★チャンスアッパとチャジャンミョン

 さて、前にも書いたように、8月8日の日曜は、HIPPOのメンバーで海に行く計画が台風でお流れとなったのでした。それがわかったのが前日の夜。おかげで日曜は10時頃までゆっくりと眠ることができましたが、起きてから、さて今日1日どうしたものか、1人でソウル市内を回ってもつまらないし。というわけでチングーに手当たり次第に電話をかけていきましたが、なにぶん日曜日の午前で、出かけていたりして、なかなかつかまりません。
 そこで、チャンスーの家に電話をしてみました。チャンスーというのは1997年に井内Fのカバジンという子がステイした時のホストで(その時の話はこちら)、その年の年末に来日、僕も一緒にディズニーランドなどに行って、1998年の夏、僕も彼の家に遊びに行ったのでした(その時の話はこちら)。今回は、忙しいのでチャンスー達には会わない予定で、前もって連絡もしていなかったのです。
 電話をすると、いきなりアッパが出ました。僕のことを覚えていてくれていて、これから会いましょう、ということになりました。ソウル市内でお店をやっているので、そこに来て下さい、というのですが・・・。
アッパ「チハチョル2ホソンタゴ、クイヨゲソ ネリョセヨ.」
僕「ネー、アラヨ.」地下鉄2号線に乗って、クイ駅で降りなさい、これは完璧に解りました。それに、クイ駅は近くに友達が住んでいるので降りたことがあり、よく知っていたのでした。
アッパ「クリゴ、パンギンクッチョンチョンムンアペ オセヨ.」
僕「・・・???ムォエヨ???・・・」全然聞き取れません(^^;)。
アッパ「パンギンクッチョンチョンムンアペ!」
僕「ぱんぎん?・・オディエヨ?」
アッパ「(何か、長い説明をしてから)パンギンクッチョンチョンムンアペ!」
 とにかく有名な地名らしいということはわかったので、メモに「ぱんぎんくっちょんちょんむんあぺ」とひらがなで書いて(^^;)、電話番号をきいて、あとは行けば何とかなるだろう、と出発したのでした。
 クイ駅に着いて改札を出ると、東京の地下鉄のように、何番出口は何があるかという案内が書いてあります。それを「ぱんぎん、ぱんぎん」とさがして見ていくのですが、それらしきものは見あたりません。これは電話をするか、と思いつつ案内を見ていると、ふと気がつきました。
←カンジン区税務署(もちろん、すべてハングルで書いてあります。)
←カンジン区消防署
←カンジン区庁
 そうか、ここはカンジン区か・・・。え?カンジン?・・・「ぱんぎん」って、もしかして、カンジン?・・・自分の耳の悪さにあきれてしまいましたが、謎はとけました。
「ぱんぎん」が「カンジン」であることに気付くと、すぐに「ぱんぎんくっちょんちょんむんあぺ」は「カンジン区庁正門前に」であることがわかりました。
 テクテクと歩いてカンジン区庁まで行くと、正門の前、簡単にお店はみつかりました。
店外観★写真左:チャンスーのアッパのお店。新韓服とか生活韓服と呼ばれる、現代風にアレンジされた韓服を売っています。店の前にいるのは、実はアッパその人です。★
店内で★写真右:店内で。向かって左より、店員の人(?)、アッパ、娘のウンジ、オンマ、僕。チャンスーはというと、なんとニュージーランドにホームステイに行っていたのでした。★
しばらく話をして、韓服のベストをちゃっかりともらっちゃったりしてから、昼食。何が食べたいか、ということでいつものように「チャジャンミョン」。蚕室のほうの有名な店に自動車で行きました。
店外観★写真左:手打ちチャジャンミョンの店。★
みんなで★写真右:記念写真。写真ではわかりにくいですが、僕が来ている茶色いのがアッパから頂いた韓服のベスト。★

手袋★写真左:水が入った手袋。天井からたくさんぶらさがっています。蝿よけだそうです(^^;)。★
チャジャンミョン★写真右:これが手打ちのチャジャンミョン。チョンマル マシイッソヨ!チャジャンミョンは韓国で今までに何度も食べていますが、ダントツで美味しかったです。★

石村湖★写真左:食後のお散歩。石村湖にて。後にロッテワールドが見えています。★
 この後も、アッパ達は夜まで一緒につきあってくれたのでした。(というか、僕がつきあったというか・・・(^^;))
 そして、この3カ月後、11月に今度はアッパが来日、再会をはたしました。

★HANAさんと会う

 HANAさんは、パソコン通信をとおして知り合いになった韓国のチングーです。韓国日記’94にも登場しているのでかれこれ5年以上のおつきあいということになります。
 こちらも電話をかけたら、「私の会社に来て下さい。」ということになりました。で、場所を聞くのにまた一苦労。HANAさんは日本語もできるのですが、「地下鉄の鐘路5街駅で降りて、大学路を歩いていくと、韓美ビルという大きなビルがありますので、そこです。」という説明では・・・。案の定、途中でわからなくなって、HANAさんに電話。「大学路を歩いていくと、イハサゴリがありますから、そこで左です」と言われるものの、イハサゴリが何だかわからず。でもとにかく歩いていくと、「イハ」と書かれた交差点がありました。ああ、そうか、と謎がとけました。「イハ」は地名、「サ」はイル、イー、サム、サのサ、「ゴリ」は道のことで、「イハ四叉路」だったのです。韓美ビルはとても大きくて目立っていたのですぐ見つかりました。
HANAさんの会社で★写真左:HANAさんの会社にて。なんと、この1週間後にHANAさんは仕事で来日、僕は日本で再会したのでした。★

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