作 山下泰昌
第十話 激闘! 再会! 練習試合
国船幻闘部に入部してからすでに一ヶ月が過ぎて、今は五月。
全国有数の強豪校の我が校ではゴールデンウィークなんてものは当然のごとく存在せず、ひたすら練習試合の毎日だったりする。
ゴールデンウィークラストの今日、私は東京の帝國学園に来ていた。
帝國学園では毎年、ゴールデンウィークに全国の強豪校を集めて合同練習試合を行うのが恒例らしく、C県常連優勝校の国船も当たり前のようにお招きにあずかっていた。
だけど、この合同練習試合は各校のトップチームがぶつかり合う普通の練習試合と異なる。実はこの合同練習試合は、『一軍』以外の、つまり『二軍以下』の練習試合が重きに置かれているのだ。
強豪チームになればなるほどそのチームは大所帯になる。だけど、その『一軍』に名を連ね、試合に出ることが出来るのはたったの五人。メンバーを入れ替えたとしてもせいぜい十人が限度だろう。必然的にその他末端のメンバーの実戦経験は不足気味になって、トップとボトムのレベルの格差を生み出すことになってしまう。それは結局チーム全体のレベルの低下を生じさせることになるのだ。
そんな弊害を極力無くそうと考え出されたのが、この帝國学園合同練習試合だ。
私の所属する国立船橋高校四軍、通称『国船Dチーム』は、本日すでに午前中二試合、午後一発目で一試合を消化し計三試合をこなしている。実際の大会になると決勝まで二日で八試合ほどの試合をこなさなくちゃいけない。今日はその良い予行練習だと思えばいい。あと十分ほどで次は帝國学園四軍との試合だ。私は軽くウオーミングアップをしながら心を落ち着けていた。
我が国船四軍のチームメイトは剣術士が四人。三年の舞浜先輩、行徳先輩。そして二年の二俣先輩、小栗先輩だ。攻撃魔法術師の私を含めるとひたすらイケイケでバランスの悪いメンバー構成だけど、それはまあ仕方がない。だって一軍と違ってバランスに重きを置いたメンバー構成は偶然にでも頼らなければ出来る訳ないんだから。それにどっちにしろバランスなど必要ない。私が居ればそれで充分だし。圧倒的な力は、メンバー構成の悪さなど吹き飛ばすってことね。
一応、このチームの暫定キャプテンになっている舞浜先輩は私以外の全員を呼んだ。作戦会議だ。帝國学園四軍はかなりレベルの高いチームらしいからその対抗策を練ろうというのだろう。ご苦労なことだ。
私は入部時の一悶着以来当然のごとく諸先輩方からは無視されている。だけど、それはそれで構わない。もとより私は馴れ合う為に国立船橋高校幻闘部に入ったんじゃない。この幻闘部でトップを獲るために入ったのだ。そしてそれは小さい頃からの夢である、プロファンタズマになるため。
だから無視されても何とも思わない。元々、チームメイトは私がトップを獲るための障害であり、敵なんだ。
「ねえねえ、梓ぁ。やったよ! なんとか十一軍勝った! 初勝利ぃー! 梓の方はぁ?」
私はいきなり駆け寄ってきた涼子に眉を顰めた。
「私が居るのに負けるわけないでしょ。それより、涼子。私なんかと話をしていたら駄目じゃん? 同じ目で見られるよ」
「ん? どうして?」
私はため息を吐いた。こいつはこういうヤツだ。それだけに付き合い易い。
「ねえ。それよりさ。さっきから梓のこと根ほり葉ほり聞く男の子が居たんだけどさぁ。梓に気があるのかなぁ」
「は? どこのどいつそれ?」
「ん? ええとね。ほらあそこに」
涼子の指差した先はこれから闘う帝國学園四軍のメンバーが集まっているところだ。
バ、バカか。こいつ!
