日没寸前の19時過ぎ、次の目的地のKampong Kuantanに向けて出発。車で10分ほどだった。Kelip−kelipを見るところは、しっかりと入場料を取る観光地であった。我々以外にも日本人や西洋人の観光客がたくさん来ていた。
小さなボートに4人づつ乗り、川を20分くらいまわる。大きな川の両端にはクリスマスの飾りのように、無数の蛍の明かりが点滅していた。日本ではけっして見ることのできない光景だ。
ホタル・集合写真★写真左:ホタルを見るためにみんな集まってきた。★
ホタル・船★写真右:このような、小舟に乗ります。★
ホタル・川岸★写真左:なんとかしてホタルを撮影しようとしましたが、これが限界でした。(レンズは35mmF2.0、フィルムはISO1600)★
ホタル捕獲★写真右:船頭さんが1匹つかまえてくれました。懐中電灯の明かりが強くて、ちょっとわかりにくいです。★
一緒に乗った岐阜の石岡さんが、「この方(やはり一緒に乗った伊藤さんのAya)は何回も見ているのかしら?」というので「Aya,Disini pertamakali?」と聞いたり、また、Ayaが「12時になると蛍も寝るんだ。」と言うのがわかっちゃったりして、確実にBahasa Malaysiaが自分のものになってきているという実感がわいてくる。

22時に解散、途中のレストランでMee Goreng(焼きそば)を食べる。初めての外食。Pedas(辛)だった。その店ではテレビで映画をやっていて、ワニが出てきた。オスカーのIbuが「Itu Buaya.」と教えてくれて、一昨日のダムのことを思い出し、「Sungai di Tg.Karang,ada?」と聞くと、やはり「Ada.」という答えが返ってきた。
あとで聞いたのだが、Kelip−kelipを見た川も、Ada buayaだったらしい。どうりで、Ibu達は誰もボートに乗らずに見ていたわけだ・・・。
それと、帰国後に気が付いたんだけど、Buayaは、今年インドネシア交流があった都市、スラバヤの「バヤ」だった。(マレーシアでは、どっちかというと「ブアイヤ」に聞こえていたので、全然気がつかなかった。)
レストラン★写真左:レストラン。テレビでワニが出てくる映画をやっていました。★
ミーゴレン★写真右:めちゃくちゃ辛かったMee Goreng。★

23時半オスカー宅に到着。また夕食。Ibuが「Sila makan!」と言うので食べないわけにはいかない。NasiとIkanとオクラ。オクラは、日本のと同じ。モグモグモグ・・・Sedah kenyang!

24時寝る。この夜は大広間の一角にカヤをつって、そこで寝た。
カヤ★写真左:この日の寝床。★

(続く)

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