『ファンタジウム!』

作 山下泰昌

第四話 赤い炎の女


 その体育館に入ったとたん、一気に気が引き締まった。
 大勢の人間がいることで生まれる喧噪。だが凍てつくような緊張した空気が辺りを支配している。
 私の登場に一瞬、その空気がどよめいた。品定めするような視線が私の肢体に絡まりつく。だがその視線は不快ではない。
 警戒、称賛、怯え、期待、嫉妬。
 そんなものが混じり合った視線は快感に尽きる。
 特に私にとっては。
 この体育館――厳密に言うとここは幻闘館という。幻闘部用に専用施設があるってわけだ。さすがは全国大会常連校――には今、私たち新一年生たちがその中央に集合している。
 私はその一番最後列に並んだ。周りを見るとある程度見知った顔がある。
 あいつは中学の時の全国大会三回戦で当たったヤツだ。もちろん秒殺だったけど。うーんと、こいつは中学二年の時東北大会で当たったヤツだなあ。その後出てこなかったけど、どうしたんだろ。転校していたんだろうか。あ! この鉄腕アトムみたいな髪型のヤツ、私と正対してブルってその場で気絶しちゃったヤツ。もうやだなあ。低レベルなのばっかだ。
 ざっと目算したところ私を含めて総勢二十名程度。これが私の入った国立船橋高校、幻闘部新一年生だ。
 私は整列しながらもコンセイトレイションを続ける。この体育館に入った時からすでに勝負は始まっていると思っている。ここでいきなり戦闘が始まっても即座に対応出来る。そんな心構えとシュミレーションはすでに心の中で出来ている。
 ふと思って、私は後頭部に手をやった。
 髪の毛を束ねているリボンの存在を確認する。
 ある。大丈夫、赤いリボンはある。
 それを確認して私の心はすっと波紋すら立たない水面のように落ち着いた。
 だが、すぐに別のことを連想してしまいそれは乱される。
 リボン。赤ではなく、白いリボン。
 私はポケットの中のハンカチをぎゅっと握る。
 あの夜、あの人に結んでもらったリボン代わりのハンカチだ。それは家に帰って鏡を見ると、かなり不格好なリボンとなっていた。でも……。
 素敵な人だったな。格好良くて優しい人だった。
 それに強かった。
 なんだろう。剣道とも違う、かといってファンタジウムの剣術士とも違っていたような気がする。でも、今まで出会った剣術士の中で一番強かった。あの人もファンズマなのかな。その内また逢えるんだろうか?
 「ねえねえ。あなたひょっとして仙台の美作さん? 火炎魔術師の美作梓(みまさか あずさ)さんだよね。私全中で見ていたよ。わあ、うれしいな。あなたも国船だったなんて。同じチームメイトなんて凄い心強いわぁ」
 突然、隣から話し掛けられてきた。私は眉根を寄せてそいつの顔を覗き込む。
 ショートカットでなんてことのない平凡な顔。いくら細かく観察しても私の頭の中にそいつの顔は記憶されていない。
 「私、田辺涼子(たなべ りょうこ)。全国大会は一回戦で負けちゃった掻筈中の補欠の風系攻撃魔術師。よろしく」
 一回戦負けの補欠か。道理で記憶にすら無いわけだ。
 涼子と名乗ったそいつはそう言って手を出してきた。どうやら握手を求めているらしい。私はその右手を一瞥しただけで、握手に応じなかった。
 涼子はそんな私の態度に困惑の表情を浮かべる。かなり不満そうだ。
 だめだ、こいつ。分かってない。
 私は大きなため息を吐いて口を開いた。
 「あのね。あんたどうしてそんなへっぽこぴーなの?」
 「へ、へっぽこぴー?」
 「そうよ。あんたこの学校の幻闘部って一年から三年まで合わせて一体何人部員がいるのか知っているの?」
 「え? え?」
 案の定、涼子はそんなことも頭に入っていなかったらしい。私は呆れたように首を振った。
 「いい? この国船幻闘部は一学年につき、約二十人の部員がいるの。ということは三学年で総勢六十人よ。それに対してファンタジウムは五人がスターティングメンバーよ。ということはどういうことか分かる? ここ国船の幻闘部は実に一軍から十二軍まであるってことよ」
 「じゅ、十二……」
 「それにしたってまだ良い方よ。高校ファンタジウム界最強、実に全国大会二連覇中の帝國学園は二十軍まであるって話だし。ええと、つまり私が何を言いたいかって言うと」
 一旦言葉を切って、私はきっと涼子を見据えた。
 「残りの五十五人は全てライバルってこと。私たちはこの部活に入った瞬間からすでに敵同士なの!」
 「そ、そんなぁ」
 かなりのショックを受けたようだ。
 これは大サービスだ。本来ならそんなことも話さずに無視するところだ。だが、今日はちょっと私も浮かれていたのかも知れない。ちょっと饒舌だった。
 夢に近づく第一歩を踏み出したからなのかも知れない。
 プロになる、という夢の。
 私はこの国船幻闘部でトップを獲る。全国大会でも優勝する。そしてプロに入る!