「あんたさあ!? ファンタジウムで敵チームが根ほり葉ほり対戦相手のことを訊くのって情報が欲しいからに決まってんじゃん! 何を話したの?」
「え? 学校の場所とか、梓の性格とか、何年生か? とか」
「属性とか得意技とかクセとかじゃなく?」
「うん」
……ってことはスパイじゃないのか。本当に私に気があるのかな? いや、まさか。
私は対戦相手の帝國学園四軍メンバーが集まっているところを見た。
「ほら。あの髪の毛が少し茶色のカコイイ人いるでしょ? あの人! ホント言うと初め声を掛けられた時は私がナンパされちゃったのかと思った。えっへっへー」
茶髪の男。少しチャラそうな顔をしている。確かに格好良いが、私好みではない。だって私の好みは剣術士でもっと強そうで優しくて、そうあの夜出逢ったような男の人……って何を言っているんだ、私は。
その時、その男が偶然こっちを見た。一瞬目と目が合う。
ぞくり、と背筋に冷たいものが疾った。間違いではない。どきり、ではなく、ぞくり。まるで心の中まで覗かれ、ナイフで心臓を刺されたような気分だ。
その茶髪のチャラ男はすぐににっこりと笑って私に向かって手を振った。私はあわてて目を逸らし、知らないフリをする。
ともかく。
あのチャラ男も帝國学園Dチーム。つまりは敵。ぶちのめすだけだ!
主審と笛と同時に試合が始まった。
バスケットコート大の試合場、俗に言う『Fフィールド』の中の両端に敵チーム五人、自チーム五人に分かれている。
試合開始の笛と同時に私たちのチームは私とキャプテンマークを付けている舞浜先輩以外を残して敵チームに向かって切り込んで行った。それは当然のこと。こちらには防御魔法術師がいないのだ。殺られる前に殺る。これがウチみたいなイケイケチームが取るべき作戦である。
対する敵チームは三人を残して二人が前線に出た。
事前の情報によると敵チームは剣術士二人、攻撃魔法術師二人、魔法防御魔法術師一人のバランス取れた構成らしい。恐らくツートップの二人は剣術士だろう。あのチャラ男は後衛だった。魔法術師と推測出来る。
早速、最前線でウチの三人と向こうの二人との激突が始まった。三対二で兵力差があるのにも関わらず、戦線は拮抗している。さすが三年連続全国制覇校、帝國学園の名は伊達じゃない。同じDチームだというのに戦力は向こうの方が上のようだ。
ちらりと舞浜先輩が私の方を見る。
わかっているってば。
剣術士を援護するのは攻撃魔法術師の役目。もうすでに呪文は唱え終わってる。攻撃魔法術師は呪文を唱えるという行動に、一種のタイムロスを発生させる。その為、試合開始前からすぐさま呪文を唱えられるようにコンセイトレイションを始めている。ちょうど今の私がやっていたように。
私は右腕を宙に向かって突き出した。とたん、いくつもの炎が空中に浮かぶ。実に八個の火炎。ここまでの数を出せる火炎魔法術師はそうそういない。私を上回っているのは館山先輩くらいだ。
八個の火炎はそれぞれ四つずつに分かれて敵前線の二人に向かって飛んだ。しかもこの炎の弾は適当に飛ばしたのではなく、ちゃんと相手の行動を制限するように脚に二発、頭に一発、恐らく回避して動くであろう方向に一発をちゃんと放っている。これだけのコントロールを持っている魔法術師もそうそういないと思う。この繊細さは恐らく、館山先輩以上じゃないかな? えへへ、手前みそ。
だけど、私と敵チームの間の空間が微妙に変化したのに気付く。とたん、私の八個の火炎弾は目標まで届くことなく消え去る。
……。
正直、頭にかちんと来た。せっかくの正確無比なコントロールもこれじゃあ意味がないじゃん。
防御魔法だ。しかも水属性の防御魔法。
練習試合でここまで属性相性ばっちりの防御魔法を展開されたのは初めてだ。偶然かそれとも意図的か?
んなもん意図的に決まっているって! やっぱりあのヤロウはスパイだったんだ。どちくしょう! 頭来た!
「来るぞ!」
え?
舞浜先輩が叫んだ。辺りを切り裂くような鋭い竜巻が私たちの周りで巻いた。私も舞浜先輩もそれに気付くと同時に横に飛んだ。とたん、今まで私たちが居たはずの場所の床が傷だらけになっている。風系魔法だ。
「もういっちょうだ!」
く!
