『ファンタジウム!』

作 山下泰昌

第六話 強いって、なに?


 「おい、美作(みまさか)」
 練習終了後、恒例の幻闘技場掃除や用具の手入れをしていたら、後ろから声を掛けられた。
 いくら私が反抗的だと言っても、それは練習中だけのことで、その後の新一年生の仕事はちゃーんとやっている。私の目標は『一軍に入る』ことであって、『一年の義務をサボる』ことじゃない。他人を蹴落とすために練習中は本気でチームメイトを焼き倒すけど、別に全てにおいて反体制的ってわけじゃあないのだ。その辺を誤解されては困る。
 声を掛けたヤツ。振り向かなくても声だけでそいつが誰だかバチリと分かる。
 真栄田(まえだ)だ。真栄田光一。
 真栄田は眉を顰めて私に詰め寄った。
 ……どうも一年同士親交を深めようって雰囲気じゃない。まあ、私も特に親交を深めるつもりもないけど。
 「お前、もう少し練習態度どうにかならないのか?」
 ふん。
 私は他人に練習がどうのこうの言われるのが一番嫌いだ。だいたい練習をやった、やらないで一番影響を受けるのは自分自身でしょ。全ては個人責任。それを他人に指摘される筋合いは無い。
 「練習はしっかりやっているよ。他の誰よりも」
 「それは分かっている。お前は確かに一番練習しているよ。他の誰よりも最初に幻闘館に入って他の誰よりも遅く幻闘館を出る。寮に帰っても一人で何やら練習している。違う。俺が言いたいのはそうじゃない。もう少しフレンドリーに練習が出来ないのか? ってことを言いたいんだ」
 「へえ。無口なヤツだと思ったら意外に話すヤツなんだね。真栄田」
 「そんなところに感心すんじゃねえよ! 正直、お前があんまり先輩達に敵対心を持つせいで、そのとばっちりが俺達に回って来るんだよ!」
 「そんなの気にしなければいいじゃない。神経細いね」
 「桜島大根並のお前の神経と一緒にすんな。だいたいこれはファンタジウムだぞ? ファンタジウムは五人のチームで闘う競技だ。チームメイトでそんなに反目しあってどうすんだ?」
 「そんなの一軍に上がってからの話じゃない? あんただってわざわざ九州から引っ張られて来て、試合にも出ずに下の方でくすぶっているつもりは無いんでしょ?」
 「そりゃそうだがよ」
 真栄田はそう言って一度視線を切る。だがすぐにつっかかって来た。
 「お前のは極端過ぎるんだよ。先輩や俺達に迎合しようって気がまるでない。そんなんじゃ、この先一軍に上がって、お前とスタメンを組むことになっても、とてもじゃねえが俺の背中を任せることが出来ねえんだよ、信用できねえんだよ」
 「その通りだ」
 え?
 聞き覚えのある声が私と真栄田の背中に投げ掛けられた。私と真栄田は思わず振り返る。
 「坂東(ばんどう)先輩……」
 真栄田が居心地悪そうに呟いた。
 そう、それはタマちゃん先輩。入部早々に私が一蹴した三年の先輩の一人だ。と言ってもせいぜい万年五軍の実力だから威張れたもんじゃないけどね。
 タマちゃん先輩はそのがっしりしたガタイのくせに妙に似合わない可愛らしいルックスで私の瞳を見つめる。
 ……やめて。なんか気色悪い。
 「美作。お前の実力はかなりのものだ。すでに超高校級だ。それは実際に対峙した俺が認める。お前の力だけでも大会をある程度勝ち抜けるだろうさ。だが、それは飽くまでも『ある程度』だ。お前の力だけでは県大会の上位すらおぼつかない。それはなぜだか分かるよな?」
 ぐ、と私は詰まる。その理屈は分かる。だって敵がそれ相応のレベルの水系魔法防御術師を用意してきたら私は勝つことは出来なくなるからだ。
 「実際、お前も中学の大会を経験しているんだろう? そして負けたことがあるんだろ? だったらワンマンチームの限界ってものは理解出来るはずだぞ?」
