最後のドラゴン 

オリジナルver.

作 山下泰昌


 朝。

 窓からは陽光が斜めに差し込み、まだ、それほど太陽に熱せられていない早朝のひとときの涼風が

そよそよと吹き込む。

 いつもと同じ夏休みの朝。

 小鳥の囀りが耳に優しく届き、朝食を炊ぐ音と香りが階下から漂ってくる。

 いつもと、ほとんど同じ夏休みの朝。

 だけど、今日の朝はいつもと少し、違う。

 中学二年になる五十嵐幹生は布団の上に横になったままで目をぱっちりと開けた。

 いつもは必ず二度寝をする寝起きの悪い幹生だったが、この日は奇跡のように目が覚めた。

 それもそのはずだ。

 今日はアレを実行に移す日だからだ。

 幹生は跳ねるように掛け布団を剥ぐと、昨日の晩から枕元に準備していた服を手早く着込む。

 そしてこちらもやはり昨日から用意していたリュックを軽やかに背負う。

 が、背負い掛けてから幹生は思い直したようにそれを降ろす。

 そしてリュックの締め口を開き、中を確認する。

 せっかくの最後のチャンスだ。それを『忘れ物』などという間抜けな理由で棒に振りたくない。

 タオル、着替え、ナイフ、雨具、ライト、コンパス、地図、寝袋、非常食料、簡易コンロ……

 大丈夫だ、全部ある。

 いや、一つだけ欠けていた。

 幹生はあわてて自分の机まで駆け寄るとその一番上の引き出しを引き抜いた。

 そしてそこから一枚の新聞の切れ端を引き抜く。

 それは数ヶ月前の新聞の記事であった。

 そこには大きくこう書かれている。

 『ドラゴンの生き残り発見か?』

 と。

 そして続く記事にはこうも書かれている。

 『18年夏に日本の香美鳴湖畔でその死体が確認されて以来、完全に絶滅したと思われた野生の

ドラゴンだが、ここ数ヶ月の間で三谷鐘山中で目撃情報が相次いでいる。三谷鐘山で山小屋を営ん

でいる木村氏(54歳)の話によると『時折、大きな物が通ったように樹木がなぎ倒された後があ

り、キンコのような大型獣がその姿を見せなくなった。祖父が語っていたドラゴンの生息している

条件に似ている』と興奮を隠しきれない。付近住民からはその存在を危惧する声が多いが国立動物

保護協会では『もし本当なら生け捕りにして保護の方向に動きたい』と語っている』

 幹生はその記事を大事そうに握りしめ、祈るかのように額に押し当てた。そしてそれをリュック

の最奥部にしまい込む。

 よし。これですべての準備が整った。

 いや、そうじゃない。まだ、あれが足りない。

 幹生はリュックを背負い、そっと自分の部屋の扉を開けた。誰にも気づかれないように。 家族

の誰かに気づかれたらこの計画はお終いだ。

 そして足をそおっと忍ばせて廊下に歩を進めたそのとき、幹生は突然後ろから声を掛けられた。

 驚いた。思わず大声をあげそうになるくらいに驚いた。

 「どうしたの? 幹生。もう出発するの? 出発するのなら言ってくれなくちゃ駄目じゃない。

お弁当の準備とかあるんだから」

 幹生の母だった。よりによって一番見つかりたくない人物に見つかった。

 「ああ、カズと一緒に途中で買って食うからいいよ」

 幹生は投げ遣りに言う。

 「それならそうと昨日の内に言ってよ。もうお弁当の準備までしちゃったのに」

 幹生の母親はそう言って、ぶつぶつ不平を呟きながら階下に降りていく。

 幹生はため息をついた。