間髪入れず火炎の弾が飛んできた。同時に二つ! だけど、もちろんさっきの私が作ったヤツほどのコントロールも威力もない。私たちはそれをなんなく避ける。
だが、こちらに防御魔法術師がいないってのに、この戦況はやっかいだ。本来切り込んでいくはずの三人の剣術士が足止めを喰らい、そして遠方から攻撃魔法術師たちが代わる代わる攻撃を仕掛けてくる。しかもこちらの攻撃魔法は向こうの防御魔法で防がれる。これではウチのキャプテンが丸裸だ。どうぞ攻撃して下さい、と言わんばかりだ。
ファンタジウムの勝利条件はいくつかあるが、突き詰めればただ一つ。敵チームのキャプテンのカウンターをゼロにすることだ。つまりわざわざ敵チームの五人全員を倒さずともキャプテン一人倒せば、それで勝ちってこと。
敵はそれを狙っている。
「突っ込むぞ」
舞浜先輩が独り言のように呟いた。それは正解だ。こういう膠着状態になったら危険であると分かっていてもキャプテンも敵陣に飛び込み、攻撃参加した方が良い。その方が攻撃枚数が増えるというわけだ。だけど――
「待って」
舞浜先輩をそう止めて、私は即効で、とある呪文を唱えだした。これはやたら呪文が長い。だから早口で唱える。だけど正確に、一文字一文字しっかりと唱えることは忘れなかった。
「お前、まさか……」
私が何をしようとしているか分かったらしい。舞浜先輩が驚愕の表情で私を見る。さすが、十何試合も一緒にやっていると理解が早くて有り難い。
私が呪文を唱えている間にも、向こうの風魔法と火炎魔法の第二波が飛来してきた。だけど、そんなもんはこの際関係ない。避けている暇もないので、ダメージ覚悟で喰らってやる。
「行っけーぇい!!」
呪文が唱え終わった。
それと同時に私は両腕を大きく振り下ろす――
――周りの観客はその光景に呆気に取られて言葉も無く、立ち尽くしている。他のコートで試合をしている選手たちでさえ、思わず動きを止め、こちらに見入っていた。
快感。
もう、たまらない! この注目されているって状況が! しかもこの状況は私が作り出したんだもの。
「お前、な」
舞浜先輩が隣でがっくりと肩を落としていた。私と舞浜先輩のカウンターはそれぞれ数字を減らしていた。そう、向こうの攻撃魔法を喰らったのだ。だけどゼロじゃない。
「もう少し加減ってものをしろ」
私と舞浜先輩以外はフィールド場に立っていなかった。敵の五人、そして味方の剣術士三人。その全てがカウンターをゼロにして倒れている。
広域爆炎魔法――
それが炸裂したのだ。その領域は敵キャプテンを中心とした半径約八メートル。そこには当然のことながら仲間の三人の剣術士も含まれるけど、この際仕方がない。チームの勝利のためなら許してくれるはずだよね。
私が放ったその半径八メートルの火柱は、轟音を挙げ、一瞬にして八人のカウンターをゼロにした。水系防御魔法術師が防御魔法を張る暇もない。仮に防御魔法を展開したとしても、それをどこに張ろうというのか。自分か、それともキャプテンにか。そんな判断すらさせない大技がこれだ。
まるで巨大な太鼓を巨人が大きく打ち鳴らしたような、そんな爆音の余韻がこの帝國学園幻闘技場を震わしていた。あまりの衝撃に魔法で防護しているはずの窓ガラスもわずかに振動している。これだけの大規模魔法を行使するとさすがに精神力を消耗する。頭がくらくらして、足下も少しふらつく。
主審もその惨憺たる光景に笛を吹くのも忘れていたようだ。ようやく思い出したように笛を口に持っていく。そして弱々しい笛が続けて二回鳴った。それは試合終了の合図――
「国立船橋Dチーム勝利」
「やった!」
私は右腕を高く挙げ、勝利を宣言した。だが、私以外誰一人喜んでいないような気がするのは気のせい?
「すっごい魔法だったね。僕もあれには対応仕切れなかったよ。おめでとう!」
「は?」
私はめちゃ不機嫌だった。
だってあれから舞浜先輩、路木主将、監督、コーチ、果ては相手チームの監督にまで注意されたんだから、それは当たり前だ。「やりすぎ」だの「仲間を見捨てるな」だの「勝利至上主義はいかん」だの「練習試合はチームの連携を試すものだから、個が出過ぎてはいかん」だの。
だから後ろから何を話し掛けられても、無愛想になるってのは当然だろう。
振り向いて見ると、あのチャラ男だった。私の不機嫌は頂点に達する。
「あんたね。試合前にちょこまか私のことを嗅ぎ回っていたみたいだけど何? たかが練習試合でスパイだなんて恥ずかしいと思わないの?」
「スパイだなんて、違うよ。あ、ウチのメンバーに水系防御魔法術師が居たことを言っているの? それだったら偶然だよ。だってあの人はずっと前の試合から出ずっぱりなんだよ。君が火炎魔法を使えるからわざわざ入れたってわけじゃないんだ」
……そうなのかな? そう言えばそんな気がしてきた。
「じゃあ、あんたはなんで私のことをこそこそと嗅ぎ回っているのよ」
するとそのチャラ男は恐らく自分で最高だと思っている笑顔を顔面上に構築してこう言った。
「それは君が気になるから」
「私は全然気にならないの。ごめんね」
そのまま、スタラーっと歩み去ろうとする私。実際、今日の練習試合はこれで終わりだ。後は帰り支度をするだけ。ああ、気分も悪いから早く更衣室に行こう。
「ちょっと待って!」
あわてて私に追いすがろうとする。
「あのさ、一つだけ訊かせて! 一ヶ月前さ、T駅の前で火炎魔法で乱闘をしたのってキミだろ?」
私の足はぴたりと止まる。
どうしてそれを?
