夢の中で、出逢った探偵の事

作 山下泰昌


 その時、僕は夢の中にいた。

 そう、僕、山下泰昌は夢の中にいることだけは理解していた。

 暗い夜道を歩いていた。

 そして約一年前の世界に僕はいた。

 なぜ、それが分かったのかと聞かれても返答に窮するが、とにかくそう感じ

たのだ。僕は夢の中でタイムスリップしていたのだ。

 僕は夢の中の暗い夜道をとぼとぼと、行くあてもなしに歩いていた。

 すると、前方から何者かが近づいて来た。僕は目を凝らした。

 「山下くん!」

 その人物は驚いたような声を僕に浴びせた。

 長い髪。大きな眼鏡。

 京子だった。武藤京子。

 半年前のとある事件をきっかけに知り合った女性。今の僕の彼女でもある。

 僕が何かを言おうとするのを遮って、彼女は矢継ぎ早に僕に質問を浴びせか

ける。

 「山下くん、何でここにいるの? どうして一年前なの? なぜ私の夢の中

なのに山下くんがいるの?」

 「それだったら僕も聞くよ。なぜ僕の夢の中に君がいるんだ?」

 そう、ちょうど僕が感じていたことを彼女も感じていたようだ。

 お互いの存在がとても夢の中の産物には見えない程のリアリティを感じてい

たのだ。それこそ相手がそっくり自分の夢の中に侵入してきたと思える程に。

 「どうして君と僕とがこの夢の中で会ったかなんて分からない。まして、なぜ

一年前か、なんてのもね。第一ここは夢の中じゃないか。何があったっておか

しくはない」

 「それはそうだけど」

 彼女はそう言って軽く俯いた。

 「とにかく夢はいつかは覚める。ここに居たって仕方がない。歩こうじゃな

いか」

 僕はそう彼女を促した。彼女は未だ自分のおかれている状況が把握出来ない

らしく戸惑うような瞳で僕を見つめ返した。

 夢の中だとしっかり自覚している僕も変だとは思うが。

 ともかくも僕らは行動を起こすことにした。

 歩く。

 歩けば、きっと場面が変わり僕らを取り囲んでいる状況も変わるに違いない。

 その時だ。僕は僕らの遙か前方から信じられないものがやってくるのを見た。

 「よう。お二人さん、おそろいじゃないか」

 片手を高々と上げて自信たっぷりに歩いてくるその男は………。

 京子も思わず目を剥く。そしてかすかにその名前を呼んだ。

 「連城さん………」

 連城邦彦。年齢三十六才。職業、探偵。人知れず数々の難事件を解き明かす

、おそらくは神が地上に遣わし給うた推理の天才。

 「二人ともこんなところで何をしているんだい。僕はちょっとそこの家に

野暮用でね」

 僕と京子は驚きのあまり声も出なかった。

 確かに夢の中である。

 僕が京子と出逢った様に名探偵連城邦彦に出逢おうとおかしいことはない。

 しかし、僕らがこの夢は一年前の夢だと肌で感じた様に、京子と互いの存在

が本物であると直感した様に、僕らは連城に対して異質感を感じた。

 この異質感は一体、なんだろうか。

 たぶん、それは彼が『一年前』の存在であるからだろう。

 僕らは『現在』の人間である。それが一年前の世界に来てしまっている。

 しかし、そこで出逢った連城だけが僕らと同じ世界から来た人間ではなく、

一年前の存在なのだ。

 そしてもう一つ重要なことがある。

 僕らは一年前には連城と出逢っていないのである。

 それが、彼に対して感じた異質感なのだ。

 「どうだい? 君らも行くかい。あの空き家へ」

 連城が言った。

 僕は『空き家』というキーワードにぴくりと反応した。まさかあの事件の…

……。

 連城に誘われるがまま、僕らは彼の後を着いていった。まもなくその目的の

空き家に辿り着いた。

 僕は暗闇の中でその空き家を見上げて畏れおののいた。

 「こ、これは………」

 そう、それは全ての始まりであり、僕が連城と出逢うきっかけとなった地獄

門殺人事件の解決の糸口となった場所だった。確か連城は冷徹な推理によって

そこの空き家の天井裏に被害者の外套が隠されていることを導き出したのだ。

 しかし、今は『一年前』である。

 事件はまだ起きてもいないし、この空き家の存在すらこの時点では伺い知れ

ぬはずだ。だのになぜ………。

 連城は空き家の扉を開け、勝手知ったる家の様に自信ありげに目的の天井裏

を捜し当てた。

 そして血まみれの外套を引きずり出す。

 連城は僕の方を振り返って言った。

 「山下くん。これが半年後に起きる事件の決定的な証拠だ」

 僕の前に赤茶けた外套が差し出される。

 「し、しかしまだ事件が表面化もしていないのに、なぜ………」

 すると連城はお得意のあの人を小馬鹿にする様な笑い方で僕に向かって言っ

た。

 「山下くん。この世の出来事は因と果。全ての事象は関わり合っているのだ

よ」