 私は強くならなければいけない。絶対に強くならなければいけないんだ。だって、あの人と約束したから。だって……。
 その時。
 どん、と幻闘館の空気を重い音が振動させた。音の発生源を見る。それは隅にあった大太鼓だった。それを誰かが叩いたのだ。
 と、同時に幻闘館のもう一方の入り口からぞろぞろと大勢の人間が入ってくる。
 上級生たちだ。
 さすがにどいつもこいつも貫禄がある。しかもテレビの高校選手権で見知った顔もある。
 この背がひょろ高い女。こいつは二年生の金杉。その長いリーチを利用した懐が深い剣術に定評がある。こっちのがっしりした男は確か三年の丸山。高校ファンタジウム界随一と呼ばれるパワーが売り物の剣術師だ。あ、この後ろの方から出てきたこの長髪の男! こいつこそ私がこの国船でレギュラーを取る為の最終関門、火炎魔術師筆頭の館山だ。そのぶち切れた言動と加減を知らない火炎魔法で他校からは悪魔のごとく恐れられている。そして――
 最後に扉を潜ってきた男。これがこの千葉県高校ファンタジウム界最強の国立船橋高校を束ねる主将、路木龍司(みちき りゅうじ)だ。
 真面目そうなスポーツ刈りと意志の強そうな瞳、そして真一文字に閉じられた口が印象的だった。この路木主将の武勇伝は数知れない。剣術士でもあり、魔法術師でもあり。その上防御魔法までこなすユーティリティープレイヤー。しかも特筆すべきはオリジナルスペルの制止魔法を行使出来るということ。ほんの一瞬とはいえ、敵の動きを封じることの出来る制止魔法を使えるということがどれだけ格闘技において有利であるかということは筆舌に尽くしがたい。
 ぞくり。
 背筋に電気のようなものが疾った。
 怯えじゃない。恐怖でもない。
 楽しみ、いや、もっと動物の本能に近いもの、他者を凌駕したいという根元的な欲求。それが身体の外に湧いて出来てきた、そんな感じだ。
 ああ、これが武者震いってヤツなんだな。
 私はそんな事を人事のように思っていた。

 「ようこそ、我が国立船橋高校幻闘部へ」
 路木主将が低くよく通る声を発した。
 これだけ広い幻闘館で、しかも六十人強の高校生がざわめくこの状況でこれだけ声を響き渡せるのはかなりの声量だと思う。まあ、誰も一言も私語を発していないってのもあるんだけど。
 「初めに言っておく。覚悟の無いものはここから出ていって欲しい」
 そう言い放ってから、一同をゆっくりと眺め渡してから口元をつり上げた。
 「まあ、この中にそんなヤツは居るわけないと思うけどな」
 当たり前だ。ここに居るのはそのほとんどが全国から引き抜かれてきた選りすぐりだ。どいつもこいつもこの世界の頂点を獲る為にここに来ているのだ。覚悟の無いヤツなんているものか。
 すると隣の涼子が戸惑うような表情で口を手で押さえる。
 「え! え!? 嘘ぉ。やだなぁ、厳しそうだなぁ。私、やっていけるかなぁ。ねえねえ、美作さん、どうする?」
 ……前言撤回。そうじゃないのも居たらしい。
 まあ、そんなヤツはそうそうに落伍していってもらいたい。ライバルは少ないに限る。
 「それぐらいウチの練習は熾烈を極める。そしてその熾烈を極める練習をくぐり抜けて、強くなったとしても、それを上回る力を持った選手が自分より五人存在したら、試合には出られない。例え他校に行けば、全国大会クラスの選手だとしても、だ」
 ごくり、と唾を飲み込む音がそこかしこから聞こえたような気がする。二、三年生の中で何人かが口惜しそうな表情をした気がする。
