恋人レッスン 

第三話 後編

作 山下泰昌


12月24日 クリスマスの過ごし方

一応、待ち合わせ時間は午後一時の予定だった。

 俺は朝、歯を磨きながら、

 やっぱりプレゼントは必要かな?

 などと考えていた。

 クリスマスとは関係ないデート

 とは言いつつも、万が一、向こうが気を使ってプレゼントでも持ってきたら

(そんなことはないと思うけど)、何にも用意していない俺は恥ずかしい思い

をすることになる。一応、買っておくのが無難だろう。

 プレゼントを買うとしたら何がいいんだろうか。

 俺は立石の姿を頭に想像した。

 アクセサリ関係はどうかな。ブローチとかペンダントとか、髪留めとか。

でも本人はお洒落は嫌いと明言しているんだし、そのアイデアは却下か。

 とすると何が良い?

 立石の趣味を考える。

 読書。

 本はどうだ? だけど、他人から贈られた本ほど迷惑な物はない。仮に趣味

に合った本を贈られたとしても、趣味に合っているだけはあってすでに読了済

みであることが多い。逆に読んでいない本を贈られた場合も「お前はこの本を

読んでいないだろう? 俺は読んだことがあるんだぜ」と見下されているよう

な気分にもなる。そしてそうやってもらった本はだいたい本棚の肥やしになっ

ている。却下だ。

 じゃあ、ブックカヴァーはどうか。

 その案もすぐに却下した。だいたいブックカヴァーほど鬱陶しいものはない。

 そもそもいつも立石は本屋で付けてくれる紙のカヴァーですら外して読んで

いるではないか。

 じゃあ、空手着。サイズが分からない。却下。

 黒帯。そんなもの一本あれば充分だ。当然、却下。

 あ、物じゃなくて食べ物なんかはどうだろ。食べてしまえば、後腐れもない

し立石は好き嫌いは少ない。

 やめよう。修学旅行のお土産じゃあないんだから。

 まあ、街に出れば何か見つかるだろう。

 俺はそう考えて、口にいっぱいになった歯磨き粉と唾液をぺっと吐き出した。



 と考えたのが大甘だった。

 街に出ると選択肢は無限に広がった。手始めに俺は船橋駅周辺の西武・東武

・シャポー・イトーヨーカドーといったデパートから巡ったのだが。

 服。帽子。マフラー。手袋。ハンカチ。ブローチ。ネックレス。指輪。時計。

髪留め。リボン。コップ。文房具。CD。インテリア。ゲーム。パズル。ジョ

ークグッズ………。

 たっぷり二時間は見て回った俺は血糖値が低くなったのか、少し気分が悪く

なった。

 やっぱりプレゼント買うの、やめるかな。

 自販機でホットコーヒーを買って飲みながら、俺はそんなことを考えていた。

 無理して買うもんでもないだろ。

 だいたい、プレゼントって何だ?

 必ずクリスマスにはあげなくてはいけないものなのか?

 義務なのか?

 違うだろう。

 喜んでもらいたいから、あげるんだろう。

 そこで俺は首をひねった。

 いや、それも何か違うような気がする。

 喜んでもらいたい、というのはかなり一方的でおこがましい。

 そもそも他人の心の中は完全に覗けないんだし、喜んでもらえるプレゼント

なんて選べないかも知れないじゃないか。

 それじゃあ、無難なプレゼント?

 わざわざ無難なプレゼントなんて選ぶ必要がどこにある?

