美作房御書 (抜粋)その一 弘安七年十月十八日 日興上人・著
態と申さしめんと欲し候の処、この便宜候の間悦び入り候。今年は聖人の御三年に成らせ給い候いつるに、身労なのめ(斜)に候はば何方へも参り合せ進らせて、御仏事をも諸共に相たしなみ(嗜)進らすべく候いつるに、所労と申し、又一方ならざる御事と申し、何方も参り合せ進らさず候いつる事、恐入り候上、歎き存じ候。
- (わざわざ申し上げようと思っていた処、この便りをいただき、悦んでいるところです。今年は聖人の三回忌にあたり、身体の都合がつくのであれば何処なりとも集まって、御仏事なりと共々に行いたいと思っていたところ、病気だとか、また、一方ならざる用事があるとか申して、誰も集まって来ない事は、(聖人さまに対し)実に申し訳なく、歎いているところです。)
- この年は、師匠・日蓮大聖人が御入滅されてから数えで三年目にあたり、日興上人は弟子の一人として盛大に三回忌を挙行しようと考えていたが、その他の弟子たちは誰一人、身延に登山してこなかったことが、この一文から伺える。
- 既に、墓輪番制は崩壊しており、身延には日興上人のほかは誰も訪れていなかったのである。ただ、美作房日保だけは手紙で連絡をよこしたらしい。
Notes: