恋人レッスン 

第八話 レッスン終了 中編

作 山下泰昌


 文化祭がいよいよ始まった。

 文化祭前に何ヶ月もかけた準備のあの忙しさの割には始まってしまうとなんてことはなかった。

それともあの準備の忙しさがあったおかげで、今のこの平穏があるのだろうか。 考えてみたら

文化祭当日の保健委員の役目のほとんどは怪我人や外部入場者の迷子の保護などだ。暇なの

は当たり前かも知れない。逆に忙しかったらそれはそれで大事だ。

 俺は救護班本部のテントの下で壬生とぼけえっと莫迦話をしているだけで良かった。 

 今日の壬生は躁鬱が激しかった。

 まあ、いつもエキセントリックなので、それほど気になったわけじゃないのだが。ただ、考えたら

夏休みが終わってからゆっくりと壬生と話す機会ってほとんどなかったような気がする。その反動

が今、出ているのだろうか。

 良くまあ、これだけ話題があるもんだと思うほど話が尽きない。俺はほとんど相づちを打つだけ

の状態なのに、それにも構わず壬生は喋りまくる。喋り倒す。

 と、思うと急にびっくりするくらいに唐突に押し黙ってしまい、そのまま沈黙が続くこともある。

やっぱり、お祭りだから壬生も浮かれているのかな、と思ってじっと壬生のことを見ていると壬生は

きょとんとした顔で俺の顔を見返す。

 「なんですか?」

 「いや、別に」

 別に改めて問いただすほど違和感があることではないので、俺はそう言って視線を逸らした。

壬生は肩をすくめて大きく息を吐く。

 「何っていうか、私、自分ってこんな性格だったんだなあって改めて気付きました」

 「な、なんだよ。どうした?」

 「私って、もっと攻撃的な性格だと思っていたんです。向こうがどうなろうと知ったこっちゃない。

自分の欲しい物を求めるために、がんがん攻めに出るタイプだと思っていたんです」

 「おい、一体何の話だ?」

 「でも、いざそういう状況になると駄目ですね。引いちゃって。だってどう考えてもそれが最善の

選択肢なんですもん」

 「……」

 何だ? 何を言っているんだろう。壬生は。なんとなく俺のことを言われているような気がするん

だけど、皆目見当がつかない。

 壬生は大きなため息を吐いた。

 「先輩。私、先輩が考えているより打たれ強い方じゃないんですよ。ガラスのジョーなんです」

 「……また、分かりにくい例えを」

 俺は途方に暮れる。この訳の分からない話とどう会話すればいいってんだ。

 「たぶん、私は攻撃が最大の防御だったんですね。でもその攻撃を自分で封じてしまったから、

無防備になった私の心は粉々に砕けちゃったんです。ガラスみたいに」

 壬生はそうして潤んだ瞳で俺を見つめた。

 「おい」

 俺はその瞳を見て動揺した。壬生が涙を見せることはない。というか俺は見たことがない。俺と

話していてこうなったということは、原因は俺にあるということだ。で、俺と壬生を繋ぐ線で考える

と立石のこと以外考えられない。

 だけど、なにがどうなって壬生がこうなるのか、良く分からない。

 まさか、立石とキスしたことが壬生に知れたんじゃないだろうな。

 ……ええと、敢えて言うことじゃないかも知れないが、あれから俺と立石は数回キスしている。

もう二度とこんな恥ずかしい状況にはならないだろうと思っていたらその機会は案外なんてことも

なく訪れてしまい、二人っきりで誰もいない時は結構してしまっている。

 二人っきりで立石の目を見ているとどうしてもキスしたくなる。それに立石自身それを拒まない。

 なぜ、キスをしたくなるんだろう。これが本能というものなんだろうか。でもキスをするということ

は動物の本能とは別物のような気がするし。

 でも目の前に立石がいると笑い掛けたくなるし、この腕の中に閉じこめたくなるし、キスしたくなる。

 これは真実だ。

 ……ええと、話がだいぶ逸れた。ともかく、俺と立石がキスしたことはそれこそ俺と立石しか知ら

ないことで、俺は他の人間に喋っていないし、立石も他に喋るような性格じゃないから、漏れるわ

けない。

 じゃあ一体なんで壬生は泣いているのか?