 今は駄目そうだ。あれは後でタイミングを見計らって取りに来よう。

 幹生は母親の後をついて階段を下りていった。

********************************************

 「毎日、ちゃんと連絡するのよ。泊まるところはお金かかってもいいからちゃんとしたところに

泊まりなさい。生水には注意するのよ。あと、それから……」

 幹生は出かけ際の母の注意を適当に切り上げて強引に出発した。そんなに細かいこといちいち聞

いてられない。それに言われたことをすべて守るつもりはなかった。

 そもそも今回の旅の理由だって母には偽っている。

 「友達のカズと一緒にカズの田舎に行って来る」

 大嘘だ。

 カズには嘘がばれないように口裏を合わせてくれと示し合わせている。

 今回幹生の目的は全く別のところにあった。

 幹生は出発したふりをして、一番最初の角を曲がると急に足を止めた。

 そして角から少しだけ顔を出して自分の家の方を伺う。

 誰もいない。母親は屋内に入ったようだ。

 幹生は慎重に歩を進め自分の家の裏庭に回る。

 そして幼い頃そこからよく転げ落ちた樋を伝い、二階の窓から進入する。

 一応、自分の家なので靴は脱いだ。

 そして抜き足で廊下を進む。

 廊下の突き当たりに目的の部屋がある。

 この部屋には鍵はかかっていないはずだ。

 幹生の手はその部屋のドアのノブにかかった。

 ぐっと力を入れて回す。

 扉が開いた。

 カビ臭い匂いが幹生の鼻孔を刺激する。

 部屋は薄暗い。

 だが家族に気づかれないためにも電気を点けるわけには行かない。

 幹生は目を凝らす。

 その部屋の突き当たりの壁にそれはある。

 次第に暗さに慣れてきた幹生の目にそれがしっかりと映った。

 それは幹生の父がとあるプロジェクトを成功に導いたということで会社の会長から譲られたものだ。

 無骨なまでの大剣。

 世間ではそれは『竜殺し』と呼ぶ。

 ドラゴンスレイヤー。

 不死身と呼ばれるドラゴンを滅するために作られた神秘の力を込められし剣。

 ドラゴンがいなくなった今ではほとんど高価な骨董品としてのみ扱われるだけになった物。

 幹生はそれを夢見るような熱っぽい目でしばらく見つめた後、急に大人びた表情をし、その剣の

傍らにある革製の肩掛けを広げた。

 そして壁に掲げてある大剣を取り外す。

 重い。

 幹生の腕にその重さがずしっとのしかかる。それはドラゴンという最強の獣を倒すためのみに生

まれた業の重さか。それとも込められた期待の重さか。

 幹生は危なげない手つきで剣を肩掛けにしまい込んだ。そしてそれを肩に担ぐ。

 どきりとするくらい幹生の背中に収まった。

 幹生の背中の筋肉の配置にあわせてその剣は作られているのかと思ったくらいだ。

 幹生の心臓は早鐘を打つ。

 これは運命だったのかも知れない。

 絶滅寸前のドラゴンが現れたことも、幹生の前にドラゴンスレイヤーが現れたことも。 幹生は

頭を振った。

 今はそんな妄想に酔っている時ではない。

 早くこの場を立ち去らなければ。

 早く家から飛び出さなければ。

 幹生は丁寧にその部屋のドアを締め、元来た窓から器用に外へ躍り出た。そして軽やかに裏庭に

着地する。

 幹生の胸は興奮でいっぱいであった。

 これから始まるんだ。

 これから僕の冒険が始まるんだ!