 ぐ、ぐ、と私は更に詰まった。私は隣に突っ立っている真栄田をちらりと見る。そう、中学の準決勝で私はこの真栄田の居た中学に負けた。それも真栄田が水系防御の魔法を張っている隙に、もう一人の攻撃魔法術師に狙い打たれるという負け方で。
 正直、私の中学は私のワンマン、というかワンウーマンチームだった。私以外の四人はすべて雑魚。「そこに突っ立っているだけでいいから」と言いくるめて、他の部活から引っ張ってきたファンタジウム初心者ばかりだった。でもそれで十分だった。だってそれでも全国大会のベスト4まで行ったんだもん。あの時だって、真栄田の防御魔法より早めに攻撃していれば、敵の攻撃魔法術師を先に叩いておけば、戦況はどうなったか分からなかったはずだ。
 「高校の県大会で優勝、そして全国大会の上位に行くためには、超高校級のお前クラスのヤツが五人いないと勝てないんだ。それが、国船幻闘部の一軍なんだ。だからチームメイトと反目するような態度はやめろ、と言っているんだ。将来の一軍候補のお前がチームメイトを拒絶すれば、それはすなわちチームの弱体化を意味するってことだよ」
 ……そりゃあ、分かっているんだけど。それは正論だけど。
 でもさ、なあなあ体質で強くなれるとは思わないんだよね!
 私は深くため息を吐いた。そして大きく首を横に振る。 
 「……ったく、へっぽこぴーどもはこれだからヤダ」
 「はあ!?」
 真栄田とタマチャン先輩は激しく憤った。
 「てめえ、せっかく坂東先輩がこう言ってくれてんのによっ!」
 真栄田が荒々しく私の肩に掴みかかる。
 「いい加減にしてくんないかなあ! 私も本気になるよっ!」
 と言って振り向いた先には――
 ――真栄田の腕を押さえた館山先輩が居た。
 「げ」
 「なにが、『げ』だ。てめえ」
 ロンゲでアッシュ系の銀髪の館山先輩はそう言って焦点の合っていない瞳で私を睨み付けた。
 いきなりのボスキャラ出現。
 館山正樹(たてやま まさき)。
 国立船橋高校不動のスターティングメンバーの三年で、名実共に現在高校ファンタジウム界最強の火炎魔法術師。すなわち私の最終目標であり、絶対蹴落とさなくてはならない最大の壁だ。
 真栄田やタマちゃん先輩はおろか、その周辺に居た一年生の顔面が蒼白になる。空気が凍り付く。
 館山先輩とはそういう存在だ。
 持っているオーラ、存在感が他の先輩達とケタ違いなのだ。
 私の身体も瞬間的に緊張する。そしていつでも呪文を唱えられる態勢を取る。
 そのイッちゃっているような瞳は恐怖の一言に尽きる。だけど、気圧されちゃいけない。圧倒されそうになるが、下腹に力を入れてぐっと堪える。
 大丈夫。だってリボン結んでいるもの。
 私は上目遣いで館山先輩を睨み上げた。館山先輩はそれと同質、いやそれ以上の迫力を持って、私のことを睨み付けている。その口元にキレた笑みを浮かべながら。
 「いいじゃねえか、坂東、真栄田」
 「え?」
 タマちゃん先輩が館山先輩の迫力とその言葉の意味とで、すっとんきょうな声を上げた。
 「一人くらいはこういう跳ねっ返りがいねえとな」
 館山先輩はそう言って口元を更につり上げた。
 その視線は真っ直ぐに私を貫いている。
 今すぐにでも攻撃が仕掛けてきそうな雰囲気。私の中の気力も、ぐっと膨れ上がる。
 来る。
 きっと攻撃が来る。
 一体、どんな魔法が、どんな火炎魔法を使って来るのか。
 今の私に勝てるのか。
 恐らく現役高校最強クラスの火炎魔法術師に。
 ううん、絶対勝てる。負けるなんてちらっとでも思っちゃ駄目。
 私は強い。もの凄く強い。
 だから、勝てる。絶対勝てる!