 俺がそう戸惑っていると壬生は急にぱあっと満面に笑みを浮かべた。

 「ええと、思ったことを垂れ流しにしたら、少し気が晴れました」

 「え?」

 「さ、先輩。仕事しましょう。ほら、迷子が来ましたよ! 案内してあげなくちゃ!」

 俺は首を捻った。

 やっぱり、こいつは訳が分からない。

 俺は泣きじゃくるその幼子を慰めながら、そんなことを思っていた。

***************************************

 適当に暇で適当に忙しい午前中が過ぎ、午後は他の保健委員と交代になった。というわけで

フリー。壬生がくっついてくるかと思いきや、「友達と約束がある」とかで風のようにどこかに行っ

てしまった。俺は宛てもなく校内をぶらつく。

 旧校舎から体育館に至る渡り廊下と広場のところでいくつか屋台が出ていた。俺はその内の

一つに見慣れた顔を見つける。

 そいつは剣道着姿で頭にねじりはちまきをしながら必死に鉄板の上のヤキソバと格闘していた。

 「おう、俺にも一つくれよ」

 「ほらよ」

 本山はそう言って焼きたての麺を数本放った。

 「あちゃちゃ!」

 俺は思わず手で受け取ってしまったそれをあわてて投げ返すと、すかさず本山の頭を小突く。

本山は苦笑いして身体を躱す。

 「冗談はいいから、山盛りで一人前くれ」

 「二百円な」

 「親友から金取るのかよ」

 「当たり前だ。部費の足しになるんだから」

 ま、もともとただで食うつもりはなかったし。

 俺はポケットに手を突っ込み、小銭を支払おうとした。その時、俺は本山の背後に思いも寄らな

いものを見る。

 「よいしょっと。本山さん、割り箸買って来たよ。お釣りはこの中でいい?」

 青いリボンで結ばれたポニーテールが元気良く揺れている。小さい背丈は屋台の裏の麺の入っ

た木箱の後ろで見え隠れしている。

 「……美奈ちゃん?」

 そのポニーテールの主、美奈はそう呼ばれると驚いたように目を丸くする。

 「飯尾さんー! いらっしゃい! ヤキソバ買いに来てくれたんですかあ?」

 「ヤキソバ買いにって……」

 君はこの学校の生徒じゃないでしょうが。剣道部の部員じゃないでしょうが。

 と、心の中でいくつもの突っ込むための言葉が浮かんでくるが、それは口に出る前に泡のよう

に弾けていく。

 「何? 美奈ちゃん。本山の手伝いに来たの?」

 「ノンノン」

 白いワイシャツにブルーのプリーツのあるふんわりとしたスカート。

 60年代テイストにまとめた私服で美奈は小気味よく人差し指を振った。気分はロリポップ。もと

もとポニーテールだからそれは良く似合っている。

 「お姉ちゃんの晴れ舞台を見に来たに決まっているじゃないですかっ! そしたら何か本山さん

が忙しそうだったから手伝っていただけ」

 はっきり言うなあ。

 隣で本山が苦笑している。本山としては嘘でも「本山さんに会いに来た」とか「本山さんの手伝

いに来た」とか言って欲しいわけだ。

 でも、確かにそういう柄じゃないと思う。惚れた男の仕事を甲斐甲斐しく手伝う為だけに文化祭

に来るなんて美奈ちゃんらしくないし。

 「あと、一時間後でしょ? ねえねえ、本山さんも一緒に行こうよ」

 美奈がヤキソバを掻き回している本山の腕を引っ張る。

 「ううーん。まあ、麺も後二十人分くらいだし。そのころには店じまいだろ」

 「やっほう。みんなで見られるねっ! 飯尾さんも嬉しい? お姉ちゃんのドレスアップ」

 「ああ、まあね」

 俺はかなり複雑な表情で頷いた。だが、美奈はそれにも気が付かないように暴走する。

 「そうだ。お姉ちゃんが舞台に上がったら一斉に声を掛けようよ。エル・オー・ブイー・イー・マ・ミ!