 と。

 幹生は家から駅に続く道を訳もなく走り出していた。

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 幹生は冒険潭が好きであった。

 その中でも竜退治の話は大好きであった。

 不死身のドラゴンに剣のみで立ち向かう勇者の物語が、だ。

 至上最凶と呼ばれ、欧州一帯に君臨し暗黒時代を作り出した黒竜を倒した勇者アルディレスの話。 

 領民を守るため、火竜と差し違えたトムソン王の話。

 それらは皆、幹生の胸を熱く焦がした。

 自分も勇者たちと同じように熱い戦いを繰り広げたい。

 最強と呼ばれるドラゴンを倒してみたい。

 そんなことを夢想して夜も眠れないこともしばしばであった。

 だが、それとともに幹生の心に悲しい物が流れることも事実であった。

 なぜならその倒すべき対象であるドラゴンは絶滅したも、同然であるからだ。

 もともと長命種であるドラゴンは一度の出産数が少なく、個体数が少ない。

 そこに持ってきて人間たちがこぞって退治を始めたため、いくら地球上最強の生命体であろうとも

その数は激減し始めた。

 そして数十年近く、目撃例が途切れているため、もはやそれは絶滅したと目されていた。

 だが、そのドラゴンが見つかった。

 いや、見つかったらしいのだ。

 幹生はリュックに入っている新聞記事を思い出す。

 『ドラゴン発見か?』

 誤報かも知れない。

 村おこしをはかる地元住民たちの虚偽かも知れない。

 だが、もし本当だとしたらこれが最後のチャンスだった。

 三十年以上も目撃情報がないドラゴンである。

 これを逃したらドラゴンを倒す、という機会はこの先一生訪れないであろう。

 そう思った幹生はいてもたってもいられなくなった。

 幹生の頭の中には貴重種である動物を保護する、などという考えはなかった。

 ドラゴンとは倒すものなのである。

 そしてその幹生の背中をもう一押ししたのはドラゴンスレイヤーの登場である。

 会社で大きなプロジェクトを成功させたということで幹生の父親は会社の会長からある一つの骨董品

を贈られた。

 「どうだ、幹生。凄いだろう」

 多少、自嘲気味に自慢する父親のその手元にあるシロモノを見て幹生は目を丸くする。

 「そ、それって……」

 父は頷く。

 「そう、ドラゴンスレイヤーだよ。名のある勇者が使ったものではないけど、二百八十六年に潟螺山

山中で実際に雷竜を倒したという本物だ」

 父は剣に付随していた鑑定書を読みながら剣の包装を解いていく。

 次第に姿を現していくそれは思ったよりも傷だらけで薄汚かった。

 だが、それがさらに竜との激戦を想像させ、幹生は身震いした。

 そして、思った。

 これが、

 これがあれば、竜を倒せるかも知れない。

 最後の勇者になれるかも知れない

 と。

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 「みーきおっ!」

 そのとき、突然、頭を後ろからはたかれた。

 全く無警戒の無防備。

 おまけにいろいろと妄想しながら歩いていたので、その効果は絶大であった。

 幹生はわずかに頭がふらついた気がしてしゃがみ込む。

 「あ、ごめん。そんなに痛かったか?」

 はたいた当の本人は幹生のそんな現状を見て、すまなそうな表情を見せた。

 幹生はしゃがみ込んだ態勢からはたいた人物を見上げる。

 「なんだよ、ななみ。こんな朝っぱらからよ」

 水咲ななみは得意げな表情で腰に手を当てて幹生を見下ろしていた。

 幹生ははたかれた瞬間からその人物が誰であるか分かっていた。

 まず、声。音の高さで女性だということが分かった。

 そして女性で幹生にこんなことが出来るのは同じ剣道の道場に通っているななみ以外考えられな

かった。

 「それはこっちのセリフ。幹生こそ、どこに行こうっていうんだ」

 のぞき込むように言う。

 そのとき幹生はななみの背中に何かが背負われているのに気が付いた。

 可愛らしい色調のディパックと竹刀袋。

 幹生の頭は混乱していた。

 なんだ? これは。

 お義理程度に頭を数回振って、幹生は立ち上がる。

 そして改めてななみを見返した。

 身長百六十八センチのななみは、百七十センチの幹生とほとんど背が変わらない。ボブショート

の髪は彼女の溌剌さを際だたせて見せている。

 動き良さそうなGパンにTシャツ。しかしTシャツの上には夏だというのに淡い色のブルゾンを

羽織っている。そして背中のディパックに竹刀袋。

 幹生の脳裏にイヤな予感が過ぎる。

 「ななみ、なあ。そのディパックと竹刀袋はなんだよ?」

 するとななみは芝居かかったように幹生の目の前で人差し指を数回振るとウインクをした。

 「このななみ様をたばかろうたってそうは行きませんぜ、だんな。噂によるとドラゴンを倒しに

行くそうじゃ、ありませんか」

 「そ、そんなことしねえよ!」

 幹生は必要以上動揺してその言葉を必死に否定する。

 「ふん。じゃあ、さ。その背中のでっかい剣は一体何に使うんだよ。カズから聞いて全てのネタ

は割れてんだ。三谷鐘山にドラゴンを倒しに行くんだろ! 一人で行くなんて水くせえな。オレも

一緒に行くぜ!」

 幹生は天を仰いだ。

 カズの馬鹿野郎め。べらべら吹聴しまくりやがって。

 ななみを説得するなんて夏休みの宿題をクラス全員分引き受けてそれを一日で終わらすことより

難しい。だが、一応説得工作を試みる。

 「ちょっと待てよ。俺は一週間近く家に帰らないつもりだぜ。お前、親にはなんて言ってきたん

だよ。お前のせいでこの計画がバレるのはごめんだぜ」

 ななみは元気良く親指を上に向かって突き立てる。

 「それなら大丈夫! 『カズやミキオと一緒にカズの田舎に遊びに行ってくる』って言ってある」

 つまりこの計画が成功するもしないも全てはカズの双肩にかかっているって訳か。

 でもまあ、計画を阻止されるよりはましか。

 そう思い直した幹生は落胆の息を吐き、ななみに先を促した。

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 水咲ななみは幹生より一つ下の中学一年生である。学校は別。