 俺は首を大袈裟に横に振った。

 いかんいかん。疲れてくると考え方が理屈っぽくなる。

 俺は飲み干した空き缶をゴミ箱に放った。



 待ち合わせ場所はJR津田沼駅北口二階コンコースの《時計》の下。

 前回が俺のホームグランドの船橋だったので、今回は立石の家寄りにしたの

だ。

 立石の家は《薬園台》。津田沼からは新京成電車で二つ目だ。

 しばらくしてホームに繋がる階段から立石がその姿を現した。

 「お待たせ」

 立石は前回とほとんど同じ服装プラス、マフラーという格好だった。両手は

ポケットに突っ込んでおり、プレゼントなどを持っている様子はない。

 まあ、それはある程度は予想していたけど。

 「よう」

 立石は一瞬だが、にこりと笑った。

 最近少しずつだが、笑ってくれる確率が増えたような気がする。

 俺は立石の笑顔は好きだった。

 「んじゃ、行くか」

 立石はこくりと頷く。

 俺達は並んで駅前通りを歩き始めた。冷たい空気を突っ切って俺達は揚々と

進む。立石は歩速が早い方なので、俺もあまり気を使わなくて済むので楽だ。

 クリスマスにカップルで歩く。

 相手が立石とはいえ、ちょっと嬉しい、実際。

 一人で歩いている男達がたまにちらりと視線をやる。

 自意識過剰かな。少しばかりの優越感。

 「どこのカラオケに行くんだ?」

 ふいに立石が訊いてきた。

 「ああ、このすぐ近くカラオケボックスだけど」

 「ふうん」

 そしてしばらくうつむいて何事か考えるようにして、

 「何か採点する機能付きのカラオケというのがあると聞いたが」

 と言った。

 俺は目を丸くした。実に立石らしくない知識だ。

 「ああ、あるけど? でも良く知っているな」

 「立石が」

 と続けかけたが、それはすんでの所で飲み込んだ。

 「自分がどれくらいのレヴェルか、確かめたい」

 俺は右手を顔の前で振った。

 「駄目駄目。あまり当てにはならないよ」

 「本当か」

 「ああ。基本的に一部一部の音程と言葉が合っているかどうかを判別するか

ら、曲間のシャウトとかハーモニーとかで勝手なことをやると減点されちゃう

んだ」

 「へえ」

 「だから、滅茶苦茶上手い人が三十点くらいだったりすることもあるんだぜ」

 「そうか」

 するとまたしばらく何事か考えていたかと思うと

 「何かハーモニー機能があるカラオケも有ると訊いたが」

 と言う。

 何だ。ずいぶん下調べして来たな、立石。

 「ああ、確かにあるけど。誰に訊いたの?」

 「美奈に訊いた」

 「ああ、この前電話に出た妹さん」

 「そうだ」

 「妹さんは良くカラオケに行くんだ?」

 「ああ。行っているみたいだ」

 うーん。電話の応対の感じからしても、どうも対照的な姉妹のようだ。

 「ところで、ボイスチェンジ機能というのはどういう……」

 こんな感じでカラオケボックスに着くまで立石の質疑は続いた。

   カラオケボックスの中は当然のごとく暖かい。俺達は上着を脱いで適当にソ

ファの上に置いた。

 立石は相も変わらず、女の子っぽくないワイシャツに、厚めのセーターを着

ていた。

 俺は、弱冠、立石の胸の隆起が気になって、視線が泳ぐ。

 「ん? どうした?」

 立石は不思議そうな顔で俺を見る。

 「いや、別に」 

 俺は照れ隠しに曲目リストをぱらぱらとめくった。

 今日はサザンで行こう。

 俺はさくさくと曲を探し、じゃんじゃん曲を登録する。

 それを横目で見ていた立石が

 「おい、飯尾! 今、三曲くらいまとめて入れてだろ!」