 って」

 「君は80年代のアイドルのおっかけか」

 俺は自分の実年齢さえも誤解されそうな突っ込みをとりあえず入れてから、また自問自答した。

 そうだよ、な。普通、自分の彼女が、綺麗になるっていうのなら嬉しいよな。

 俺は何で気が進まないのだろう。

 気恥ずかしいのだろうか。それとも余計なお世話だと思っているのだろうか。ほっといてくれ、

立石はそのままでいいんだ、とでも思っているのだろうか。

 いや、そのどれもが違う。

 俺は自分の心の中が分からなかった。この心の中で渦巻いている黒いものが何か分からなか

った。

 俺は。

 俺はこれが何かを知る為にも、立石のステージを見に行かなくてはならなかった。

****************************************

 俺は会場の一番後ろにいた。

 会場である体育館は大勢の生徒たちで埋め尽くされていた。

 ちょっと意外だった。結構、文化祭とか斜に見ているヤツらが多かったので、これほど集まって

いるわけがないとタカをくくっていたのだ。

 ステージでは照明と装飾で華やかだった。

 ああ、尾花、頑張ったなと率直に思った。

 司会が手際よく企画を進行させて行く、司会には見覚えがある。放送部の増山和夫だ。俺の

一年の時の同級だ。増山は恐らく放送部の後輩であろう女の子をアシスタントとして、ちょっと鼻

につくが素人臭さのない、冗談を交えたトークでイベントを進行させて行く。

 「……軽音部の大トリを努めたのは三人組ユニット『ROCK ROCK BEE』のみなさんでしたー!

