★韓国は甘い物もマシイッソヨ

パッピンス★写真左:韓国の夏と言えばパッピンス(かき氷)。今回、なかなか食べる機会がなかったので、最後に金浦空港で食べました。空港では1年中食べられるそうです。★
ヘバラギッシ★写真右:そして、毎回買ってくるおみやげのヘバラギッシ。ひまわりの種(皮を剥いたもの)にチョコレートがコーティングしてあります。★

★帰国した、その日に・・・

 さて、僕が帰国した8月11日(水)は、青少年交流の帰国日でもありました。子供達は朝5時20分起床、午前中の飛行機で日本へ帰っていきました。僕はゆっくりと午後の飛行機で帰りました。
 その日はほとんどのファミリーがお盆休みだったのですが、グループフェローとして参加したサバイの巣鴨・プクプクFは、やることになっていましたので、僕は成田空港から途中で夕食を食べて、ファミリーに直行しました。ファミリーにはちょっとお疲れのサバイ、そして韓国から帰ってきたばかりなのに疲れ知らずの子供達が数人、きていました。韓国のキャンプで作ったというSADAをして、話もたくさん聞きました。
子供達★写真左:韓国から帰ってきたばかりの子供達。護国寺・ハオハオFのヤンピンも来ていました。★
サバイ★写真右:韓国の話をするサバイ。疲れているけど、話し始めると熱が入ります。★

★そして、今。

 この旅行記の最後の章を書いているのは1999年11月19日です。今、僕の手元には、韓国の大学の入学願書があります。正式な大学入学の願書ではなく、外国人向け韓国語講座の願書ですが・・・この夏に韓国へ行った時には、まさかこうなるとは思ってもいなかったのですが、来年の4月から韓国で大学に通うことになりそうです。

 いろいろな状況が重なって、こういうことになったのですが、思いだしてみると・・・

1.この8月に韓国へ行った時、この旅行記にもあるように、電話で待ち合わせて人に会うということができた。『これなら韓国で生活できるかも。』という自信がついた。

2.しかし、実際に会って話をすると、もうちょっとで解るのに、その”もうちょっと”が解らなくてじれったいことがよくあった(特にHIPPO以外の人と話をした時)。それに、読み書きももうちょっとできるようになりたい。
  ただ、このことに関しては、僕はHIPPOの活動を通して自然習得でここまで話せるようになったので、大学なんぞで勉強しちゃうともったいないような気もする・・・。今までだったら「どうしてそんなに韓国語が話せるの?」「いやぁ、HIPPOだけですよ、ハッハッハ。」と言っていたのが、「いやぁ、韓国の大学で勉強しまして・・・」「あー、やっぱり、HIPPOだけじゃそんなになりませんよねー。」なんて言われそうなのがちょっとイヤだったりする。でも、やっぱり、『もっともっと話せて聴けて読めて書けるようになりたい。』と思う。

3.最近のイヤロン生の話を聞いて、おもしろそうだなぁ、と思った。特に9月の西武線合宿で、ドイツから帰ってきてから日本語を話さないサルカイの姿を見て、いいなぁ、と思うとともに『僕だってその国で何ヶ月か生活すれば、そうなるかも。』と思った。

4.そして、これが一番の理由かもしれない『今の職場が3月で消滅する』ということ。某電気メーカーの経営難のあおり。9月に、来年4月からどうするか、ということを会社側と話をした。倒産とかリストラとか、そういうことではないので、別の部署に異動することもできるけど、前から辞めようと思っていたのでちょうどいい機会。この機会を逃してまた何十年間もサラリーマン生活が続くと思うとゾッとするし、ウンザリする。今の世の中、終身雇用も保証されていないし。ということで、あっさりと退職することに決めた。

5.で、退職にも関連するけど、『独身』『家族が健康』であるということ。育ちざかりの子供がいたり、介護が必要な親がいたりしたら、こんな無謀なことはできない・・・。

6.さらに重なる偶然。僕のパソコン通信時代からの友人で、韓国については僕より数段詳しい岡本氏(ホームページはこちら)が、来年の3月から韓国の大学に行くことになっている。この話はだいぶ前から聞いていて、その時はただ単に、行ってらっしゃ〜いって感じだったのだが、8月に韓国のHANA氏が来日して3人で会った時、僕も行ったらいいのに、という話が出て、ちょっとその気になった。岡本氏が通うのは普通の学科(韓国語講座は昔に受けているので)だが、『仲間がいる』というのは心強い。そしてまた奇遇なことに、僕が行く大学は岡本氏と同じになりそう。

7.そして、韓国には何回かホームステイしているし、遊びにも行っているので『家族も、友達もいるし、LEXもある。』ということ。みんなに会いたいしファミリーにもたくさん行きたい。

8.大学の韓国語講座には、世界各国から韓国語を学びに来る人が集まる。『いろいろな国の人と友達になるチャンス』があるし、韓国語でそういう人達と話をするのが面白そう。

 というようなわけで、韓国行きを決心しました。「どうしても韓国語を勉強したいので、会社を辞めて行く」のではなく、どっちかというと、「会社は辞めるけど、しばらくのんびりと過ごしたいから、韓国でも行くかぁ。」という軽いノリで、ちょっと現実逃避してます(^^;)。行き先も、韓国でなくても、台湾かマレーシアで中国語を勉強するとか、ベルギーでフランス語を勉強するとか、でもよかったのですが、一番安心して行けるところで韓国にしました。あまり勉強には執着せず、生活すること自体を楽しんできたいと思います。
 行く期間ですが、たいていの大学は3ヶ月が1学期で、6学期〜8学期で全課程終了になっています。僕の場合は中級クラスから入れると思うので、1年くらいで卒業ですが、しかし、そんなに長く行っている資金も気力もないので、とりあえず3ヶ月だけで帰ってきます。
 そのあと、どうするか・・・?は、まだ未定です。また大学に戻るか、別の国に行くか? いや、それより仕事・・・?
 ということで、近々、ホームページには「韓国への道」みたいなコーナーができる予定です。行くまでの諸手続などを紹介します。

(終わり)

1999年11月22日

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