 「ん? そうか?」

 「ほら、カウントが《3》になっているぞ!」

 曲が鳴り始めていた。俺は素知らぬ顔で歌い出す。

 いや、歌い出そうとした。

 曲はいきなり止まった。立石が演奏停止ボタンを押したのだ。

 く。いつの間に操作を覚えやがった。

 そして手早く割り込み操作で曲を登録させている。

 「きさまぁ!」

 「ふん。お互い様だろ」

 立石は横目で俺をちらりと一瞥すると自分の曲を歌い出そうとした。

 椎名林檎だ。また立石らしからぬ曲を。

 しかしその曲はいきなりテンポアップを始める。

 「な? なんだ?」

 立石は当然のごとくあわてる。そしてそれを操っているのはやはりというか

なんというか、俺だった。

 俺はキー操作ボタンも駆使して立石に満足に一曲通して歌わせないと、すか

さず自分の曲を歌う態勢に入った。

 しかし、曲が始まっていざ、歌い始めても俺の声はスピーカーから聞こえて

こない。

 立石がマイクの音量をゼロにしたのだ。

 こうして俺達の壮絶なバトルは延々続……。

 続いてたまるか! せっかく金を払って来ているんだから。

 数分後、汗だくになった俺達は取り決めを交わした。

 1,曲は交代で一曲ずつ入れる。

 2,相手が歌を歌っている時は邪魔をしない。

 以上。

 これでようやく普通のカラオケになった。

 俺は、サザン、B’Z、GLAY、ラルクなどを、

 立石は宇多田ヒカル、椎名林檎、ドリカム、などを歌う。

 ひとしきり歌いきって二時間近く経った時、フロントから残り五分のコール

を受けた。

 さして普段から歌いまくっているわけでもない俺達はすでに喉ががらがらだ。

 俺は後五分でラストを了承した。

 「だけどさ、最後はどっちが歌うんだ?」

 立石が訊いてきた。

 「順番で行くと俺だけど」

 「いや、そうだけど、そうすると飯尾が一曲多くなる」

 それくらい譲ってくれよ、と思いつつ俺はこの場は立石を立てる。

 「立石、歌っていいよ」

 「それだと私が一曲、多くなる」

 じゃあ、どうしろって……

 だが、俺はそこで妥協案がすぐ頭に浮かんだ。

 「じゃあさ、最後はデュエット曲にしよう」

 「え?」

 「そうすれば不公平なしだ」

 「ああ、そうだけど……」

 立石はそうは言ったが少し戸惑い気味だ。

 実は言った俺も、戸惑っている。というか言ってから後悔していた。

 立石と俺がデュエット? またまた信じられない構図だ。

 ぷ。

 だが、一度言葉に出してしまったものは仕方がない。前向きに検討していか

なくては。

 「どんなデュエット曲があったっけ」

 俺は曲目リストをめくり、歌えそうな歌を読んだ。

 「『銀座の恋の物語』」

 「高校生が選ぶ曲か?」

 すかさず立石からツッコミが入った。

 「『カナダからの手紙』」

 「……飯尾、なんか趣味がオヤジくさいぞ」

 悪かったな。お、これなら新しいぞ。

 「『Grateful day』」

 「ごめん、ドラゴンアッシュってあまり知らないんだ」

 「『シャララ』」

 「知らない。いつの歌だ」

 失礼な。サザンだぞ。

 「『世界中の誰よりもきっと』」

 「ああ、それなら、なんとか……」

「古くないか、これだって」

 「『カナダからの手紙』よりはましだろ」

 そりゃ、そうか。というか、これ以上うだうだ考えていると、時間がどんど

ん無くなっていく。俺は手早く、曲を入力した。

 曲が始まった。

 立石のパートからだ。あまり慣れた歌ではないのか少しぎこちない。