 いかかでしたでしょうかー! ところで、恭子ちゃん」

 「い、いきなり、なんですか! そのわざとらしいフリは!」

 「いや、まあ、それはともかく。恭子ちゃんて綺麗になりたいと思う?」

 「……それって、あからさまに私は綺麗じゃないってことを言っているんですよね?」

 「いや、そういうわけじゃなくて。じゃあ、言い換えよう。恭子ちゃん可愛くなりたいと思う?」

 「同じことだろうがー!」

 恭子ちゃんの情け容赦ないローキックが増山の右ふとももを襲う。

 「う」

 観客はそのお約束に大笑いしていたが、増山は顔を真っ青にして身体を屈めた。あれは本気

で効いている。俺はそう思った。

 「……ええと、でも変身願望ってのはあるよね? その、つまり、今までの自分と、がらあって変

わっちゃう望みってのは」

 「そうですねえ。朝起きたらいきなりお姫さまになっていたら……なんて思う時、ありますよねえ」

 「そうでしょ? そうでしょ? 僕も突然黒いカードデッキを拾って、変身して、鏡の世界で戦って

みたいもん」

 「……それは何か違うと思いますが」

 恭子は少し増山から身体を引いた。

 「というわけで!」

 増山は強い語調で叫んだ。恭子はびくっと身体をびくつかせる。会場中の観客達も――もちろん

俺も含めた――はっとした。

 「次のイベントは本日文化祭初日のメインイベント! 『え!? これが本当に私? 大変身コン

テストーっ!』

 俺は身体が緊張するのが分かった。

 ――いよいよ、だ。

 「お姉ちゃんは、四番目ですよ。だからまだまだです。あと十分後くらいじゃないですか」

 俺の右隣で美奈が小声で助言してくれる。

 「あ、ああ。そうか」

 端から見てもそうと分かるほど緊張していたらしい。

 俺はワイシャツの胸元のボタンの一つ余分に外して身体の力を意識的に抜こうとする。 ステー

ジの上では一人目の女の子の変身前の写真がスクリーン上に投影されていた。

 無愛想で目立たなさそうな子だった。司会の増山の解説によると一年生、だということだ。

 「悪趣味な企画ですね」

 俺の左隣で腕を組みながら壬生がぼそりと呟いた。

 そう、壬生だ。

 わざわざ誘っていた訳じゃないが、このステージ企画の時間になったら偶然にも体育館に現れ

たのだ。それでせっかくだから、ということでみんな一緒に見ることになった。

 だが、美奈と壬生はそこはかとなく相性が悪いので、間に俺が挟まっている。

 「普段は余程、非道いということを宣伝しているようなもんじゃないですか」

 壬生は吐き捨てるように言う。

 確かに。でも最終的に救いがあるからこの企画は反対されないのだろう。

 ひとしきりトップバッターの女の子のプロフィールの説明があった後、やがてメイクアップ後の本人

の登場となった。ステージの前ではスタッフの一人が『おおげさに驚いて下さい』というプラカードを

持って徘徊している。だが、そんなカードを出すまでもなく、本人が登場した時点で、ステージ下は

興奮の坩堝と化した。ステージ下には恐らく同じクラスの人間で固められているに違いない。

 俺自身、登場した本人を見て驚いた。野暮ったい髪型は今風に小気味よくカットされて、シックで

それでいて活発そうな服でその身は包まれていた。

 さすがプロのメイクアーティストとスタイリストの手によるものだけはある。

 つかみはオッケーのようだ。会場中はこの最初の一人の大変身に沸き上がっていた。

 「素材がいい娘を選んでいるよな。もともと顔の造りも悪くないし」

 美奈の左隣でスクリーン上の変身前の写真を見ていた本山がぼそりと言う。

 ……言われてみれば、そういう感じがするけど。

 でもその辺を見極められるのはやっぱ本山だからかな。

 ひとしきりその子のインタビューと友人の談話を貰い、盛り上がったところで、アシスタントの恭子

は次なる出演者のアナウンスをする。

 「続く二人目は、男の子です! 三年の北村君ー!」

 だが、俺はその言葉を理解するまでたっぷり十秒かかった。

 そしてスクリーン上に見慣れたボケ顔が浮かぶと俺達は声にならない悲鳴を上げる。

 「嘘だろ」

 本山は吐き出すように呟いた。

 はっきり言って俺達は何も訊いていない。

 正直、「北村、何やってんだ?」的感覚。

 今日、この日まで秘密にしていたその忍耐力は舌を巻く。でも俺は立石の方に気を取られてい

たからそれは仕方がなかったのかも知れない。

 「それではご入場ー!」

 ステージの左奥の扉から軽快なステップで北村が現れる。だが、それは予め司会が「北村だ」

と紹介していたから分かったことであって、いきなり見たのなら、誰なのか分からなかったかも知

れない。

 どこぞのアイドルかと思う、こじゃれた服とこじゃれた髪型。それにたぶん、夏休み中にダイエット

でもしたのだろうか。見苦しさを醸し出していた腹はわずかに引っ込んでいた。

 これがプロの技か。

 およそ北村には似合わないと思われた茶髪や、ウルフカットや、ちゃらちゃらしたアクセサリーが

微妙な線でマッチしている。

 たぶん、これをもう一度自分でやれ、と言われても北村には出来ないかも知れない。本当に

一日だけの夢だ。

 『おおげさに驚いて下さい』のプラカードも必要ないくらいステージ前は興奮している。

 「……これも元の素材がいいのかよ。本山?」

 俺のその言葉に本山は顔を顰めた。

 「いや……」

 本山がそう躊躇している間にも恭子は司会を進めていく。

 「はい、それでは北村君の彼女にもご意見を伺ってみましょうー。尾花さんー?」

 ……。

 え、今なんて?

 「尾花さん、いますかー? ステージ企画担当の尾花さんー?」

 「なにーっ!」

 今度こそ俺達は絶叫した。

 彼女? 北村に彼女?

 しかも尾花? あの尾花?