目を丸くして振り返った私を見て、チャラ男はにやりと笑った。
「ビンゴだね! 赤いリボンにポニーテール。そんでもってとんでもない火炎魔法って言ったら、キミしかいないと思っていた。初めまして、美作梓さん。僕の名前は拝島慶吾(はいじま けいご)。帝國学園の二年生です」
そのチャラ男、いや拝島と名乗った男はそう言って握手を求めてくる。だが当然、そんな手など握り返したくもない。相手の意図が見えなくなっただけに逆に不気味だ。
「何が言いたいの?」
「いや、今やキミは、とある世界では、もの凄い有名人なんだよ。自分では自覚していないと思うけどね」
「とある世界?」
「そう。それはキミから遠いようで近い世界だ。で、その世界ではやっきになってキミを探している」
「あんた、一体……」
「いずれ、またお会いしましょう。美作さん。正攻法では火傷するだけだからね」
私は何か言おうとして口を開きかけた。だけど、拝島は無防備に背を向けたまま、歩み去って行く。
なんだ、こいつ。
背筋に冷たいものが疾る。私の知らないところで、何かが動いている。くろぐろとした得体の知れないものが。
私は釈然としないまま、拝島の歩み去った方向を睨み付けていた。
と、その時だ。
さっきの私の火炎魔法の爆音と勝るとも劣らないような、轟音のような歓声が幻闘技場に響き渡った。
ふと顔を上げると、試合をやっていないフリーの選手たちは皆、とある一方向に見入っている。何かに浮かれたように皆、口々に声援を上げている。
なんなんだろう?
その原因を探ろうとして辺りを見回すと、少し離れた所に涼子が立っているのを見つけた。
「どうしたの?」
私は涼子の側まで歩み寄って訪ねる。すると涼子は目をきらきらさせて興奮した面持ちで口を開いた。勢い余ってツバが飛んでくる。うわ、汚ねー。私は眉を顰めて、それをFスーツの袖で拭いた。
「もう大番狂わせ。訊いたこともないような無名校がね、朝比奈高校のBチームに勝っちゃったんだよ!」
「ふうん」
何かと思えばそんなことか。私は内心がっかりしながら涼子に相づちを打った。
朝比奈高校といえば西神奈川地区の強豪校で全国大会でも常連校だ。そこのBチームと言えばかなりの実力。まあ無名校がそこに勝ったということは評価出来るかも知れない。
だけど、所詮Bチームだ。この手の『二軍以下』の試合の場合、私の在籍する国船Dチームのようにメンバー構成が極端に偏っている場合が多い。その為、魔法術師の属性によっては思わぬ格下に負けてしまうことだってある。今回もそんなことだろうと、私はそう思っていた。
「どうせ、属性の相性が悪かったんでしょ?」
「ううん、そんなことないよ。そもそもこのチームの攻撃魔法術師まったく役に立っていないし。ほとんど二人の剣術士でどうにかしちゃっている状態なんだよ」
「じゃ、相手チームに攻撃魔法術師がいなかったんだ」
「ううん、そういうわけでもないんだよ!」
そんな莫迦な。攻撃魔法術師と剣術士とが対峙したのなら、遠隔攻撃出来る攻撃魔法術師の方が有利なのは言うまでもない。それを覆すということは、余程の実力差があるということだ。
「今までの対戦記録残っている?」
私は涼子の手元にある対戦表を引ったくった。国船には情報収集専門のスタッフもいて、こういう試合では逐一選手に対戦表や対戦情報を配ってくれる。
私はそれに素早く目を走らせた。
ええと、高校の名前は県立麗鳴高校? ほんと、訊いたこともないわ。で、メンバー構成は、と……何? 四人しかいないの? フルメンバー揃ってないんだ。剣術士が三人の攻撃魔法術師が一人? なんなの、このひどいメンバー構成は?