 次は俺のパート。やはり、あまり得意な歌ではないので、ちょっと歌いづら

いが、それでもなんとか無難にこなす。

 そしてサビ。

 ここでハモる。俺は出だしを合わせるため、立石の方を見た。

 立石も俺の方を見ている。

 目で息を合わせる。身体でタイミングを取る。よし。出だしは上手く合った。

そしてハモりも思ったより上手く行った。結構、俺のダミ声と立石の高い声は

マッチしていて歌っていて気持ちよかった。サビの後半でかなり高い場所があ

るが、そこはおとなしく立石にまかせた。

 そしてまたお互いのソロパートに戻り、また一緒に歌うサビの部分。

 俺達はまた目を合わせる。

 俺はそこで我に返った。何だ。俺は立石と見つめ合って一体何をやっている

んだ。  俺は急に照れくさくなって視線を逸らせた。

 それに歌詞の中とはいえ、《愛している》だのと口に出すのは恥ずかしい。

 そう自覚し出したとたん、俺の歌は曲から外れだした。

 立石はそんな俺を不思議そうな顔で見ながら、きちんと自分とパートは貫徹

する。

 俺の方はというとそのまま結局最後まで軌道修正出来ずそのままカラオケは

終了した。



 その後、ゲーセンに行って、パンチングマシンで立石の実力を垣間見て顔面

蒼白になった後、駅前のマックに入って軽く食べて外を出たときには空はうっ

すらと暗くなり始めていた。

 俺達は新津田沼駅に向かいながらとぼとぼと歩いた。

 「船橋ではホワイトクリスマスの可能性ってほとんどないらしいな」

 立石がすでに星が瞬き始めている空を見上げながら言った。

 「へえ。立石でもホワイトクリスマスなんてこと、考えるんだ」

 俺が何の気無しにそう思ったまま言うと、立石はたちまち不機嫌になった。

 「悪かったな」

 「いや、別に悪いなんて言ってないじゃん」

 「いいや。今のは明らかに侮蔑の意味が込められていた」

 「違うって。どちらかというと感嘆の意味の方が込められていたんだって」

 「ふん」

 立石はそっぽを向く。

 でも、何だかんだ言って、良く話すようになったよな。良い傾向だ。

 俺は一人頷く。

 ん? 何だ? 良い傾向って。

 立石が良く話したからって、俺が何で喜ばなくてはならないんだ。

 俺は一人、首を横に振る。

 「どうした? 飯尾」

 立石がそんな俺に気付き、不思議そうに見る。

 「いや、別に」

 そんなこんなで俺達は新津田沼駅に着く。

 俺は立石が券売機でキップを買っているのを横目で見ながら、ジャンバーの

懐の中で隠し持っていた包みを握りしめて、

 どうしようか

 と思案していた。

 プレゼントは結局、買っていた。

 一応、ブランド物のスポーツタオル。

 このくらいなら、貰っても負担にはならないし、困る物でもないし、なによ

りスポーツをやっている立石には実用的だろう。

 だが、俺はこの期に及んでプレゼントを渡すべきか渡さざるべきか悩んでい

た。

 どうやら、立石はプレゼントを用意していないみたいだし、ここで渡しても

立石の重荷になってしまうのではないだろうか。

 おまたせ、とでも言うかのように軽く手を上げて、キップを買って戻ってき

た立石は俺の表情を見て首を傾げた。

 「どうした、飯尾?」

 「いや」

 と言いかけて、俺は懐の中の包みを更にぎゅっと握る。

 ここで、渡さないで、どうする!

 いや、渡さなくても、所詮スポーツタオルなんだから、自分の家で使えるじ

ゃないか。

 ……。

 莫迦か。俺は!

