交差点

作 山下泰昌


 たまの休みが取れた。

 僕は家で寝ているのもせっかくの時間を無駄にしているような気がしたので、

図書館に行くことにした。

 図書館は、とある交差点を左に曲がってしばらくした所にある。

 僕はのんびり下駄なぞを鳴らしながら、その交差点に差し掛かった。

 その交差点はスクランブル交差点である。

 普通の交差点では歩行者が反対側に渡れるチャンスが縦横交互に1回ずつ

訪れるのに対して、スクランブル交差点というのは縦横斜めの横断が1度に

行われるタイプの交差点のことである。便利であるがそれだけに待ち時間も

長い。僕は激しく行き交う車の往来をぼんやり眺めていた。

 ふと下駄を左右交換しようか、なんて思った。

 下駄は時々、左右を交換すると長持ちするのである。僕はほんの少し飛び跳

ねて下駄を素早く、一瞬の内に取り替えてしまおうとした。

 出来もしないのに。

 案の定、親指が鼻緒に引っかかったままだった右の下駄がふとした拍子で

ぽんと車道の方へ飛んで行ってしまったのだ。

 しまった。

 脳が黄信号を発した。

 危険。

 幸い、下駄は車の轍を外れて転がっていて、無事であった。車と車の切れ間

を狙って下駄を回収した僕は、まわりの人々の失笑に少し恥ずかしくなりなが

ら、下駄を履き直した。

 その時、僕はふっと思った。

 何で、車道は危険なんだろう。

 車道に下駄が飛び出した瞬間、僕の頭は瞬時にして危険信号を発していた。

 つまり、車道は普通の道路とは別、だと頭の中で認識していた訳だ。

 だいいち、普通の道路で下駄が飛んでいっても、僕の頭は危険信号など、発

しないはずである。

 なぜ、車道は普通の道路と違うのか。

 そうだ。なぜ、車道は人が歩くことを制限されているのだろうか。なぜ、危

険地帯として頭の中で区分されているのだろう。

 理性的にはその理由が分かっているのだが、なぜだか僕にはそれがファンタ

ジックなことのように思えたのだ。

 本質的には僕らがほぼ全域を占領して鬼ごっこなどをして遊んだあの路地裏

と同じ物のはずだ。

 車道=普段、人が立ち入ることの許されない禁忌の領域。

 僕は背筋がぞくぞくして来るのを感じた。

 僕の視線がふと交差点の中心部に移る。

 交差点の中心。それは最も人が入ることの許されない車道の代表のような

その1点。

 まわりの人々が動き出した。しばらく空想の世界に入っていた僕ははっとす

る。

 信号が青に変わったのだ。

 僕はまわりの人々からワンテンポ遅れて歩き出した。いつの間にか、その足

取りは確固として交差点の中心に向かって繰り出されていた。

 そして僕はそこにたどり着く。

 僕はおもむろに右手をいっぱいに開いて、ぺたりとそこに置いた。

 長時間、日に当たったアスファルトが熱かった。

 信号が点滅を始めた。そこはすぐ一瞬後には禁断の地となる。僕は下駄を

忙しく鳴らしてそこから立ち去った。

 再び、わがもの顔の車達によって支配されたそこを僕は肩越しに振り返った。

 今度は中心部で寝てみようか。

 右手で感じたアスファルトの熱はしばらくの間、そこに残っていた。


あとがき
実際あって感じたことをストレートに書いた小説です。ジャンル分けすると私小
説になるんでしょうか。
 でも、この「車道=禁忌の領域」というテーマを使って、今度ファンタジー
ものを書いてみようかななんて思っています。
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