 「それが国立船橋高校幻闘部だ。それが長年に渡って全国トップクラスを保っている理由だ。だが、それは決して試合に出ている五人だけの力ではない。試合に出られない残りの五十五人の存在があるからこそなのだ。だから試合に出られないことが我慢出来ないものはすぐここから出ていって欲しい。それがその者の為だ」
 試合に出られないなんて我慢出来るわけない。でも私はここから出ていかない。
 え? なぜかって?
 そんなの決まっているじゃない? だって私は試合に出るもの。最後の五人に残るもの。
 誰も出ていこうとしないその状況に路木主将は満足したように頷く。
 「よし。それではウチのシステムを少し説明しよう。ウチは総勢約六十名の部員を抱える。その頂点が五人のレギュラーメンバーだ。だが、ファンタジウムは敵の属性などの相性を考えてメンバーを入れ替えることがある。その補助メンバーとして更に五人加えた十人、これが一軍だ」
 路木主将の周りに居る約十人。これがその一軍なのだろう。これが私の目標だ。目標が目の前に居ると必然的にやる気が沸騰する。
 「次から五人ずつのグループに分け、全部で十一軍から十二軍の構成となる。各段階では一ヶ月ごと、その月の最後に交流戦を行う。交流戦の結果、監督やコーチが優秀であると判断した選手は一つ上のグループに上がれる。こうして我が国立船橋高校は常に高いレベルのレギュラー陣を保っているというわけだ」
 その時、一人の手が挙がった。同じ一年からだ。私よりちょっと右斜め後ろに居た男。その顔は強烈に覚えている。全国中学大会で私のガッコを、その、破ったトコのキャプテン真栄田光一(まえだ こういち)だ。中学生には珍しい攻撃魔法術師&防御魔法術師のユーティリティープレイヤー。私の火炎魔法の直撃を喰らったのに冷静に対応したあのシーンが今でも思い返すと腹立たしい。こいつが居たのか! 全然気が付かなかった!
 「一つ質問してもよろしいでしょうか?」
 真栄田は先輩達の視線が集中する中、眉一つ動かさない。こういうところが嫌だ、コイツ。
 「うん? なんだ?」
 路木主将はこの突然の新一年の質問にも表情を変えなかった。ある程度こういうのは想定内だったのだろうか。
 「ありがとうございます。その各五人ずつのグループ分けですが、我々一年はどこに割り振られるのでしょうか」
 ムカつくヤツだけどナイス。実はそれは私も訊きたかったところだ。私たちはどこのグループに属されるんだろう。だって同じ一年だって特A級の私や真栄田みたいのも居れば、この田辺涼子みたいなC級も居る。一体どういう割り振りになるのか気になるところだ。
 「君たち一年は毎年恒例のことだが、月末までは『新一年軍』ということで全員一つのグループとして扱われる。そして月末の交流戦で現在の最下位グループである、七軍を含む君らで模擬戦を行い、それによって下位グループのグループ分けが行われる。つまりそこでようやく今年度の七軍から十二軍までが決まるわけだ」
 「……ということは我々一年はとりあえず一番下のグループからスタート、ということですね」
 わずかに言い淀んだが、真栄田はさして動揺もせずに問い返した。路木主将は深く頷く。
 「毎年恒例のことだからな。俺達もそうだった」
 ……でも、ちょっと待って。ということはよ? 一ヶ月に一回の交流戦で一つずつランクアップしていったとしても、私たち一年が一軍に上がるには、どんなに早くても七ヶ月かかるってわけじゃない!? ってことは順当に行っても私が一軍に上がるのは今年の十一月ってことになるわけだから、完全六月の総合体育大会には間に合わないわけじゃない!
