、囁くようにおじさんに訊いた。
 「『神の頭脳』のところだよ」
 「え?」
 おじさんは驚いたような俺の表情を楽しそうに確かめながら話を続ける。
 「そう『神の身体』の一つはここヴァドーツに居る。私たちの今回の仕事はその『神の頭脳』の護衛、並びに敵の捕獲だ」
 俺がその言葉に依然、目を白黒させているとおじさんはその太い腕で俺の背中を強烈に叩いた。
 「気合い入れて行くぞ、婿殿!」
 いてて。
 俺は叩かれた背中を少々気にしながら、コロニアの後に付いていった。

                            四
 「ようこそ参られた」
 その女性はイスから立ち上がるとくるりと振り向き、そう言った。俺は目を丸くする。
 これが『神の頭脳』の持ち主? 俺は少々拍子抜けする。『神の頭脳』と言うくらいだから眼鏡を掛け、額が広く、気むずかしそうな男を予想していたのだが。
 その女性は長い栗毛をかき揚げると知性の光を湛えた瞳で俺たちを見渡す。二十代前半、いや、ひょっとするとまだ十代かも知れない。それほどの若さ、そしてレイリアとはタイプの異なる美貌の持ち主でもあった。
 「スラクーヴァ王国第二皇女ヴェイン姫だ。粗相のないように」
 コロニアが頭を垂れて後ろでそう囁く。
 姫? お姫様なの? ってことは王様の娘?
 そのお姫様は口元に笑みを浮かべると「気を使うな。楽にしろ」と言う。ま、くるしゅうないといったところか。
 「ドラガン。こちらが貴殿の娘御か」
 「はい」
 おじさんは低頭したまま、答える。ヴェインはにっこり笑ってレイリアに近づいた。
 「そちがレイリアか。噂は聞いておるぞ。父親に負けず劣らずの魔法を操るらしいな」
 「いえ、それほどでも……」
 レイリアはしどろもどろで頭を下げる。
 「父親譲りの雷撃魔法、期待しておるぞ」
 「はい、頑張ります」
 レイリアはそう言ってにこやかに答えた。
 続いて俺とレイリアの間にいるウスラに適当に笑い掛けるとその目は俺のところでぴたりと止まった。
 「お主がマサタカの息子か」
 ……またか。まあ、こういう切り出し方をされるのは仕方がないところだ。俺はあきらめた表情で頷いた。姫はまるで瞳という名のガラス越しに俺の心の中を覗き込むかのように見つめている。俺は、少し戸惑う。その真っ直ぐな視線はかなり居心地が悪い。やがて姫はふっと口元に妙な笑みを浮かべると俺の方をぽんと叩いた。
 「剣術だけしか使えぬのだな? 魔法が使えぬというのは心細くないか?」
 姫は興味深そうにその瞳をくりくりとさせて訊いて来る。
 「いえ。人と異なる才能や能力がスラクーヴァでの魔法と言うのなら、俺の剣術も魔法のようなものです。心細くはありません」
 俺がそう答えると姫は驚いたように「ほお」と声を上げる。
 「若いのに意外にしっかりしておるな。だが、回復魔法すらも使えないというのは、私から見ると非常に不安でもあるが」
 「いえ、その時にはレイリアが回復魔法を掛けてくれるから大丈夫です」
 俺は隣のレイリアに皮肉たっぷりの視線を送ってやった。
 「その時はまかせて」
 だがレイリアは俺のその皮肉に怒りもせず、まともにそう返されてしまった。何だ、マジボケされたのか?
 「ともかくも、貴殿の活躍も期待している」
 姫はくるりと振り返ってまた自分のイスのに戻ると深々と腰を下ろした。
 「姫の魔法は『神の頭脳』。全ての事象を予知することが出来る」
 おじさんが俺の耳元でそっと説明した。
 「姫が『神の頭脳』の持ち主であったことはスラクーヴァにとって僥倖だった。表には全く出ていないが実質ヴェイン姫が戦においての参謀であり、内政においての宰相なのだ」
 「それは言い過ぎだぞ、ドラガン」
 姫は楽しそうに咎めた。
 「スラクーヴァの躍進は私の戦略戦術だけではどうにもならぬこと。いかに良い策があろうとそれを行動に移すだけの実行力がなければならぬ」