 ぺち。

 その時、私の頬に何かが触れた。
 一瞬、何が起きたのか分からなかった。
 それが何か目で確認した時、私の背筋に冷たい物が疾った。
 掌。
 それは館山先輩の掌だった。
 無骨で、何度も火傷したのか皮の厚い、大きな掌だった。それが私の頬に接触したのだ。音もなく。
 「俺に勝とうと思うなんざ、ミレニアム早ぇ」
 そう言って館山先輩は掌を離すとくるりと振り返って、無防備な背中を私に見せた。そしてカラカラ笑いながら幻闘技場からゆっくりと歩み去っていった。
 館山先輩が幻闘技場から退場するまでの約一分間、誰も身じろぎもせず一言も発しなかった。
 「び、びびった」
 真栄田はおろか、同学年のタマちゃん先輩までも緊張の余り、その場に崩れ落ちる。
 対する私はというと――
 何も出来なかった自分の不甲斐なさと、初めて一瞬でも敵に恐怖したという情けなさで、涙を流していた。

 むしゃくしゃしていた。
 頭がドカンときていた。
 大爆発だった。
 盛大に火炎魔法を唱えて、辺りの物を燃やし尽くしたい気分。
 ああ、誤解されないように付け加えておくけど、もちろん、そんな反社会的なことはしない。それほどのバッドフィーリングだったというただの形容だ。
 私はF駅前の本屋に来ていた。別に何が買いたかったってわけじゃない。ただ、一所にじっとしていられなかった。精神を安定させるためにずっと歩いていたかった。ただそれだけの理由。根本的に私は本を読む人間じゃないし。
 「梓ぁー。私あっちに行っているねー」
 そんな私の気分など、分かっていないようになぜかくっついてきていた田辺涼子(たなべ りょうこ)がコミックスコーナーの方向に歩いていく。まったく空気が読めないヤツ。
 ……でもそういうところがコイツの良い所なのかも知れない。こんな時にやたら気持ちを気遣ってくれるヤツが居たら、それはそれでウザいのかも。
 あの時。
 館山先輩と対峙した時、私は完璧に戦闘態勢だった。いつでも攻撃にも防御にも移れる態勢に居た。
 それなのに、館山先輩の掌は呆気ないくらいに簡単に私の頬に到達していた。
 これがどういうことを意味するのか、いくら莫迦な私でも理解出来る。
 館山先輩には私に対していくらでも攻撃を通すことが出来る、ってことだ。もちろん実戦になったら呪文詠唱などのタイムロスもあるから一慨には言えないけど、それにしたって体術で隙を作ることが出来るってことだ。
 私の頬に当てられた掌。
 あの至近距離で館山先輩の威力のある火炎魔法を喰らったらと考えると背筋がぞっとする。 間違いなく、一撃。私は吹っ飛んで肩のカウンターが『0』表示することは間違いなしだったろう。
 何がいけなかったんだろう。あの時、私にそんなに隙があったのだろうか。
 ……いまいち、判断しかねるけど、強いて言うなら相手が館山先輩だってことで意気込み過ぎたってことだろうか。
 考えてみると、今まで私は自分より強い、もしくは到底かなわない、と思った人間と闘ったことがなかったのかも知れない。
 それが今回現れた。しかも自分が得意分野とする属性で。
 たぶん、自分で思っているよりも、力が入りすぎていたんだと思う。身体にも、精神にも。
 それが柔軟な対応や、素早い判断、反応を阻害したんだ。
 ……。
 なんか、吹っ切れた。
 お腹の辺りと肩の辺りにグログロと渦巻いていたもわっとしたものが、掻き消えた気がした。
 原因がはっきりしたせいかな。
 不思議なものだ。そう考えたとたん急に視界がクリアになった。今まで単なる背景でしかなかった本棚や書籍類やその間を動く人々が、とたん意味を持ち出す。
 自分の居たコーナーが旅行雑誌コーナーだということに初めて気が付く。
 改めて気持ちの持ちようって大切なんだな、と思った。精神状態で見えるものも見えなくなる。それは精神で左右される魔法術師にとって致命的なことだ。
 晴れ晴れとした気分になった私はスポーツコーナーにその身を移すことにした。