 場面が変わった。

 工事現場だった。やはり夜で辺りは暗い。

 街灯もないのでほぼ闇にに近い。ただ、月夜で会ったのが幸いだった。辺り

が、わりとよく見える。

 僕の後ろから誰かがぶつかって来た。

 僕は迷惑そうな表情を隠しもせずにそいつの方を見た。

 「ああ、これは失礼」

 日雇い人夫のような格好をして、スコップを持っていたそいつはそう言って

工事現場の方へ足早に歩いていった。

 僕はその瞬間、その男の顔を思い出した。

 そうだ、今の男は四ヶ月前のエンドウラ殺人事件の犯人の一人ではないか。

 そう言えば、ここはあの犯行現場の………。

 「ここがこれから起こる事件の引き金となる場所だね。ちょっとした言葉の

違いがあの大惨事になるとはね………」

 連城がぼそぼそと自分に言い聞かせるように呟く。

 「きみは一体………。なぜこんなことが………」

 「全ての事象は関わり合っていて、そして全てのデータさえあれば予測は

可能だ。いや失礼。それはもはや予測とは言わず、確定だ」



 場面が変わる。

   やはり夜だった。僕らは廃校舎のグランドにいた。まぶしいばかりの月光が

僕らと廃校舎を照らしていた。

 僕はグランドから校舎の窓を覗き込んだ。そこにはショートカットの女性と

抱き合っている僕がいた。

 美奈代だった。

 そうだ、このころはまだ美奈代と付き合っていたのだ。

 窓の中の僕は美奈代との行為に夢中になっていた。僕の心の中に甘い感傷が

蘇った。

 そして京子の存在を思い出してあわてて振り返った。

 京子はいなかった。やはり夢だ。都合の良いときに消えてくれる。

 僕は再び、窓の中の二人を見やる。

 この頃の僕は、一年後に武藤京子などという知りもしない女性と付き合うこ

となんて考えもしていなかった。まして今、抱き合っている美奈代が半年後に

殺されようなんて………。

 「きみはこのことも予測が出来るというのか!」

 僕は少し感情的になって後ろにいる連城に言い放った。

 連城は頷いた。

 「中国の蝶がはばたくと、ニューヨークで雨が降るんだよ………」



 また場面が変わった。

 湖だった。

 僕はその瞬間に察知した。

 ここは連城邦彦最後の事件の現場だった。すなわち連城の死んだ場所だった。

 僕は緊張した。そして隣にいる連城に話しかけた。

 「連城。ここは………」

 気が付くと隣には連城の代わりに京子がいた。

 京子は遠く湖を見つめていた。

 「京子。連城はどうしたんだ。連城は………」

 京子はゆっくりと湖の方を指さした。いつのまにか連城が湖の中に入ろうと

している。

 「れ、連城!」

 僕は彼を引き留めるため走り出そうとした。しかし京子が僕の腕をしっかり

掴んで僕を行かさなかった。

 「行っちゃ駄目よ、山下くん」

 「どうしてだ! もう僕は友達を失いたくないんだ!」

 「違うわ。連城さんはもとの場所へ戻ろうとしているだけよ。ほら、この夢

が始まった時から感じていたでしょ。彼だけ一年前の存在で、彼だけ異質で。

 彼は現実世界でその存在を滅した湖で、今また同じことをしようとしている

だけなのよ」

 「しかし!」

 もうすでに胸まで浸かっている連城が僕の方を振り向いた。そしてあの人を

小馬鹿にするような微笑みで僕に言った。いや、その言葉は聞こえなかった。

 だが確かにこう口が動いたのを僕は見た。

 「山下くん。全ては因と果。関わっているんだよ」

 「連城!」



 場面が変わった。僕は見慣れた布団に横たわっていた。

 違った。

 場面が変わったのではない。

 夢から覚めただけだった。

 僕は寝癖の付いた髪を掻きながら身体を起こした。今日は月曜日だった。

 また仕事が始まる。

 いつもなら嫌な気分なのだが、今日はさほどではなかった。

 僕は顔を洗うために洗面所に向かった。

 気分が良い理由は分かっていた。夢のせいだ。

 「全ては因と果だよ」

 わかっているよ、連城。       


あとがき

 見た夢、そのまんま文章にした話です。凄い突拍子もない夢で感動したので

小説にしました。そのせいか分かりにくいかも知れませんね。一年前の存在が

どうとか。探偵が出てくるけど推理物でも何でもないです。ただ、この 

妙な『雰囲気』だけを味わって欲しいなあと思って書いた話です。

 特に何を語っているわけでもないので、自分の小説としてはあまり気に入っ

ていません。 友人のW氏はいたく気に入ってくれたけど。

だいたい夢で見た事柄って見た本人は、物凄く感動したりするけど、他人に聞かせると

たいしたことがないことって多いんですよね。

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