 どこで知り合ったかというと町の剣道の道場でだ。

 ななみは約一年前に引っ越してきた。幹生が通っている道場の門を叩いたのもちょうどそれくら

いだ。

 ななみは男言葉を使うが、女性でしかも小学生六年ながらも自分の剣道の強さに自信を持っていた。

 実際、それは強かった。普通の同学年の相手ならば男女問わずにその足下に屈していただろう。

 だが、ななみにとって誤算だったのは幹生はそれ以上に強かったということ。

 入門して初めの地稽古で完膚無きまでに幹生に叩きのめされたななみは、それで自信を喪失した

ということもなく、逆にそれ以来幹生に食ってかかるようになった。

 ことあるごとにに幹生に突っかかっていった。

 だが、それもわずか一月ほどの間だ。

 強いライバル心は持っているが、生来、竹を割ったような性格で、人当たりの良いななみが幹生と

仲が良くなるのも時間の問題であった。

 もちろん、それは男と女ということではなく、友人として、そして良きライバルとして。

 幹生は道場の夏合宿の夜稽古の後、夜空を見ながら一度だけななみに自分の叶わぬ夢を語った

ときがある。

 ドラゴンを倒したい、というその夢を。

 最強と呼ばれるドラゴンを自分の剣で倒したい、と。

 子供っぽい自分の夢をうっかり語ってしまったことに後悔しながら、ななみの顔を見返すと、

ななみは瞳をきらきらさせて幹生の夢に同調した。

 そしてその機会があったら、自分も立ち会いたいと力強く主張した。

 幹生は自分のこの子供っぽい夢をまともに聞いてくれる人間がいるとは思わなかった。 しかも

まともに聞くどころかそれに一緒に連れて行けという。

 幹生はななみの瞳の奥にある力強さに驚きながらも曖昧に頷いた。

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 「しっかし、暑いなあ。冷房はないのかこの電車は」

 ななみがブルゾンを脱ぎ、Tシャツの襟元から中に空気を送り込む。

 「しょうがねえだろ。こんなローカル線にそんなもの付いていねえよ」

 幹生はそう言った手前、自分では暑そうにすることも出来ず、途方に暮れる。

 目的地の三谷鐘山には特急で二時間かけて三瀬西まで行き、そこから千隻線に乗り換え、単線の

各駅停車で約三時間揺られなくては行けない。

 二人はまさしくその電車の中に居た。

 ふと、暑そうにしているななみの胸元が目に入る。

 Tシャツが汗で透けてななみの下着がくっきりと浮き出ていた。

 そしてななみの女性である証拠の一つを見つけてしまった気がして、どぎまぎする。

 やがて、ななみが幹生のその視線に気づき、扇いでいた手を止める。

 「なんだ。じっと見やがって。気持ち悪ぃな」

 幹生は心の中を見透かされた気がしてあわてて話題を他に探す。

 「その竹刀袋には何が入ってんだ?」

 「え? これか?」

 ななみはすぐその話に乗ってきた。

 単純な性格だとこういう時、楽だ。

 幹生は気がつかれないようにほっと安堵のため息をもらす。

 「へへっ。櫂型木刀二本だ。道場から借りてきた」

 「木刀なんかでドラゴンを倒せるわけねえだろ」

 幹生がそう言うとななみは頬を膨らませ

 「だって、しょうがねえだろ。真剣なんてある訳ねえし、オレが使えて、しかもある程度破壊力

がある武器って言ったらこれしかねえもん」

 下を向く。しかしすぐ思い直したように幹生に食ってかかる。

 「だいたいミキオだって、そんなバカでかい剣を扱えるのかよ。幹生の背より長いじゃねえか」

 ななみの言う通りだった。

 長さ百八十センチを越えるそれは種類的にはツウ・バイ・ソードと分類される大剣でその名の通り

両手で扱わなくてはいけない剣だ。

 重量もあるので、普段幹生たちが慣れ親しんでいる剣道とは戦い方も剣法も異なる。

 日頃鍛錬しているので、剣を振る力にはある程度自信のある幹生だったが、使い慣れていない剣と

いうことで、そこに一抹の不安を覚えないこともなかった。