 お目当てはもちろんファンタジウム関係書籍。確か『2005年度新作Fスーツガイド』が出ていたはずだ。学校のダサダサの練習用幻闘着ではなく、もっとおシャレなものを自分用に欲しかった。
 幻闘着、Fスーツは魔法繊維で編まれていれば、どんな形状であろうと、全く問題がない。だからかなり洒落たFスーツが存在する。
 当然の事ながら親元から離れ、学校の寮住まいの身だからおこづかいも少なく、そんなもの買えるはずもない。だが、眺めるだけならタダだ。
 本棚から目的の雑誌を探すべく、端から端まで目を走らせていた時、自分の足下に何かが居たのに気が付いた。
 何かじゃ、無い。
 子供だった。
 髪の毛をツーテールに結った可愛らしい女の子だった。身長は百六十センチの私より更に十センチは小さい。
 その子は背伸びして、棚の上の方にある本を取ろうとしている。懸命に指を伸ばしてそれを取ろうとしているその姿はなんかキュート。
 取ろうとしている本のタイトルを思わず読みとってしまう。
 『現代ファンタジウムにおける戦術研究』。
 それを見たとたん、急にその子に愛着が湧いた。
 ぱっと見、小学校の高学年って感じ。そういえば私がファンタジウムを始めたのはこれくらいの年だった。そうあの頃の私は火炎魔法はおろか、ごくごく初歩的な魔法すら唱えられなかった。
 ……懐かしいな。
 そう思った私は何の躊躇も無く、その子の代わりに本を取っていた。
 「はい」
 目標にしていた本が急に取り上げられ、そしてそれが見も知らぬ人間の手によって渡されたことに、その子は目を丸くする。
 「お嬢ちゃんもファンタジウムをやっているの?」
 その子の目線まで腰を屈め、そう訊いてみた。
 だが、その子の瞳を覗き込んだ時、自分が何か間違っているんじゃないか? という気になってきた。
 外見は確かに小学生のようだ。だけど、その表情の細やかさ、瞳の深さが少女のそれとは違うと物語っていた。そう、そこに読み取れるのは『経験』の二文字。
 「あ、と。ごめんなさい」
 私は思わず謝る。確信はないが、どうも自分より年上のように思えたのだ。だけど、それを確認する術は無い。だって「すみません。てっきり年下だと思いました」だとか「私より年上ですか」とか、とても失礼で訊けやしない。
 私がそんなことでをあれこれ悩んでいると、その子、というかその女性は、急にニカっと笑った。
 「あー、そんなこと気にしないでー。こんなナリだから仕方がないね。いつものことだからさあ」
 女性は大げさな身振り手振りを付け加えて、そう言う。どうやら年上だったようだ。余計なことを言わなくて良かった。自分の判断に安心して、ほっとため息を吐く。
 考えたら、いくらファンタジウムをやっていると言ったって、小学生の女の子が『現代ファンタジウムにおける戦術研究』なんて難しい本を読むわけないって。実際、私だってそんなの読まない。せいぜい読むとしても、『2005年度新作Fスーツガイド』くらいだ。
 「あなたもファンタジウムをやっているのね」
 「はい」
 その女性は何か珍しい物でも見つけたような表情で、私の顔を覗き込んだ。そして何か得心がいったように頷く。
 私もその人のことを観察する。
 ……なんか。なんか、とてつもなくこの人と会ったことがあるような気がするんだけど。
 その瞳の深さ、輝き。
 とほうもなく、どこかで見たことがあるような気がするんだけど。
 でも、私の頭の記憶倉庫のどこを探っても、こんな小学生みたいな外見の大人の女性に会ったことなど、一度もないはずだ。それだけは間違いない。
 「あなた仙台の美作さんね」
 「知っているんですか?」
 突然、自分の名前を指摘されたことに私はびっくりした。そりゃ、そうだ。見も知らぬ相手に自分のことが知られているという状況は誰だって嫌だろう。私はそんな不信感をアリアリの表情でその女性を見ていると、それに気が付いたのか、その女性はあわてて補足する。
 「うん。私も仙台に住んでいたからね。それにその紅いリボン有名だもの」
 「あ、そうですよね」