 凄まじい自信だ。結局、自分の策は絶対であるということを明言しているようなものだ。
 「それに一つ間違えている」
 姫はイスに座り直して頬杖を軽く付く。その姿が堂に入っている。まだ若いというのに。
 「私のは予知ではない。予測である。情報をこの頭に蓄積し、それを分析する。それだけの話だ。良質の、そして多くの情報が手に入ればその予測も正確な物になる。それだけに『目』を奪われたのは痛かったな。私があれほどに忠告したのだが」
 姫はため息を付く。
 「『目』が奪われたって?」
 俺はおじさんに訊く。
 「『神の目』のことだよ。ヴァドーツには神の身体がすでに七つ中二つまでが存在していたのだ。『神の目』の持ち主はサイトマスターのハラガン。その魔法の目によって敵国の情勢なんかを偵察していたんだ。神の身体シリーズは数あれどこの二つを同時に持つことの重要性が分かるか?」
 俺は理解した。全てを見通せる目、つまり無限の良質の情報を得る術と、その情報を最大限に分析し、完全に予測する術の両方を手にするということは世界を統べるということとほぼ同義だ。数十年前までは小国だったこのスラクーヴァが大国と互するまでの中堅国に成長したのはこの二つの神の力によるところが大きいのだろう。
 「その『神の目』が奪われてしまったんだ。この前の赤毛の女にな。私がヴァドーツに呼ばれたのはそのためだ」
 おじさんのその言葉に姫も頷く。
 「ハラガンの能力が奪われてしまったことで私の分析の精度も大分落ちた。だが、それでもある程度の予測は立てることが出来る。例えばだな」
 姫は何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべて俺たちを見渡した。
 「敵は確か『神の皮膚』を手に入れたそうだな。今までのパターンで行くと敵は手に入れた能力をすかさず使う傾向が多い。まるで新しい玩具を手に入れた子供のようだがな。というわけでそこから分析するに……」
 姫は言葉を区切った。
 「この四人の中に敵が紛れ込んでいる可能性がある」
 ……え?
 俺は飛び上がるほど驚いた。俺たちの中に敵だって? 俺が違うことは間違いないから、おじさん、ウスラ、レイリアの誰かが敵であるわけだ。まさか。
 きっと他の三人。いや、もし姫の言うことが本当だとすれば二人が俺と同じ様な心境に陥っているに違いない。
 「ウスラとやら」
 姫はいきなり名指しにした。
 「は、はい!」
 「お主は『神の皮膚』の持ち主の友人だそうだな。そのただの友人がなぜここにいる? 客観的にみるとこの場に一番相応しくないのはお主と考えられるが、どうかな?」
 「俺は、その私はヤヤのかたきを打ちたくてこの場に同席させてもらった次第です!」
 ウスラは疑われては困るといわんばかりにいいわけがましい弁明を始める。
 「それとも意表を突いて、お主コロニアに化けているとも考えられるな。先程から全く喋らないではないか」
 コロニアは俺たちの後ろで低頭しながら「ご冗談を」と姫のその案を一笑に付した。
 「ふん。そろそろあわてだしたやつがいぶりだされる頃だな。『神の身体』シリーズは呪文詠唱が短いから気を付けろ」
 恐らく敵を目前にしているというのに姫は落ち着いた表情でそう言う。いや、どちらかというとこの状況を楽しんでいるように見える。さすがは影でこの国を操っている女性だ。胆力が違う。
 その張りつめた状況が数秒続いただろうか。しんとした空気の中で小声の言葉の羅列が聞こえてきた。
 「来た! 呪文だ!」
 姫のその言葉より先に俺は動いていた。実はもう誰が敵であるか見当は付けてある。俺の木刀は閃光のようにそいつの首を薙いだ。
 


四章 一

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