 俺は冷静に自分の心をトレースしてみた。

 俺が今、素直に思っていること。

 余計な虚飾を剥ぎ取り、それだけを考えてみた。

 決心がついた。

 俺は織田信長の草履なみに暖まったプレゼントをジャンパーの懐から取りだ

し、立石の前に突きだした。  

 「立石、これ」

 立石は目を丸くした。

 「何だ。これ?」

 「いや、その一応クリスマスだからさ」

 「クリスマスだから?」

 ……。

 やっぱり説明しなくてはならないのか。

 「つまりクリスマスプレゼントってやつだ」

 「私はキリストじゃないし、誕生日でもないぞ。貰ういわれはない」

 「クリスマスは付き合っている相手にプレゼントを上げるというのが……」

 「決まっているのか?」

 「いや、決まってないけどさ……」

 俺は顔を上げた。そしてしっかりと立石の目を見た。

 「……早い話が、あげたいんだな。俺が、立石に」

 立石の顔は一瞬にして真っ赤になった。そして怒り出す。

 「な、なぜ!」

 「いや、その、何でだろうね」

 うん。何でだろう。俺が俺に訊きたい。でも、これが素直な気持ちだ。そし

て万人がプレゼントを人に上げる理由って結局はこれなんじゃないだろうか。

 立石は怒った顔のまま、しばらく俺から視線を逸らして呻いていたが、やが

て奪い取るように俺からプレゼントの包みを受け取った。

 「そういうことだったら、頂く。あ、ありがとう」

 立石は目を逸らしっぱなしだった。

 俺はようやくほっとした。肩の荷が下りたような気分とはこのことか。そし

てその肩の荷はたぶん、立石に移ったに違いない。

 「正月はどこか行く? 初詣でも」

 楽になった俺はそう話題を振る。

 「すまん。暮れから七日までは家族で旅行に行かなくちゃいけないんだ」

 「あ、そう」

 北村、本山に引き続き立石までもがいなくなるのか。学校が始まるまでの

退屈な日々を想像して気が遠くなりそうだった。

 「土産、買ってくるよ」

 立石はそう言ってにこりと笑う。

 話が途切れた。

 そろそろ潮時かな。

 「じゃあな、立石。旅行、気を付けろよ」

 そう言って改札口で別れようとした時、

 「あ、飯尾。待った!」

 と立石が引き留めた。

 俺は振り返る。

 「あ、あのさ」

 立石は何を緊張しているのか、身体を小刻みに動かして、少しどもりながら

言葉を続けた。

 「貰ってばっかりだと、気が収まらないんでさ」

 立石は自分の首に巻かれていた白いマフラーをふわっと解く。

 そして俺にそれを無造作に差し出した。

 「これ、やる」

 「え? これ」

 「私が使った後で悪いけどさ。一応、買ったばかりだから」

 「いいよ、気を使わなくて」

 俺は一応、断った。

 「いや、気なんか使っていない。その、私も」

 立石はじっと俺の目を見た。

 「飯尾に、あげたいんだ」

 そう、あの透き通った瞳で。

 俺はその目を見つめ、そして素直に受け取った。

 少し目が粗いそのマフラーは白は白でも微妙なグラディーションが付いてい

た。

 「ありがと」

 俺がそう言うと立石は更に居心地が悪くなった様になり、

 「それじゃ、またな」

 と言って何かに急き立てられる様に駅のホームへと消えていった。

 俺は立石の姿が完全に見えなくなってからそのマフラーを首に巻いた。

 立石の髪と同じ匂いがした。 



 

1月9日 登校の仕方

 退屈ながらも短いようでやっぱり短かった冬休みが終わり、今日が三学期の

始業式だった。

 俺は定期が切れていたのを良い理由にしていつもと違う通学路、つまり総武

線で西船橋まで行ってそこから東葉高速で北習志野というルートを辿った。

 やはりいつも同じ通学路だと飽きるので時々、とりかえるというのが、俺の

いままでのパターンだったからだ。

 ちょっと照れくさかったが立石からもらったマフラーは一応巻いていった。

滅茶苦茶寒かったというのがその理由の一つなんだが、まあ、既製品だし他人

に―――特に北村と本山―――冷やかされることもないだろうと思ったからだ。

 西船橋駅に着いて、電車を乗り換えようとしてホームを歩いているとふいに

一人の女の子が俺の顔をじろじろ見ているのに気が付いた。

 俺はその子の顔を見返す。

 くりくりとした目。丸っこい顔。赤いリボンで留めたポニーテール。身長は

かなり小さく百四十五センチくらいだろうか。可愛い感じの女の子だった。身

に纏っている制服から考えて、私立のS学院の中学生と判断した。判断したは

いいが、見知った子ではなかった。

 しかしその見知らぬ子は物怖じせずに俺の方につかつかやってきて頭を下げ

る。

 「おはようございます。飯尾さん」

 「え?」

 俺の頭の中はハテナマークでいっぱいになった。

 何で俺の名前まで知っている!? 俺ってひょっとしてS学院で有名なのか?

 ヒーロー? 

