天上川の宝石

作 山下泰昌


 今日は僕の仕事の紹介をしよう。

 みんなも知っての通り、僕は宝石加工職人だ。だが、その仕事の内容は意外

と知られていない。今日はその一部始終を細かく説明していくよ。

 まず僕らは、宝石を採集するところから始める。

 宝石は天上川でしか採集出来ない貴重なものだ。そしてその天上川はみなさ

ん知っての通り、僕らの街イデアリアの上空50メートルの所を流れている。

 つまり僕らは何らかの方法で50メートル上空までたどり着かなくてはなら

ない訳だ。

 その方法は人によっていろいろだ。僕の場合は下から一段一段ピラミッド状

に階段を重ねて行く方法をとっている。しち面倒くさい方法だが、凡人の僕に

とってはこれが一番確実だし、これ以外の方法は出来ない。

 人によってはジャンピングブーツで、それこそ一足飛びに天上川までジャン

プしてしまう奴とか、また、天上川の水上で暮らしながら宝石を採集している

奴もいる。だが、そんな奴らはほんの一握りだ。ジャンピングブーツはかなり

危険性のある機具で使いこなすのに才能がいる。また、天上川に棲み付くのも

危険性がある。天上川の川面には毒性のあるガスが発生しており、生まれつき

耐性のある人間でないと5時間以上の連続吸引は死に繋がることになるのだ。

 と言うわけで僕ら凡人は下から地道に階段や梯子を掛けていくしかないんだ。

 また、たまたま天上川から落ちてくる宝石を拾い集めて利用している奴もい

るが、これはもはやプロとは言えないね。良い宝石は自分で探し出さなければ

見つからない。また、そんな落ちてきた宝石を使っても良い作品は作れないさ。

 あと、許せないのが、僕らが苦労して採集してきた宝石を盗んで行く奴。

こういった輩にはこの仕事をやっていく資格はないね。彼らが僕らの同業者と

呼ばれることは吐き気がするほどむかついてくる。君らも宝石職人を目指すの

だったらこういう手合いには気をつけた方がいいよ。

 おっと、言い忘れていたけど、実はもう一つ天上川に上る方法があるんだ。

これは、先の2つよりさらに危険性が高い方法なのだが・・・

 最近、巷で跳躍力を10倍にする薬というのが販売されているが、あれは

止めた方がいい。確かに効果は絶大だが、副作用が著しくて自分の精神をぼろ

ぼろにしてしまうんだ。僕はそうして自らの命を縮めた同僚を何人か見てきた。

 先輩としてこれは忠告しておくよ。

 薬は絶対やめた方がいい。


 さあ、遂に天上川の上にあがった。さて、ここから何をするのかと云うと・・・

 え、長居出来ないのに、そんなに悠長なことを言っていていいのかって?

 大丈夫、大丈夫。実質、宝石を採集するのなんて五分もかからない作業なん

だ。どんなに長くかかっても30分。だから採集するのに、そんなにあわてな

くてもいいんだ。

 大事なのは気を研ぎ澄ませること。

 あせって、極上の宝石を見落としてしまったらそれこそ大馬鹿ものだからね。

 宝石は川底にごろごろと転がっている。

 色はまちまちで、深いグリーンの時もあるし、沸き立つようなレッドの時も

ある。全てを見通すようなブルーの時あるし、陽気なオレンジの時もある。

 だけど大事なことは色に囚われず宝石の本質を見抜くことだ。

 本当にそれが価値があるのか。

 それは何10年もこの仕事をしているプロでも間違えることがある。それも

資質ってことさ。

 あと、素人が良く間違えるのだが、ーーー僕も良くやるんだがーーー天上川

の川底には宝石によく似たゴミも転がっている。それを間違えて拾ってこない

ことだ。まあ、それでも下界に持っていけばある程度の価値にはなるんだけど

ね。


 さあ、採集してきた宝石をテーブルの上に広げよう。色とりどりの美しい宝

石がごろごろあって、どれから加工したらいいか目移りがするだろう。

 だが、ちょっと待ってくれ。

 その中からいきなり一番良い宝石をむんずと掴んでいきなり加工を始めても

いいが、やはり理性的な人間なら綺麗に分類しておきたい所。

 作品の主に持ってくれば間違いない、派手で深い宝石。

 主の宝石を引き立てるような小さい宝石。

 大作品には使えないがアクセサリーのような小さい作品だけに使える宝石。

 とまあ、こんな具合に自分で整理しておくと仕事する時に便利だ。僕は今言

ったようにだいたい3つに分類している。

 えらそうに言っているけど、僕の部屋もついこの間までは床に宝石がごろご

ろしていて、仕事がやりにくくて仕方がなかったんだ。分類が終了したのは、

最近だ。

 君らにも僕の苦労を味あわせたくないから忠告をしておくよ。


 そして、やっと加工だ。

 ここからが宝石加工職人の腕の見せ所って訳なんだが、一番難しいのも当然

ここって訳だ。これに関しては僕もいろいろな技法を拾得中なんで、アドバイ

スなんて出きっこないんだけど。まあ、苦労話でもしておくかな。

 せっかく苦労して天上川から取ってきた宝石なのだが、この加工の過程で台

無しにしてしまうことが良くある。というかほとんどそんな感じなんだ。

 天上川で取って来た時は、質、大きさともに文句なしの宝石だったのに、

加工を続ける内に次第に輝きを失って行き、ただの石ころになってしまう・・・

 宝石のツボとも云うべき大事なポイントがあって、うっかりそこを削ってし

まうと、もう駄目だ。宝石は生気を無くしたかのように、どんどん輝きを失っ

て行ってしまう。そのツボをいかに探り当てるか。それが肝心なんだね。

 ごくごくまれなんだけど、その逆もあるよ。たいしたことのないと思ってい

た宝石が加工して行く内に輝きを増して行くってことが。

 あれは本当マジックとでも言うしかないね。

 自分の手の中で作品となった宝石が次第に光り輝いて行くさまの感動は、

本当何物にも替え難いものだ。あの瞬間があるからこそ、僕は宝石職人をやっ

ているようなものさ。もし、今のまま僕の作品が評価されないで、一流の職人

になれなくてもあの感動がある限り、僕は宝石職人をやめないだろうね。


 さて、これで宝石加工職人の仕事は一通り説明した。今日の話を聞いて、宝

石職人の志望を諦めた人はいるかな?

 確かに宝石を見つけたり、加工したりすることは難しいさ。でも、一番大事

な才能はそんなことじゃあない。

 宝石加工職人に一番大事な才能は素晴らしい宝石を見つける才能でなく、宝

石を美しく加工する才能でもない。

 自分の作品を作りたいという衝動を止めることの出来ない、才能。

 それこそが、僕ら作り手と批評家とを決定的に分けているものであり、一番

大事なものなんじゃないかな。

 それは呪いみたいなもんだ、って言う人もいるけどね。

 今日は長々と僕の話を聞いてくれて、どうもありがとう。

 ライバルが増えるのは嫌だけど、お互い一流の宝石加工職人になれるといいね。


あとがき
これは、同じく小説家を目指している友人に宛て書いたような小説です。

彼は「小説書くのが楽しくない」のに小説家を目指しているのです。

小説書くのが楽しいから小説家を目指している私にとって、それは本末転倒に

思えたのですね。

宝石=小説のアイデア、みたいに置き換えて読んで頂くと分かって頂けると

思います。

ちなみにジャンピングブーツを使うのは=鬼才、天上川で暮らす奴は=天才、

です。

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