 だが、ドラゴンはこの剣でなければ倒せないのだ。

 やれるかどうか、ではない。やらなければならないのだ。

 気持ちドラゴンスレイヤーを握る幹生の手に力がこもった。

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 辺り一面畑の無人駅に降り立つ。

 降り立ったは良いが幹生とななみは完全に戸惑っていた。

 典型的な日本の農村の風景。

 まるで自分の家の田舎に来たのかと錯覚に陥ったほどの牧歌的風景だった。

 本当にこの地にドラゴンがいるのだろうか。

 幹生の胸の内に不安という名の黒々とした雲が湧いてきた。

 遠くに緑が濃い山々が見える。

 おそらくあのどれかが三谷鐘山なんだろう。

 幹生は背中のリュックを降ろし、地図を取り出した。

 方向と距離から察するに最初の直感通り、あの山が三谷鐘山らしい。

 「へえ。地図なんか持ってきたんだ。用意がいいな、幹生」

 ななみが首を伸ばして覗き込んで来た。

 「あ、当たり前だろ。山の中だぞ。地図なしで歩いたらドラゴンを見つける前に、遭難しちまう

じゃねえか」

 「ふうん。そんなもんか」

 「そんなもんなんだよ、この脳天気女め」

 幹生は後ろから聞こえてくる罵詈雑言には全く耳を貸さず、地図を再びリュックに仕舞い、先を

歩き出した。

 山への道のりは一本だ。

 田圃のあぜ道の中を三十分も歩いていると、辺りは次第に森に囲まれ初め、傾斜もきつくなって

くる。

 森の木々の枝葉で日光が遮られ、標高も徐々に上がっていくせいか、気温もひんやりとしだした。

 幹生はリョックから上着を取り出し、ななみも一時脱いでいたブルゾンを再び羽織る。

 「だんだん、それっぽくなって来たな」

 ななみが嬉しそうに言う。

 幹生は頷く。

 しばらく一本道の上り坂を歩いていると少し拓けた場所に出た。

 そこには数台の車と十数人の大人たちがいる。

 そのざわつき様に今までの道のりの静けさが際だつ。

 「なんだ? ミキオ。この人たちは」

 幹生は車の横に書かれている文字を見て取った。

 『国立動物保護協会』

 また別の何台かの車には大手新聞社の社名が書かれていた。

 それとは別にパトカーもある。

 幹生たちは緊張した。

 案の定、幹生たちの姿を見咎めた一人の男性が近づいてきた。

 男は幹生の背中に担がれているリュックと大剣にちらと目をやり、胡乱な表情を浮かべる。

 「なんだ。君たちは。ここからは立ち入り禁止だ。入っちゃ駄目だ」

 そう言われて幹生は何も言い返せなかった。

 刹那、いろいろな言い訳が頭の中を過ぎったがどれもこれも通じそうになかった。

 第一背中にドラゴンスレイヤーを担いでおいて、何を言い訳しようというのか。

 「すみません」

 幹生はそう言って立ち去ろうとする。

 「お、おいおい!」

 ななみがその背中に抗議した。

 「こんなとこで帰っちまうのかよ! 六時間もかけてここまで来たのに全部、無駄にする気かよ!

 てめえの夢はその程度のもんだったのかよ!」

 「いいから!」

 幹生は強引にななみの腕を掴んで引き摺り寄せる。

 「なにすんだよ! 離せよ!」

 ななみは抵抗するが幹生はそれ以上の力を持って引き寄せた。

 幹生とななみの背中越しに男がぼそとつぶやいた。

 「君らみたいなのが多くて困っているんだよね。大昔の伝説に憧れてドラゴンを倒そうって思慮

のない輩が多くて」

 ななみは振り返って鋭いまなざしを男に向けた。

 だが、男はそれを軽く受け流し、自分がもといた部署に戻って行く。

 幹生は今まで以上の力で持って、ななみを引き摺る。

 「『輩』ってのはなんだよ! 『輩』ってのは! そこらへんの奴らと十羽一絡げに一緒にすん

じゃねえ! ミキオも悔しくねえのか、あんな風に言われてよ!、おい、離せ! 離せったら……」


後編に続く

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