私は続いて対戦データに目を移す。
第一戦、大洋学院Eチーム戦勝利。第二戦水見高校Cチーム戦勝利。第三戦国船Eチーム戦勝利……ってウチの五軍じゃない! タマちゃんがいるところが負けたっていうの?
正直信じられなかった。タマちゃんは私には勝てなくても、そんじゃそこらの高校、しかもこんな訊いたこともない高校に負けるようなファンタズマじゃない。それは実際闘ったことのある私が保証する。
ざわめきが近づいて来た。それに気が付いて私はあわてて顔を上げる。まばらな拍手や好奇の声などがそれに伴って近づいてくる。どうやら件の無名チームが試合を終え、引き上げてくるところらしい。私も興味を持って、そのチームのメンバーが人垣の中から現れるのを待った。
女子の中では決して小さい方では無い私も、男子選手の中に混ざると、頭一つ分隠れてしまう。そのせいで、なかなかその姿を拝むことが出来ない。
だんだん近づいてくる。背の高い男子選手たちの壁の後ろで、そのざわめきが近づいてくるので、それは理解した。
そして、彼らが、その姿を現した。
理知的な眼鏡を掛けている精悍な顔つきをした選手が先頭だった。見た瞬間、ビビッときた。
右手に木刀、そして左肩に赤のキャプテンマークを巻いているところを見ると、これが主力の剣術士の一人に違いない。さすが、重厚な雰囲気を身に纏っている。かなりな使い手と身請けられる。
続いて小柄で細身の男の子と、ちょっとこぶとりな男子選手が通り過ぎた。前者は臆病そうに周りを伺いながら、後者はうんざりとした表情で歩を進めていた。残念ながらこの二人からは何も感じない。たぶん数合わせの選手なんだろうな、と思った。私の中学の時のチームメイトがちょうどこんな感じだからだ。
このチームはフルメンバーの五人では無く、四人。ということは次の一人で最後だ。『二人の剣術士』が主力だと涼子は言っていた。つまり次の一人が主力の片割れだ。
私はちょっと期待して、その最後の一人を待った。
一体、どんな剣術士なんだろう。体格の良いパワー系か、それとも瞬発力勝負のスピード系か。
私の目の前で壁になっている男子選手の陰からようやくその姿が現れる。
「へえ」
私は思わず声をあげた。
もう、見た瞬間で分かった。これはかなりの実力の持ち主だ、ということが。
そもそも歩き方で違う。試合が終わっているっていうのに、今すぐにでも攻撃に移れるような、そんな体重移動をしていたからだ。
身体には余分な肉は付いていない。柔らかそうな筋肉がその二の腕に縄のようにまとわりついている。もの凄く俊敏そう。どうやらスピード系のようだ。その右手に持たれた木刀はかなり使い込まれているみたいで、柄の部分が黒光りしている。さすがに今し方試合が終わったばかりのせいか、滝の様な汗をその顎から滴らせていた。その顔は……
……って、え?
絶句した。
息が止まった。
何も考えられなかった。
私の目の前を歩いているのは、知らない選手じゃなかった。一度見たことのある選手。と言っても知り合いでもなく、有名選手っていうわけでもない。でも、私の中ではダントツの知名度を誇る選手だった。
そう、そこにいたのは――
――一ヶ月前のあの夜の事件から、一日たりとも忘れたことのなかった、あの人だったのだ!
私は声を掛けようとした。歩み寄ろうとした。だけど、声が出ない。身体が動かない。
まるで自分の身体が自分の物ではないようだった。どんなに緊張する大舞台の試合でもこんなことはなかったのに。どうしたっていうの? 私の身体!
早く、早く話し掛けなくちゃ、あの人が行っちゃう。せっかく会えたってのに、一言も言葉を交わさずに、終わっちゃう!
すると目の前を通り過ぎようとしていたあの人は、私のその妙な視線を感じたのか、歩みをピタリと止めた。そして怪訝な表情で私の方を向く。
その目が私を捉えた。透き通っていて、でもそれでいて芯が一本通っているようなステキな瞳だった。その瞳がくるくると表情を変える。
困惑、興味、衝撃、確信、安堵、驚喜。
他にもいろんな色の表情を見せたと思う。でも私に理解出来るのはそれが精一杯だった。
だって嬉しくてそれどころじゃない!
彼はゆっくりと近づいて来た。
そして私の目の前に来て、こう言った。夢の中で繰り返し訊いたあの声で。
「やっと、逢えた」
って!
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