 一瞬でそんなことを考えた俺はやはり大莫迦ものだろうか。

 その子はにっこり笑って言う。

 「いつも姉がお世話になっています」

 「え? ああ!」

 そこまできてやっとピンと来た。

 「立石の妹か!」

 「ぴんぽーん。大正解!」

 その子は嬉しさを全身で表現する。何て姉とは対照的な妹なんだろうか。姉

の百倍は感情表現が豊かだ。

 「ええと、美奈ちゃん、だっけ」

 「はい、S中学三年です。飯尾さん、この路線でしたっけ? 確か記憶では

姉と同じだったはずですが」

 「ああ。定期が切れたからちょっと通学路変えてみたんだ。美奈ちゃんは?」

 「いつも、これです。ああ、飯尾さん、マフラーして下さっているんですね?」

 「え? ああ。ま、一応な」

 「姉の拙い技術でやっとこしらえたマフラーなんですよ、姉も喜びますよー。

ほら色が段々変わっているでしょう?」

 「え? え?」

 何? 拙い技術って? こしらえたって?

 「これって白い毛糸を選んじゃったからなんですよ。だから私がもっと色の

濃いのを選んだ方が良いって言ったのに」

 毛糸を選んだ?

 「でも初めてにしては上手いでしょう。目なんかきっちり落とさずに編んで

いるし、ぱっと見、初心者が編んだとは思えませんよね。姉、性格が几帳面だ

からこういうのって合っているみたいです。もうやりだすと徹底的なんですか

ら」

 「手編み!? 立石の!?」

 俺の驚いたような顔を見て、美奈ははっと気が付いたかのように口に手を当

てた。

 「やばっ。言っちゃまずかったかな」

 俺はマフラーを首からほどいて目の前で広げた。言われてみれば既製品とは

違う微妙な不揃いさがあるような。だが、普段、手編みのマフラーなんぞ、し

たことのない俺には区別なんかつくわけがない。

 「一ヶ月も前から始めていたんですよ。クリスマスぎりぎり間に合ったって

喜んでいたんです」

 「じゃ、じゃあさ、あの電話の『クリスマスの定義』発言は何だったわけ?」

 すると美奈はぺろっと舌を出した。

 「素直じゃないでしょう。飯尾さんから電話来るまで散々そわそわしていた

癖にいざ、電話を取ったらああですよ」

 なんてこった。

 じゃあ、まるでプレゼントなんか用意していないような振りをしていた癖に、

本当は一ヶ月も前から準備していたんじゃないか! きったねえ。

 「姉って、絶対本音を喋らない性格ですからね。なんだかんだ言って結構イ

ベント事は好きなタイプなんですよ」

 やられた。薄々そんな気はしていたんだけど。だが、自分が思っていたより

立石の見方を軌道修正する必要性がありそうだ。

 その時、東京方面の電車が進入してきた。

 「あ、いけない。私、この電車に乗らなくちゃいけないんです」

 電車は徐々に減速し、そしてやがて止まり、中から多量の人間を吐き出す。

 美奈は少しあわて気味で深々と頭を下げた。そしてぴょこんと電車に飛び乗る。

 「それじゃ、失礼します」

 「じゃあね」

 と言いかけて、そこで俺の頭にある一つの疑問が湧いた。ささいな疑問なん

だが、そこで訊かないとその日一日、気分が悪くなるような気がしたのだ。

 「ところで、さ。美奈ちゃん、一つ訊きたいことがあるんだけど」

 「はい。なんでしょう?」

 「何で俺の顔知っていたの?」

 美奈は肩をすくめた。

 「さあ、どうしてでしょうね!」

 電車の扉がタイミング良く閉まった。

 俺をホームに取り残したまま、にこにこ顔の美奈を乗せて電車は実に気持ち

よさそうに走り去った。


あとがき

   今回の話のテーマは《クリスマス》ではなく、《プレゼント》です。そうい

う意味では題名も『プレゼントの渡し方』にするべきだったかも知れませんね。

 今回の話も前回に引き続きK女史、そして義姉、しまじろうさん、チーフに

アドバイスを頂きました。ありがとうございます。

 それでは次回『彼女の部屋での過ごし方』を乞うご期待。


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