 ちょっと、ほっとした。ああ、そうか。この人はファンタジウム関係者なんだ。それだったら中学全国大会に出ていた私を知らないはずはないかも。
 「でも、びっくりしたなあ。こんな仙台から遠く離れたC県であなたと会うなんて、さ。なんか運命を感じちゃう。その制服は国船ね。そうか、名門国船に入ったんだ。ああ、ごめん。自己紹介がまだだったね。自分の名前だけ知られているって、気持ち悪いもんね。私の名前は朝比奈のぞみ(あさひな のぞみ)。県立麗鳴高校の教員をやっているわ」
 「ファンタジウムの先生なんですね」
 また、びっくり。ファンタジウムの関係者だとは思っていたけど、まさか先生だったとは。とすると、この人は一体何歳なんだろう。でも、さすがに年齢は訊けない。
 「そう。だから美作ちゃんとはライバル同士ってわけね。麗鳴と国船は同じブロックだし。その時が来たらお手柔らかに」
 「そんな」
 一瞬にしてさっきの館山先輩とのバトルがフラッシュバックする。せっかく晴れた心が少し薄曇りになる。
 「そんなのは少なくともずっと先ですよ。……だって上には強い先輩がいっぱいいますから」
 私は俯き加減に、そして自嘲気味に言った。私は、まだまだ。当面の目標の館山先輩ですら、その足下にも及ばないのだから。
 「強くなったね」
 そんなマイナス方向の私の思考を切り裂くように、その人、のぞみさんの声が響いた。
 私は思わず「え?」と間抜けな声を上げる。
 「他人の強さを分かるようになったってのは、自分がワンランクアップした証拠よ」
 え? え?
 なんなんだろう。この人、私のことを昔から知っているような……。そりゃ同郷だし、同じファンタジウム関係者だから昔の私を見ていたってこともあるんだろうけど。でも、なんか違う。そんなんじゃないような気がする。
 と、その時だ。
 「梓ぁー。そろそろ行こうよー。いっぱいマンガ買い込んだから、後で梓にも貸してあげるよー」
 脳天気な声が聞こえてきた。涼子だった。私は掌で顔を押さえて俯く。ため息を吐く。
 「ん? この子誰?」
 涼子は私の目の前に居たのぞみさんの姿を確認すると開口一番そう言った。ここは私が紹介するのが筋だろう。
 「ええと麗鳴高校のファンタジウムの先生。朝比奈のぞみさん」
 「えー! 先生!? こんな小さな子がっ!」
 「違う、違う! 幼く見えるのは外見だけで、本当は年喰っているのっ!」
 ……。
 二人合わせて、とんでもない失言ガールズだ。
 私は「ごめんなさい」と小さく呟いて、のぞみさんの表情を盗み見る。
 のぞみさんは、そんなことはどうでも良いとばかりに、目を細めて涼子を見ていた。まるで全て透視するような強い視線で涼子を観察していた。その表情は私に見せたものとは全くの別ものだった。ちょっと驚く。
 やがて、ふっと全身の力を抜いたように肩を落とし、息を大きく吐く。そしてぼそっと呟いた。
 「……さすが、国船。人材豊富だわ」
 「ん? なに? なに?」
 涼子が自分がどういう状況に置かれているのか分からないらしく、戸惑った視線を私やのぞみさんに向ける。
 のぞみさんは、「ううん、なんでもないの」と言って、初めに見せた時と同じ様な、なんのくったくのない笑顔を浮かべた。
 そして、少し後退して私達に距離を取ると小さく本を持った手を振る。
 「そろそろ行くね。あと、美作ちゃん。最後に一つアドバイスしておくわ。もし自分がかなわないな、と思った人が居たらその人に何度も何度も挑戦すること。そうすれば、自分とその人の差がなんなのか。自分に足りないものが何なのかが、分かるわ」
 「……」
 その人の差。自分に足りないもの。
 館山先輩との距離、か。
 「じゃあね!」
 そう言って去って行く、のぞみさんを見送りながら、私は自分の心の中のベクトルが固定されたことを悟った。
 迷いはなくなった。目標が出来たんだから!

 そう、もっと強くなるために。

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