 冗談じゃないわ!
 ――空気が一気に張りつめた。ほぼ全員の視線が私に集中する。
 「え?」
 その時点になって私はようやく気が付いた。両手であわてて口を押さえる。
 やば。「冗談じゃない!」って声に出しちゃったみたい。
 「そこの赤いリボンの女子。何か文句があるのか?」
 路木主将が鋭い視線で私を射抜く。
 ええい。こうなったら腹をくくれ、梓。
 私はポニーテールを結んでいるリボンを締め直す。そして、自分を奮い立たせて前に進んだ。
 二年三年のお歴々の前に堂々とその身体をさらす。
 とてつもない、重圧感。でもこんなところで怖じ気づいていたら、トップなんて取れない。私はお腹に意識を沈めるようなイメージを心の中に描き、気合いを入れた。
 「じゃあ、主将。一年はどんなに実力があっても少なくとも数ヶ月は上位グループには入れないってことですか?」
 路木主将はまるで値踏みでもするように私の目を覗き込んでいる。その隣の館山先輩が楽しそうに主将と私のやり取りを眺めている。
 「その通りだ。どれだけ中学でならしたか知らないが、一年がレギュラーを獲ろうなどとは分不相応だ。まだ早い」
 「早いかどうかやってみなければ分からないじゃないですか」
 私は真正面から路木主将の視線を跳ね返す。
 「じゃあ、仮に私がこの人と闘って勝ったら、どうします?」
 私は適当に目の前に立っていた男の先輩を顎で指す。
 「な、なにぃ?」
 突然私に指名された、その男の先輩は当然のごとく憤慨する。路木主将も怪訝な眼差しを私に向けた。
 「貴様、先輩に向かって『この人』とは何だ、『この人』とは」
 「ちょっと待って下さいよ。主将! この生意気な一年に高校ファンタジウムってものを思い知らさせてやりますよ!」
 「おい、待て。坂東(ばんどう)」
 その坂東と呼ばれた男の先輩は私の眼前に進み出てきた。
 私より頭一つでかい。もの凄い形相で私を見下ろしているけど、がっしりしている体躯の割には可愛らしい顔つきでどうにも迫力がない。何かに似ているなあ、と思ったらアレだ。アザラシだ。多摩川のタマちゃん。
 「ぷっ」
 いけない、いけない。思わず吹き出しちゃった。だってそう思っちゃったらなんか直視出来なくなっちゃったんだもん。
 対してそのタマちゃん先輩はそんな私を見て、ぷるぷる震えている。顔は怒りの形相で血管が切れそうだけど、やっぱり吹き出しそうで直視出来ない。
 「てめえ、ちょっとは自信があるようだが、よ。中学と高校の差ってのは、てめえが思っているよりも大きいんだぜ。ちなみに俺は五軍の坂東だ。俺に勝ったらてめえが俺の代わりに五軍に入ってもいいぜ」
 「ほんと!」
 私は飛び上がって喜んだ。
 「おい、坂東!」
 だが、タマちゃん先輩は主将の制止も訊かず、左肩のカウンターのスイッチを入れた。
 カウンターの数値はどんどん上昇して行き、『175』で止まる。
 へえ、なかなか高い。さすが強豪校の先輩。でかい口を叩くだけはある。
 私も含め全員の練習着の左肩に付いているカウンター。これこそがFスーツの最大の特徴だ。
 え? Fスーツって何かって?