 そうこうしているウチに舞台の袖からいかにも、今まで作業をしていました然とした尾花が照れ

くさそうに登場する。

 とたん会場中からひやかしの声が沸き上がる。

 恭子はその尾花にマイクを向けた。

 「はい、尾花さん。いかがですか? イメチェンを果たした彼氏は?」

 尾花は照れくさそうな表情はそのままで北村の姿を上から下までたっぷり三往復は見る。

 北村は緊張しているのか直立不動でその口から出る言葉を戦々恐々と待っている。

 尾花は北村の目を覗き込むように見上げると小さく微笑んだ。そして北村の耳元にその口を持っ

ていき、なにやら囁く。

 「え? ほんと?」

 北村が目を丸くする。そしてガッツポーズで全身で喜びを表す。

 尾花は顔を真っ赤にさせて「じゃ」と言って再び、舞台の袖に消えていった。

 司会の増山と恭子はその様子を唖然と見守っていた。やがて、恭子は気を取り直すようにマイク

を握りしめると口を開いた。

 「……さて、一体二人の間でどんな会話がなされたのか不明ですが、きっと良いことなんでしょ

うね。というわけで三年の北村君でしたー」

 会場中の喝采を浴びて北村は去っていく。

 唖然、呆然。

 一体、夏休みに何があったのだろうか。いつのまに北村と尾花は付き合っていたのだろうか。

 「お前、知っていたか?」

 「いや」

 本山は首を横に振る。

 やがてステージの裏手の階段から今し方壇上に居た男が降りてくるのが目に入った。

 北村だった。

 北村はその存在に気が付いた観客から好奇の目で見送られながら、こちらに近寄ってくる。

 そしてその顔に隠しきれない笑みを浮かべて

 「よう!」

 と元気良く右手を上げる。

 とりあえず俺達の取る行動は決まっていた。

 射的距離に北村が進入したことを確認すると、俺達は、ほぼ同時に北村の頭を叩いた。

 「なにするんだよ! ヘアスタイルが乱れるじゃないかっ!」

 何がヘアスタイルだ。何が。お前がそんな柄か。

 俺はもう一度その頭を叩くとその首根っこをがっしりと俺の右腕で締め付けるように押さえつけた。

 「アレはなんだよ。それにいつのまに、尾花と付き合っていたんだ、よ!」

 「いや、夏休み中、尾花の文化祭の仕事手伝っていたらいつの間にか」

 「何がいつの間にか、だ!」

 俺は更に北村の首を締め付ける。

 でも、夏休み中に尾花と付き合うことになったということは、立石はそれを知っていたということ

だろうか。もし、そうなら、どうして俺に言ってくれなかったんだろう。

 ……いや、そんなことはしないか、立石は。他人の恋愛に口を出すような性格じゃないし。

 「ね、北村さん! さっき尾花さんに何て言われたんですか?」

 美奈が勢い良く身を乗り出して来た。

 ああ、と俺はため息を吐く。

 いつもの美奈モードだ。好奇心で目がきらきらしている。

 「え?」

 北村は顔を上げる。その顔はみっともないくらいにやけている。

 ああ、もういい。その情けない顔を見ただけで何を言われたか分かった。

 「というわけで、一年男子の木俣君でしたー! さていよいよ、このイベントも大詰め。次は最後

の出演者ですー!」

 恭子のアナウンスに俺達は、はっとした。北村に気を取られているウチに三番目の出演者の出

番が終わってしまったらしい。それなりに盛り上がったらしく、ステージ並びに会場の体育館は

ざわつきを残している。

 ちょっと待て。次は最後だろ? つまり立石の出番ってことだ。

 俺は北村を拘束している右腕を外し居住まいを正した。

 「最後の出演者は三年の立石真美さんですー!」

 司会は再び増山にバトンタッチされた。

 会場はにわかにざわめく。

 皆、その名前が誰のことを指すのか分かっているようだ。好奇の光をその瞳に湛えて「え? 嘘」

とか「あの人が?」とかいう呟きがそこかしこから聞こえてくる。

 ……立石はその振る舞いから割と学園では有名人だ。かくいう俺でさえ、ほとんど話したことも

なかったのにも関わらず、その逸話などは聞き及んでいたくらいだから。

 だが、その数々の逸話もそのほとんどが噂に過ぎなかったことを俺はすでに知っているけど。

  立石のいつもの野暮ったい姿がスクリーンに映し出された。

 会場中が湧く。

 ……湧き方が気に入らない。その意味は嘲笑以外にあり得ないからだ。

 それに、一番写真写りが悪いヤツを引っ張ってきたらしい。俺は多少不機嫌になる。

 「気にすんなよ」

 北村が肘で俺の脇腹を突っついた。俺は知らず憮然とした表情を露わにしていたらしい。

 「気にしちゃいねえよ」

 俺は口元を上げ無理矢理表情を繕った。

 ……自分で無理があると思った。

 だがステージ上の企画は当然のようにそんな俺の表情など関係なく進んでいく。

 「立石真美さんはW流空手の有段者です。黒帯なんですね。いやあ、本当怖そうです。近寄っ

たらすかさず斬られそうな雰囲気の方ですねえ」

 増山がスクリーン上の立石を見ながら感想を述べる。

 「本当、増山さんなんかローキック一発ですよ」

 「……君、何かローキックにこだわりを持っている?」

 増山は少し腰を引き気味にして恭子に言った。

 「そして現在彼氏募集中だそうですー」

 おいおい。

 心の中で突っ込む。

 「飯尾さん、気にしちゃ駄目ですよ。この方が面白いじゃないですか」

 にやにやしながら、すかさず美奈が声を掛けてきた。

 いや、まあ、MCの流れでこうした方が面白いからやっているとは思うんだけどさ。なんか、嫌だ。

立石に一番近いはずである自分が無視されているようで。

「それでは彼女は一体、どんな風に変わったのでしょうか。それでは、立石真美さん、ご入場下さ

ーい!」

 派手な効果音を立てて舞台の袖の扉が開く。舞台下のスタッフが再び『おおげさに驚いて下さ

い』のプラカードを持って客達に指示を出す。

 ごくり。

 俺の喉がみっともないくらいになった。誰かに訊かれていないかと横目で左右を確かめる。だが

、みんなステージ上に視線を集中させていて、そんなことに気付いているヤツはいないようだ。

 俺も再びステージ上の袖に視線を移した。


後編へ続く