 Fスーツなくしてファンタジウムは語れない。イギリスの何とかという科学者が発明したスーツだ。それまでのほとんど凄惨な野試合、死人すら普通に出たファンタジウムを安全なスポーツ化に出来たのはこのスーツによるところが大きい。このスーツの特徴は大きく分けて三つ。

 一、着用者の体力を算出し、数値化出来る。
 二、カウンターの数字がゼロになった時点で、拘束魔法(動けなくなる)と強力な防御魔法が同時に作動する。
 三、Fフィールドとの連動で強制退出魔法が施される。

 この三つの特徴により、ファンタジウムでの死傷者は激減した。そしてファンタジウムは安全なスポーツとして生まれ変わり、爆発的に世界に広がったのだ。
 私もカウンターのスイッチを入れる。そこに表示される数値は『107』。
 それを見てタマちゃん先輩の表情に驚きの色が見える。口惜しいがさすがに高校男子に体力で勝てるわけは無い。でもこの『107』という数値は中学上がりの女子にしては高い数値だ。タマちゃん先輩もそれが分かっているのだろう。
 「おい、お前らいい加減にしろ」
 互いにカウンターのスイッチを入れ、臨戦態勢に入ったのを見て、路木主将がこちらに歩みよって来た。
 まずい。このままでは止められる可能性がある。この私闘は言ってみれば二度と訪れない最大のチャンス。これを逃したら私が上のグループに上がれるチャンスは一ヶ月後だ。
 先手必勝ぉ!
 私は両手を複雑に組み合わせた。これは『印』。
 魔法を行使するための方法の一つだ。
 私のその姿を見て、タマちゃん先輩の顔がすうっと青ざめていくのが分かった。
 さすがだ。察しが早い。
 急速に私と先輩の間の空間がきな臭くなり、何かが収束していく。それを感じたのか、タマちゃん先輩はあわてて何かを口元で唱える。
 数瞬後、その空間が暴発した。爆風の方向はタマちゃん先輩の方向だけ。先輩はまるでワイヤーアクションで演じている映画俳優のように後方に吹っ飛ぶ。巻き添えを喰って先輩方何人かも吹っ飛ぶ。だが、そんなことに気を配っていられない。私は吹っ飛んで行ったタマちゃん先輩を追った。
 さすが強豪校の先輩だけはある。あの突然の奇襲にも関わらず直撃を喰らっていない。直前に防御壁を張っている。爆煙の向こうのタマちゃん先輩は器用に受け身を取って、口元で何かの攻撃呪文を唱えていた。
 ち。
 私は舌打ちをした。その呪文は水系攻撃呪文だ。私の火炎系とは相性最悪。でも防御専門の魔法術師でなかっただけでも不幸中の幸いか。防御魔法術師相手だったら負けもしないが永久に勝つことも出来ない。
 タマちゃん先輩が呪文を唱え終わった。指先を私に真っ直ぐ向けている。とたん先輩の直前の空間が泡立ち始め、何もない空間から水が溢れだす。そしてそれは次第に渦を巻き始め、私に向かって矢のように飛んだ。
 『水弾』ではなく『水流』にしたのはいい考えだ。単発攻撃の『水弾』と異なり、『水流』は途中から攻撃パターンを変更しやすい。対戦情報の無い私という相手を考えてのことだろう。だけど、圧倒的な力というものはそんなこざかしい小手先の戦術を無効にする。
 私だって先輩との間を詰める間、何もしないでいたわけではない。次の手をちゃんと打っていた。その次なる呪文は――
 ――耳をつんざく轟音と共に私を中心として火柱が上がった。私を中心として直径五メートル位の太い火柱が。
 巨木の幹を思わせるそれは、先輩の放った水流を即座に蒸発させ、そして上空で竜のようにうねり、先輩目がけて落下して行く。
 目の端で先輩が恐怖で顔を歪めているのを捉えた。そして先輩は何の対抗策を取ることも無く、その炎の竜に飲み込まれていく。
 やがて炎は消え、熱波だけが辺りに残り、床の上に倒れている先輩だけが残された。その肩のカウンターの数字は『0』。
 私は口元をつり上げて前の晩散々鏡の前で練習した最高の笑顔ってヤツで先輩方に向き直った。
 「いかがです?」と。
 ――これでレギュラーまであと三十人ってわけだ。

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